私とおじさん

文字数 995文字

私は心理士をしている。世間で言う、カウンセラーの仕事だ。29歳で、心理の世界ではまだまだ若手になる。

カウンセラーといっても、2人きりの空間でじっくり話を聞くといった、よく思い浮かべられるカウンセリングの仕事は、私の場合はごく一部で、実際は、電話で相談に乗ったり、セミナーの企画や事務仕事もする。心理士の働き方は多種多様だ。

相談のない時、私はほぼデスクワークをしている。私の隣には育休社員の代わりの、ピンチヒッターのおじさんが座っている。40半ばくらいだろうか。おじさんは心理「師」だ。

心理の権威ある資格は2つある。臨床心理士と公認心理師だ。どう違うかは説明すると複雑になるのだが、どちらも心の専門家である。私は両方を持っているが、臨床心理士として採用されているので、心理士、おじさんは公認心理師なので心理師である。

おじさんはよく私を注意した。相談の仕事での指導が多い。
おじさんに、
「なぜそういう対応をとったんですか?」
「相手は困りますよね?」
「観察力。ちゃんと見ないと」
と、立て続けに責められた私は、1人トイレで泣いた。

かと思えばある日のおじさんは、
「メイク変えました?」
と私に声をかける。

おじさんは、いつも私にばかり話しかけるし、注意をする相手も私だけだった。なぜ私なんだろう。私の能力が低すぎてだろうか、と考える日もあり、おじさんとの距離のとり方や関わり方についても悩んでいた。

ある日、おじさんに喫煙所に呼び出された。おじさんは煙草を吸う。

おじさんは熱く仕事の話をした。そして最後に言った。

「せつなさんは、素直な感性を持っておられると思うんです。こういう仕事には必要だと思うんです。こないだ旦那さんの事で相談に来た女性について、『 せつなさんが同じ立場だったらどうする?』って聞いた時、『 離婚する』って、おっしゃってたじゃないですか。それで、いいと思うんです」

おじさんは、どうして私の話をしてるんだろう。大袈裟かもしれないけど、これは、愛かもしれない。そしてその後、なんでそんなに私に対して熱くなるんだろうって、おかしくなって笑ってしまった。
純粋に有難いって思えない私は、ひねくれてるかもしれない。「素直」と言われたのが恥ずかしくもあった。

おじさんは、
「寒い中すみません。聞いて下さってありがとうございました」
と言って、仕事に戻った。


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