年明けの頃1

文字数 1,466文字

   【 新年 】


 何処までも続く日が当たり前だと疑わなかった。
 幸せを感じる事も不幸せを感じた事もない。
 続く日々は平穏無事で、何事もなく過ぎ去ると思っていた。


 年が明けても、何も変わらない気がしていた。
 職を探してしっかりしなきゃと焦りはあったけど、それはたいした不安でもなかった。

 新年を迎えて数日後のある日。
 無職のままだった私に父が言った。
「説明会に行かないか?」
 テレビを見つつ私は乗り気の無い返事を返した。
「説明会? 何の?」
「仕事の……明日、暇なんだろう?」
「暇だけど……」
 何の説明会なのか父が言わない事に私は気付いてなかった。
 父が言うなら、行こうかなと思っていたのだ。
 母が横から苛立った様子で口を挟む。
「どうせ、あの保険屋の女のでしょ。」
 保険屋?
 前に父が妹を保険屋の説明会に誘ったと聞いた事があった。
 その時、妹は行かなかったようだったが。
「どうせする事もないんだろう? 明日、迎えが来るから」
 父は母の言葉を聞かなかった事にして話を進める。
「そんな仕事、友達無くすよ。
 私の友達だって同じ仕事して、嫌われ者になったんだから!!」
 母がヒステリックに叫んだ。
「そんな仕事じゃないって」
 父は煩わしそうに母を見る。
「ノアにそんな仕事が向いてるわけないじゃない。」
 尚も母は父に抗議の声をあげた。
 私はといえば、父と母の間に挟まれて何も言えずにいた。
「じゃ、明日な」
 面倒は嫌なのか父は早々に話しを切り上げ、部屋を出た。
「行く事ないよ」
 母は出て行った父を見つつ私に言った。
 私は何も言えなかった。

 次の日、父は私に「仕事を手伝え」と言って来た。
 仕事場の方に迎えが来るから、父の仕事を手伝いつつ迎えを待つらしい。
 だけど、本当は家に保険屋を来させたくなかっただけなのかも知れない。
 母はあまり良い顔をしてなかった。
 しぶしぶ言葉を飲み込んで、私が家を出て行くのを見ていた。
 母が不機嫌なのは明らかだった。

 次の日。
 仕事場で父の仕事を手伝っていると車が止まった。
 降りてきたのは女の人が2人……母の嫌っている人達。
 無意識に私は、そう頭の中にインプットしていたのかもしれない。
 父が私を2人に紹介する。
 私は頭を下げるだけで何も言わずに、3人の会話を聞いていた。
 女の人の一人は所長さん。もう一人は、私の指導者さんになる人だった。
「じゃ、行こうか」
 そう言われて、私は2人が乗ってきた車に乗りこんだ。


「箱入り娘だね。よっぽど大事にされてたんでしょ」
 車の中でそう聞かれた。
 そうなのかなと思いつつ、返事はしなかった。
 ただ、苦笑いで返すだけ。
 他にもいくつか質問されて、2・3言だけ言葉を返し気がする。
 私も母と同じように多少、不機嫌だった。
 着いた場所で支部長さんに会わされた。
 何が何だかもわからず、少し話をして説明会場に向かった。
 会場に入った時にはすでに説明会は終わりに近かった。
 紹介者と参加者のペアが隣同士で座っているようだった。
 説明を聞かなくて良いのか? と思いつつ、聞いていても何も頭に入らないだろうとも思った。
 結局、話としては自社の自慢と言えば聞こえは悪いが、メリットのみを話しているようだった。
 どれだけ稼げるか。頑張れば頑張った分だけお金が儲かる。
 今から考えれば……いや。あの時でさえ、胡散臭い話をしていると思った。
 頑張りを評価するのは決して、自分ではないのだ。

 その日は交通費を受け取って、そのまま家に帰ることが出来た。
 次の日も同じ様な説明会だという説明だけを受けて――。
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