Yellow Rose-嫉妬-
文字数 5,150文字
私の趣味は絵を描くことが。中学生の今はただの趣味だけど、将来的にはイラストレーターか画家になりたいと思っている。
「よおし、できた!」
電車の中でざっと指で描いた好きなアーティスト、CHEEZメンバーの似顔絵。これ、SNSにアップしようかな。
ちょっとした小さな承認欲求。どうせいいねやリツイートなんて少ないなんてことはわかっている。私のツイッターのフォロワーは百人。学校の友達にもこのアカウントは内緒だ。
フォロワーさんは、CHEEZのファンだけ。つまりこのアカウントは、似顔絵……アーティストのファンアートを載せるだけのためのアカウントなのだ。
アップ完了。いいねは十。私、まだまだ絵はうまくないからな。それでもいいねをもらえるだけで嬉しい。
そのままタイムラインを眺めると、私の尊敬する神絵師さんのファンアートが流れてきた。
(相変わらずうまいなぁ……。リツイートもいいねも五百超えてる。そりゃあフォロワーも私とは雲泥の差だけど)
電車が揺れる。心も揺れる。嫉妬なんかではない。これは尊敬。さすが、神絵師のサリさん。
サリさんはファンアートがうまいだけではない。他のオリジナル絵もうまくて、自身でモデルを務めながらTシャツやグッズを売っている。CHEEZファン界隈では知らない人はいないというくらいの、大手古参ファンでもある。
(私は絵も下手だし、古参でもないから……)
そんな心の声をしまって、リプライを送る。
『サリさん、今日のCHEEZもかわいいですね!』
すると、返信はすぐに来た。
『いつもありがとう!』
『いつも』ってことは、ああ、いつもサリさん見てくれているんだ。五千人もフォロワーがいるのに、私のことを覚えてくれているんだ……。やっぱり大手の神絵師は、人格者でもあるんだなぁ。
褒めて、人気者の神絵師から返事をもらえているっていうだけでも承認欲求満たされまくりだ。私はその日、上機嫌で登校した。
それにしても、私のファンアートって下手くそだなぁ。部活前に、自分でツイッターやインスタにアップしたファンアートを眺めてため息をついた。サリさんとは大違い。リツイートやいいねの数はもちろんだけど、やっぱり絵は下手くそだ。
もっと練習しないと! 私はカンバスに向かう。部活は美術部で、油絵を中心に描いている。もうすぐちょっとしたコンテストがあって、それに向けて絵描いているのだ。私のテーマは『真実の美』。スマホやタブレットで絵を描くのは練習中だけど、油絵は小さい頃から親しんでいるので描きやすい。こっちのほうでの表現は得意なんだけど……うまくいかないな。
ファンアートをネットに載せているってことは、CHEEZにも見られているかもしれないってことだ。それなのに、下手くそな絵が載っていたらCHEEZのメンバーもショックだろうな。似顔絵は難しいんだよね。特徴を誇張して描かないといけないから。
あーっ、もう!! こんな邪心があると、カンバスの絵に失礼だ。カンバスに向かうときはいつでも無心で絵に集中したいのに……。今日は早めに帰って、デジタル絵の練習をしようかな。
私は片付けをすると、その日は早めに部活を切り上げた。
家に帰ってスマホを開くと、私は目を丸くした。
「えっ!? 『ファンアート選手権開催』!?」
CHEEZ公式ツイッターアカウントに、そんな文字が躍る。なんでもイラストにタグをつけて応募した中から、大賞を決めるとのこと。こんなイベントやるんだ……。公式アカウントのツイートには、たくさんのリプライがついている。
『私も下手だけど応募します!』
『頑張ります!』
みんなの意気込みの中に、いくつかちらほらあるのは……。
『サリさんに決まりでしょ!』
『サリさん、とうとう公式に認められる日が来ましたよ!』
サリさん……やっぱり応募するよね? 何と言ってもCHEEZ界隈では知られていない神絵師なんだから。サリさんのツイッターも確認する。
『みんな、公式リプに私の名前を出さないでください。迷惑かかるから。応募はするけども』
やっぱり大手だから、配慮もできている。中学生の私なんかとは違って、サリさんは大人だ。でも、やっぱり応募するんだ。きっと大賞はサリさんだよね。
サリさんのツイートをさかのぼって、美麗な絵を眺める。しばらく眺めていたら、ツイートが更新された。
『この絵で応募します。いつも応援しています! CHEEZ愛だけは誰にも負けない!
#CHEEZファンアート選手権』
「え、何この絵!!」
思わず声に出して、目を疑った。タイトルは『イエローローズ』。黄色いバラをモチーフにしたファンアートだが、この構図、見覚えがある。私が以前、ツイ―トしたイラストにそっくりだ。
いやいや、偶然でしょう。神絵師のサリさんが弱小絵師の私なんかの絵をパクるわけがない。サリさんのファンアートのツイートは止まらない。
『この絵も。CHEEZのみんなを思って描いた絵です。#CHEEZファンアート選手権』
あれ……嘘でしょ? 嘘って言って。次の絵も、その次の絵も、私がファンアートとしてアップしたイラストの構図ばかりだ。タイトルまで。どういうこと?
私はサリさんにDMしてみることにした。
『サリさん、突然すみません。ファンアート選手権に応募されたイラストなんですけど、私のイラストと似ているような気がするんですが……タイトルまでも一緒で』
これで返信、来るかなぁ。私の杞憂だといいんだけど。
返信はすぐに来た。
『えっと、ユズキさんこんにちは! ごめんね。フォロワーが多くて、ユズキさんのイラスト、あんまり見てなくて……似てるの? 全部偶然だと思う。構図が似ることってよくあることだから』
そんなによくあること? ひとつだけじゃないんだよ? 今日アップされた5枚、全部だよ……? しかもタイトルまでだよ……?
私はサリさんのDMに違和感を覚えた。
この間のリプでは、私を認識しているような書き方だったのに、『フォロワーが多くて見ていない?』本当に? それにしても似すぎている。でも、弱小絵師、フォロワー百人の私がフォロワー五千人のサリさんにたてついたって、サリさんのファンが私のことを攻撃するに決まっている。でも……言わずにはいられない。
私は自分のアップしたサリさんにパクられた絵をリツイートして、こうつぶやいた。
『サリさんのファンアート、異常に私の絵に構図が似てるんだけど。それもひとつや二つじゃない。タイトルまで一緒』
ツイートを投下すると、いいねが三十ついた。リツイートも三十。サリさんのアップした私の絵のパクリは、やっぱり何百もいいねされているのに、私ったら。
サリさんのツイートに戻ったら、こんな文言が躍っていた。
『言いたいことがあるならDM送れよユズキ』
私? しかも個人名を晒された……っていうか、DM送ったじゃん! なんでこの人は嘘をつくの? このツイートは六百いいねがついている。六百人のタイムラインに載ったっていうの? リツイートじゃないとは言え、ひどい。
今まで尊敬していた『神絵師』の偶像が崩れていく。この人、大人だよね? 中学生相手にこんなことするの? しかもフォロワー百人しかいない人間のイラストをパクッておいて!!
ピロン。
DMが来た。誰から……? フォロワーのりくさんだ。
『サリさんの六枚目のイラスト、私の絵の構図のパクリです……』
彼……か彼女かは知らないけれど、彼女も被害者だ。被害者は私ひとりじゃないんだ。
こんな人が大手神絵師なんかしていていいの?
一度嫌悪感を抱くと、すべてが真っ黒に見えてくる。
サリさんはオリジナルグッズを売っているけど、売り始めたのはファンアートを描き始めてから数年経った去年。これって見ようによってはファンアートでファンをつけて、オリジナルグッズをCHEEZファンに買わせているように見えるよね。これってパブリシティ権の侵害に当たるんじゃないの? ブログではこういうのって確か許されないと思ったけど。ツイッターも例外じゃないはず。
それにツイッターのヘッダー。マンガの一コマを使っているけれど、どうなの?
著作権法上は一コマなら違法には当たらないっていうけれど、私は知っている。その『たった一コマ』を描くために、ひねり出すためにマンガ家がどれだけ苦労しているかを。
さらに彼女が以前自分絵に直して描いた公式イラストのパロディ。非公式なファンアートを描いている私たちが言うことじゃないけれど、公式イラストを描いているイラストレーターさんへの当てつけに見える。
つまり、色々なクリエイターへの敬意が払われていない。
これって、クリエイターだけじゃない。巡り巡ってCHEEZへの敬意も払ってない行為って取られかねないよね。
ひどい。私やみんなの絵をパクった。それだけじゃない、好きなバンドに敬意を払っていない。こんなやつが大手神絵師を名乗っていいの!?
私は、自分の名前の入ったツイートをいいねした人のタイムラインをのぞくことにした。私が悪者なんだろうな。へこむだろうってわかってるけど……それでも自身の評判は気になる。
すると、意外なつぶやきが多くあった。
『あーあ、本性出したよ』
『大手w』
『今までの功績(笑)』
『やってると思ってた。やっぱりね』
みんな空リプだけど……時間的にいいねされたと同じくらいのタイミング。もしかして、この人たちも? 六百人のいいね。そのいいねって、本当に『いいね』なの?
私は覚悟を決めた。
こういうときは『大人のやり方』を使うしかない。本当の本当に禁じ手だ。
「お父さん、ちょっといい?」
「どうした?」
テレワーク残業中のお父さんに声をかけると、私は真剣なまなざしで言った。
「CHEEZのレコード会社と取引あったよね?」
「ああ、それが?」
「法務部のメールアドレス、教えてくれない?」
「は? 法務部? 何かあったのか?」
「ちょっと耳に入れておかないといけないことがあってね……」
「うーん……いいけど、変なことには巻き込まれるなよ」
「もちろん」
私のやることは著作権侵害の旨の報告だ。やっている企画に問題がある。その問題は是正しなくては。さらに言うなら、レコード会社所属のアーティストを利用して商売している人間が大手絵師を名乗っている。許されない問題だ。
私は油絵をやっている。絵を描くもの、自分の権利がいつ侵害されるかわからないから、著作権法はかじっておくのだ。中学生だからってバカにしないでほしい。
……よし、メールは書けた。送信。
これで企画、『#ファンアート選手権』の応募作品がパクリだということは知らせた。
あとは運営の判断に任せるだけだ。
公正な裁きをしてくれるといいんだけど……。
私は自分が以前描いたオリジナルの『イエローローズ』をツイッターに『#ファンアート選手権』でタグ付けしてアップすると、その日からファンアートを描くのをやめた。
しばらく、私はデジタル絵から離れた。そのおかげでコンテストに出す油絵は改心の出来になった。
そして数週間後、CHEEZのファンアート選手権の結果が発表された。
大賞に選ばれたのは……。
「五歳児? ははっ、かわいい!」
さすが私の好きになったバンドだ。やることが違う。サリさんはというと、周りからは「絶対大賞を獲れますよ!」と言われていたのに、優秀作品にすら選ばれなかった。
私はというと、自身も賞には漏れた。だけど、油絵コンテストで最優秀賞を獲った。
テーマは真実の美。私が描いたのは真っ赤な一輪のバラだ。この絵はしばらくの間、美術館に展示されるらしい。
この絵も写真を撮って、SNSにアップしたが、いいねの数はやっぱり十前後。その代わり、海外からのフォロワーさんが数人増えた。
だけど、私はインスタとツイッターをやめることにした。
友達とのやり取りは減るかもしれないけれど、もともとリア友とはネットでつながっていなかったので案外問題にならないし。
あの人はネット上で神絵師なんて呼ばれていても、実際はちやほやされたいだけの承認欲求の塊だった。そんなのくだらない。それよりも、私は現実世界で承認欲求を満たしたい。
だって、私の夢は『イラストレーターか画家になること』だもの。その勉強をするためには、SNSをやっている時間がもったいない。
一瞬ちやほやされるよりも、勉強する時間のほうが今の私にとっては貴重だ。
承認欲求はどんな人間にも必ずある。でも、それは正しい方法で満たすべきだ。
SNSでいいね稼ぎをするよりも、現実生活を充実させること。これが『私の勝ち方』だ。
「よおし、できた!」
電車の中でざっと指で描いた好きなアーティスト、CHEEZメンバーの似顔絵。これ、SNSにアップしようかな。
ちょっとした小さな承認欲求。どうせいいねやリツイートなんて少ないなんてことはわかっている。私のツイッターのフォロワーは百人。学校の友達にもこのアカウントは内緒だ。
フォロワーさんは、CHEEZのファンだけ。つまりこのアカウントは、似顔絵……アーティストのファンアートを載せるだけのためのアカウントなのだ。
アップ完了。いいねは十。私、まだまだ絵はうまくないからな。それでもいいねをもらえるだけで嬉しい。
そのままタイムラインを眺めると、私の尊敬する神絵師さんのファンアートが流れてきた。
(相変わらずうまいなぁ……。リツイートもいいねも五百超えてる。そりゃあフォロワーも私とは雲泥の差だけど)
電車が揺れる。心も揺れる。嫉妬なんかではない。これは尊敬。さすが、神絵師のサリさん。
サリさんはファンアートがうまいだけではない。他のオリジナル絵もうまくて、自身でモデルを務めながらTシャツやグッズを売っている。CHEEZファン界隈では知らない人はいないというくらいの、大手古参ファンでもある。
(私は絵も下手だし、古参でもないから……)
そんな心の声をしまって、リプライを送る。
『サリさん、今日のCHEEZもかわいいですね!』
すると、返信はすぐに来た。
『いつもありがとう!』
『いつも』ってことは、ああ、いつもサリさん見てくれているんだ。五千人もフォロワーがいるのに、私のことを覚えてくれているんだ……。やっぱり大手の神絵師は、人格者でもあるんだなぁ。
褒めて、人気者の神絵師から返事をもらえているっていうだけでも承認欲求満たされまくりだ。私はその日、上機嫌で登校した。
それにしても、私のファンアートって下手くそだなぁ。部活前に、自分でツイッターやインスタにアップしたファンアートを眺めてため息をついた。サリさんとは大違い。リツイートやいいねの数はもちろんだけど、やっぱり絵は下手くそだ。
もっと練習しないと! 私はカンバスに向かう。部活は美術部で、油絵を中心に描いている。もうすぐちょっとしたコンテストがあって、それに向けて絵描いているのだ。私のテーマは『真実の美』。スマホやタブレットで絵を描くのは練習中だけど、油絵は小さい頃から親しんでいるので描きやすい。こっちのほうでの表現は得意なんだけど……うまくいかないな。
ファンアートをネットに載せているってことは、CHEEZにも見られているかもしれないってことだ。それなのに、下手くそな絵が載っていたらCHEEZのメンバーもショックだろうな。似顔絵は難しいんだよね。特徴を誇張して描かないといけないから。
あーっ、もう!! こんな邪心があると、カンバスの絵に失礼だ。カンバスに向かうときはいつでも無心で絵に集中したいのに……。今日は早めに帰って、デジタル絵の練習をしようかな。
私は片付けをすると、その日は早めに部活を切り上げた。
家に帰ってスマホを開くと、私は目を丸くした。
「えっ!? 『ファンアート選手権開催』!?」
CHEEZ公式ツイッターアカウントに、そんな文字が躍る。なんでもイラストにタグをつけて応募した中から、大賞を決めるとのこと。こんなイベントやるんだ……。公式アカウントのツイートには、たくさんのリプライがついている。
『私も下手だけど応募します!』
『頑張ります!』
みんなの意気込みの中に、いくつかちらほらあるのは……。
『サリさんに決まりでしょ!』
『サリさん、とうとう公式に認められる日が来ましたよ!』
サリさん……やっぱり応募するよね? 何と言ってもCHEEZ界隈では知られていない神絵師なんだから。サリさんのツイッターも確認する。
『みんな、公式リプに私の名前を出さないでください。迷惑かかるから。応募はするけども』
やっぱり大手だから、配慮もできている。中学生の私なんかとは違って、サリさんは大人だ。でも、やっぱり応募するんだ。きっと大賞はサリさんだよね。
サリさんのツイートをさかのぼって、美麗な絵を眺める。しばらく眺めていたら、ツイートが更新された。
『この絵で応募します。いつも応援しています! CHEEZ愛だけは誰にも負けない!
#CHEEZファンアート選手権』
「え、何この絵!!」
思わず声に出して、目を疑った。タイトルは『イエローローズ』。黄色いバラをモチーフにしたファンアートだが、この構図、見覚えがある。私が以前、ツイ―トしたイラストにそっくりだ。
いやいや、偶然でしょう。神絵師のサリさんが弱小絵師の私なんかの絵をパクるわけがない。サリさんのファンアートのツイートは止まらない。
『この絵も。CHEEZのみんなを思って描いた絵です。#CHEEZファンアート選手権』
あれ……嘘でしょ? 嘘って言って。次の絵も、その次の絵も、私がファンアートとしてアップしたイラストの構図ばかりだ。タイトルまで。どういうこと?
私はサリさんにDMしてみることにした。
『サリさん、突然すみません。ファンアート選手権に応募されたイラストなんですけど、私のイラストと似ているような気がするんですが……タイトルまでも一緒で』
これで返信、来るかなぁ。私の杞憂だといいんだけど。
返信はすぐに来た。
『えっと、ユズキさんこんにちは! ごめんね。フォロワーが多くて、ユズキさんのイラスト、あんまり見てなくて……似てるの? 全部偶然だと思う。構図が似ることってよくあることだから』
そんなによくあること? ひとつだけじゃないんだよ? 今日アップされた5枚、全部だよ……? しかもタイトルまでだよ……?
私はサリさんのDMに違和感を覚えた。
この間のリプでは、私を認識しているような書き方だったのに、『フォロワーが多くて見ていない?』本当に? それにしても似すぎている。でも、弱小絵師、フォロワー百人の私がフォロワー五千人のサリさんにたてついたって、サリさんのファンが私のことを攻撃するに決まっている。でも……言わずにはいられない。
私は自分のアップしたサリさんにパクられた絵をリツイートして、こうつぶやいた。
『サリさんのファンアート、異常に私の絵に構図が似てるんだけど。それもひとつや二つじゃない。タイトルまで一緒』
ツイートを投下すると、いいねが三十ついた。リツイートも三十。サリさんのアップした私の絵のパクリは、やっぱり何百もいいねされているのに、私ったら。
サリさんのツイートに戻ったら、こんな文言が躍っていた。
『言いたいことがあるならDM送れよユズキ』
私? しかも個人名を晒された……っていうか、DM送ったじゃん! なんでこの人は嘘をつくの? このツイートは六百いいねがついている。六百人のタイムラインに載ったっていうの? リツイートじゃないとは言え、ひどい。
今まで尊敬していた『神絵師』の偶像が崩れていく。この人、大人だよね? 中学生相手にこんなことするの? しかもフォロワー百人しかいない人間のイラストをパクッておいて!!
ピロン。
DMが来た。誰から……? フォロワーのりくさんだ。
『サリさんの六枚目のイラスト、私の絵の構図のパクリです……』
彼……か彼女かは知らないけれど、彼女も被害者だ。被害者は私ひとりじゃないんだ。
こんな人が大手神絵師なんかしていていいの?
一度嫌悪感を抱くと、すべてが真っ黒に見えてくる。
サリさんはオリジナルグッズを売っているけど、売り始めたのはファンアートを描き始めてから数年経った去年。これって見ようによってはファンアートでファンをつけて、オリジナルグッズをCHEEZファンに買わせているように見えるよね。これってパブリシティ権の侵害に当たるんじゃないの? ブログではこういうのって確か許されないと思ったけど。ツイッターも例外じゃないはず。
それにツイッターのヘッダー。マンガの一コマを使っているけれど、どうなの?
著作権法上は一コマなら違法には当たらないっていうけれど、私は知っている。その『たった一コマ』を描くために、ひねり出すためにマンガ家がどれだけ苦労しているかを。
さらに彼女が以前自分絵に直して描いた公式イラストのパロディ。非公式なファンアートを描いている私たちが言うことじゃないけれど、公式イラストを描いているイラストレーターさんへの当てつけに見える。
つまり、色々なクリエイターへの敬意が払われていない。
これって、クリエイターだけじゃない。巡り巡ってCHEEZへの敬意も払ってない行為って取られかねないよね。
ひどい。私やみんなの絵をパクった。それだけじゃない、好きなバンドに敬意を払っていない。こんなやつが大手神絵師を名乗っていいの!?
私は、自分の名前の入ったツイートをいいねした人のタイムラインをのぞくことにした。私が悪者なんだろうな。へこむだろうってわかってるけど……それでも自身の評判は気になる。
すると、意外なつぶやきが多くあった。
『あーあ、本性出したよ』
『大手w』
『今までの功績(笑)』
『やってると思ってた。やっぱりね』
みんな空リプだけど……時間的にいいねされたと同じくらいのタイミング。もしかして、この人たちも? 六百人のいいね。そのいいねって、本当に『いいね』なの?
私は覚悟を決めた。
こういうときは『大人のやり方』を使うしかない。本当の本当に禁じ手だ。
「お父さん、ちょっといい?」
「どうした?」
テレワーク残業中のお父さんに声をかけると、私は真剣なまなざしで言った。
「CHEEZのレコード会社と取引あったよね?」
「ああ、それが?」
「法務部のメールアドレス、教えてくれない?」
「は? 法務部? 何かあったのか?」
「ちょっと耳に入れておかないといけないことがあってね……」
「うーん……いいけど、変なことには巻き込まれるなよ」
「もちろん」
私のやることは著作権侵害の旨の報告だ。やっている企画に問題がある。その問題は是正しなくては。さらに言うなら、レコード会社所属のアーティストを利用して商売している人間が大手絵師を名乗っている。許されない問題だ。
私は油絵をやっている。絵を描くもの、自分の権利がいつ侵害されるかわからないから、著作権法はかじっておくのだ。中学生だからってバカにしないでほしい。
……よし、メールは書けた。送信。
これで企画、『#ファンアート選手権』の応募作品がパクリだということは知らせた。
あとは運営の判断に任せるだけだ。
公正な裁きをしてくれるといいんだけど……。
私は自分が以前描いたオリジナルの『イエローローズ』をツイッターに『#ファンアート選手権』でタグ付けしてアップすると、その日からファンアートを描くのをやめた。
しばらく、私はデジタル絵から離れた。そのおかげでコンテストに出す油絵は改心の出来になった。
そして数週間後、CHEEZのファンアート選手権の結果が発表された。
大賞に選ばれたのは……。
「五歳児? ははっ、かわいい!」
さすが私の好きになったバンドだ。やることが違う。サリさんはというと、周りからは「絶対大賞を獲れますよ!」と言われていたのに、優秀作品にすら選ばれなかった。
私はというと、自身も賞には漏れた。だけど、油絵コンテストで最優秀賞を獲った。
テーマは真実の美。私が描いたのは真っ赤な一輪のバラだ。この絵はしばらくの間、美術館に展示されるらしい。
この絵も写真を撮って、SNSにアップしたが、いいねの数はやっぱり十前後。その代わり、海外からのフォロワーさんが数人増えた。
だけど、私はインスタとツイッターをやめることにした。
友達とのやり取りは減るかもしれないけれど、もともとリア友とはネットでつながっていなかったので案外問題にならないし。
あの人はネット上で神絵師なんて呼ばれていても、実際はちやほやされたいだけの承認欲求の塊だった。そんなのくだらない。それよりも、私は現実世界で承認欲求を満たしたい。
だって、私の夢は『イラストレーターか画家になること』だもの。その勉強をするためには、SNSをやっている時間がもったいない。
一瞬ちやほやされるよりも、勉強する時間のほうが今の私にとっては貴重だ。
承認欲求はどんな人間にも必ずある。でも、それは正しい方法で満たすべきだ。
SNSでいいね稼ぎをするよりも、現実生活を充実させること。これが『私の勝ち方』だ。