全体連を動かすため、大博打にうって出る

文字数 2,221文字

第九話 揺れる伝統の大団旗
 羽田正孝は以前から構想していたある行動に出る。全体連の全面支援を取り付けるにはこれしかなかった。三角巾はとれた。表面上の問題は眼の痣のみ。折れた鼻、唇の擦過傷はあまり目立たない。
 部活の方は監督から前期リーグ出場不可を言い渡されていた。後期に向けての軽めのトレーニングを開始したところ。昼過ぎにはそうそうに部室を後にする。
 行く先は〇大応援部の部室。ここは学内の全スポーツ対外試合を応援する。創設は大学の歴史と同じうする。「応援道」とも称すべきか。いでたちは、高い詰襟に丈の長い学ラン、ダボパン、足元は黒鼻緒の下駄。そうそう大学生である証しの四角帽も被る。 
 恰好だけではない。精神も〇大の創立時の本分を受け継ぐ。全体連の中でも常に中央に位置し顧問格の役割を果たす。部員は常時百名近く。上下関係は厳しい。一年奴隷、四年天皇と呼ばれる。

 日々、応援のポーズと声援の仕方の練習に明け暮れる。どんなに暑くとも詰襟は決して脱がない。汗まみれになって身体を動かし声を張り上げる。そして、創部以来未だに女人禁制だ。
 大学でのスポーツには応援が付き物。これなくしては対外試合は成り立たない。試合の行方もさることながら、応援合戦も花形の風物詩と云える。どの部も応援部には一目置く。応援してくれるのだから当たり前。応援部が音頭をとっての観客の校歌斉唱には選手たち誰もが奮い立つ。
 今年の団長は六年生。留年してまで応援に拘る。全体連に絶大な影響力があった。正孝も面識はない。全体連の会合にも彼のような大物は出席しない。一度だけ試合中に応援の様子を視察に来ていた。
 大学本部の最古の木造建築の建物に部室はあった。外では下級生の部員たちが応援練習に余念がない。蹴球部のスタジャン姿の正孝を見ると、一様に直立の姿勢をとる。
「押忍! なんの用でありますか?」
 大粒の汗を額に浮かべた部員のひとりが正孝に尋ねた。
「団長にお会いしたい。蹴球部の主将が訪ねて来たと伝えて欲しい」
 下級生は部室奥にすっ飛んで行った。
「お会いするとのことです。どうぞこちらへ」
 正孝は部室に入った。迷路のような建物。しかも汗とカビが混ざったような臭い。まぁ、蹴球部も同じようなもんだが。建物が古い分だけ床壁に臭いが染みついているのか。六年生は一番奥の部屋に陣取って居た。
 背後には伝統の大団旗が聳えている。噂ではこれを持ち出すのは天下分け目の一戦にのみ。釜本邦成(68年メキシコオリンピック得点王)擁する我が蹴球部が天皇杯を勝ち取った時が最後だそう。それにこれを独りで操れる者は天下を制するとも言われている。
 確かにこんなどでかい旗は独りじゃてともムリだ。自らの重さに半端ない空気抵抗が加わる。おそらく二百キロ近くになるんじゃないか。普通の試合では、その下の小ぶりな団旗が使われる。しかしそれでさえ独力で扱うには相当な鍛錬が必要とされる。
「お前は空手部にボコボコにされたそうじゃないか。噂は聴いた。もうよくなったのか?」
 全体連で知らない者は居ない。
「はい、なんとか大丈夫です。まだ試合には出られませんが」
 正孝は団長の前の床に胡坐をかいた。団長は畳三枚重ねた上に片膝を立てている。
「何しに来た?」
 直球が跳んで来た。
「はい、お願いがあります」
「ほぉ、言って見ろ!」
 正孝は地下鉄で公安職員から教えられた内容を嘘偽りなく話した。
「……なので全体連で護って欲しいのです。♪「Let it be 」革命をそしてマリアを」
 聞いていた四、五年生の幹部連中は笑い出した。
「お前、あたま、大丈夫か? 空手部に叩かれておかしくなったか。ここは伝統ある応援部だぞ!」
「だからこそ、お願いにあがりました。武装した革共連、青社連に対抗できるのは全体連のみ」
 正孝は土下座をした。
「だから、お前なにを……」
 そう言う幹部を手で制して団長がおもむろに、
「それで米国諜報部からの支援はどの程度か?」
「催涙弾、閃光弾、それに最新鋭の火炎放射器と公安が言っておりました」
 正孝は真剣に答えた。
「ふむ……」
「団長、本気ですか?」
「よしよし、分かった。我が応援団を動かすのは並大抵では叶わん」
 団長は立ちあがり、背後の大団旗に手を添えた。

「お前、この団旗を振ってみせろ。それが出来たらここに居る誰もがお前に従う」
 団長は幹部連中を見渡して、同意を求める。異議ナシとの声があがる。たぶんそれだけで試練であり真偽を見極める手段なのだ。
 蹴球部は筋トレもするが、筋肉は体重増加につながりスピードを落とす。なので過度の筋肉は敬遠される。体脂肪率十~二十が要求される。もちろん相手のとの小競り合いを制するために上半身の力も要求されるが。
「これを持ち上げられる者はオレだけだ。しかし振ることは出来ない。お前に義が在るならば出来ることだ」
 団長はやっとのことで大団旗を固定台から外し正孝に差し出した。誰もがアッサリと大団旗に押しつぶされる絵を思い浮かべた。
 時を交わさず、沙也加に初めて会った時に空から降って来た(光の雫)が正孝の胸を射抜く。
 正孝は大団旗の柄の端を下腹に載せ、しっかり太い柄を両手に握り、部室の中央に仁王立ちした。
 ググッ、グッ……
 おもむろに動き出す大団旗。どこからこんな力が湧いてきたのか、正孝自身にも分からない。
 団長はじめ居合わせた幹部連中からも、驚愕の唸り声が響きわたる。
 オッ、オー!
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