第4話

文字数 3,427文字

      その四

 カツカレー会議の翌日は、早朝から、
「買ってくれるって、いってたじゃん」
 と通知表の成績と一学期皆勤賞の賞状とをもって姪っ子に圧力をかけられていたので、ランニングと部屋の掃除をすませたのちの午後は義姉に軽自動車を借りて、
「なんだ、そのDSボーイってのは? お父さん、ファミコンもってるだろ?」
 とぼくは大型ショッピングモール〈がぶりえる、がぶりえる!〉までおもむくことになっていたのだけれど、セカンドバッグ刑事のサイン会でも使われたことがある一階の特設会場では、またしても「エウロパの天然水」を左手にもった美の伝道師が、コンシーラーを二度塗りしていたかつての自分を引き合いに出しながら、
「いまのわたしがこんなに綺麗で輝いているのも、すべて『エウロパの天然水』のおかげなんです」
 と大勢の観衆に訴えていて、観衆の狂乱ぶりをみても、ぼくの根源的な部分を捉えた、
「ああいう小柄な感じは、いつでも、こうグッとくるよな」
 という昂りをかんがみても、この美の伝道師がトビッキリファミリー大躍進の真の立役者だということもできるのである。
 姪の智美はDSボーイのソフトを買ってあげると、すぐもよりのベンチにすわって、
「わっ、いきなりミサイルかよ」
 とぶつぶついいつつゲームをはじめていて、最初はそのDSボーイとかいうもののいわゆる本体も買わなくてはならないと早合点していたぼくは、智美がたすき掛けしていたポーチから、
「だからDSボーイはもってるっていってんだろ、ほら!」
 と業を煮やしてみせてきたので、
「ゲームウォッチのほうが安いじゃん。売ってるかな……」
 と店員さんにつぎの出荷日を執拗にきいていたこともすべて吹き飛ぶような得した気分になって、
「じゃあ、こんなところにすわっててもきまりがわるいから、ハンバーガー屋みたいなところに行こうぜ。なんでも、おごってやるよ」
 と小さい画面を食い入るように見ていた姪にさらに気前のいいところをみせつけることになっていたのだけれど、小学ニ年生の智美は、もう友だちとそんな話もしているのか、子どもがよろこぶようなファストフード店ではなく、奈良時代創業という説もある〈うなぎ食堂〉に、
「だったらちょっと行ってみたいな。わっ、カラスかよ」
 とこちらの顔もろくに見ずに返答していて、ちなみにこの食堂は、とくにうなぎ料理を売りにしているわけではなく、店のつくりが奥にずうっと長いので、そう名付けられたらしい。
「智美、そういうのを、うなぎの寝床っていうんだよ」
「知ってる。先生に教わった。わっ、いきなりかよ」
 巨大ショッピングモールに実質ぐるりをかこまれているのでおそらく一日中日があたらない店の出入口を、
「ごめんください。ごめんなさい」
 と開けると、
「いらっしゃいませェ」
 とすぐ目の前に店主らしき人が寄ってきたが、
「どうぞ、こちらです。せまいですから気をつけてくださいね」
 と誘導されてひたすらふすまを開け閉めした各三畳間には、漫画本を読んだり、パソコンをパタパタたたいたりしている客がちらほらいたので、ぼくはその一人ひとりにいちおう、
「すいませーん。またぎまーす」
 などと声をかけながら、さらに奥にすすむことになって、それで、
「はい、こちらです。ごゆっくりどうぞ」
 と座布団を用意してくれた三畳間には、懐中電灯の光をあてながら欄間のあたりをじっと凝視している客がいたので、ぼくは、
「でも……」
 と店主らしき人の目を口もとをわなわなさせつつのぞいたのだけれど、この懐中電灯の旦那は、なんでもここのお代が払えないという事情で、おとといから店の守衛のようなことをなされているのだそうで、
「そのうち、べつの部屋に移動しますから」
 ともみ手をしまくっていた店主らしき人は、
「はい、チョコレートパフェふたつですね」
 とぼくたちの注文をきくと、たぶんマメカラ(?)の使い方を問い合わせにきたお客に対応しつつ、その客と一緒にまた出入口のほうへもどっていった。
 巨大ショッピングモールの建設のさいにも頑として立ち退かなかった〈うなぎ食堂〉は、一時期、幽霊だか宇宙人だかが出るという噂が高じて、あの『Kの森ワイドショー』でも大々的に取り上げられた。
 智美がいうには、
「雅子ちゃんちは家族でここに来て、みんな宇宙人を見たんだって。あと朝礼のとき、校長先生も妖怪みたいなのを見たって、いってた」
 と学校でもかなり話題になっていたようで、心配性のお客のためにはなるほど守衛を雇うのもわるくないかもしれないけれど、巨大モールができて界隈が賑やかになったのを契機に漫画喫茶だかインターネットカフェだかの愛好者を取り込もうとしたこの老舗食堂は、ある程度それには成功したらしいが、そのためにやたら長尻な常連客も抱え込んでしまったみたいで……だからまあ最近では、その常連客の一部にお化け然とした人がいただけだったというのが定説になってはいるのだ。
 ぼくのチョコレートパフェを見て、
「ちょっと待ってください! それは、マジックサクランボかもしれない!」
 と勝手に毒味をしてくれていた守衛さんは、
「うん、だいじょうぶ――これはふつうのサクランボだ」
 とつぶやくと、しばしチェックしていたその種を自身の胸ポケットに、
「これ、わたしが食べちゃったものだから、いちおうマナーで……」
 とたぶんせめてもの罪償いとしてしまっていたが、やたらもったいぶってさわっていた胸ポケットのワッペンには「Kの森テレビ」とか「沼口探検隊」などと、なにげに記されてあって、
「あっ!」
 とそれをみて、おもわずデビルポーズを決めてしまったぼくは、
「マジックサクランボって、むかし沼口探検隊がガガーニエンを探検したとき、隊員のひとりがうっかり食べてしまったやつですよね!」
 とむかしよく観ていたテレビ番組のエピソードを記憶のなかからどうにか引っぱりだした。
「そっ、そうです! お客さん、おぼえてくれてるんですかぁ」
「よく観てたんですよ。兄貴のやつはファミコンにうつつを抜かしてたんであれですけど、姉とぼくは、かなり夢中になってましてね」
 かつてはKの森テレビの看板番組だった『沼口探検隊がゆく』は、いまかんがえるとけっこう短命だったが、それでもあのウーパールーパーやダッコちゃん人形をも陵駕するほどの人気をこの界隈において博していた。
 沼口探検隊の番組が打ち切りになってしまったのは、以前から取り沙汰されていたいわゆるやらせの有無をめぐって一隊員の内縁の妻が新聞社に告発したためだといわれていて、じっさい沼口隊長もマーシシマイの捕獲と悪食怪獣たべチッチの足跡にかんしては、
「記憶にないが、もしかしたら『かんたんに作れる夏休みの自由工作』という教材を参考にしたかもしれない」
 と事実上それを認める発言も当時していたのだけれど、しかし二回目の放送の時点でUFOにさらわれそうになった沼口隊長はピンク・レディー然とした格好で浜辺をふらついていたくらいだから(UFO内での記憶はチューチューアイスを食べたこと以外すべて失っていた)、視聴者たちはとくにやらせ発覚に驚くことも落胆することもなく、
「南北ヨーロッパのガガーニエンに留学して、探検の勉強をしてきます」
 と充電宣言をして旅立っていった沼口隊長の帰国をたのしみにしていて、現在は〈うなぎ食堂〉の守衛をなされている沼口隊長に、
「ぼくたちファンは、ずっと待ってるんですよ」
 と調子のいいことをいってみると、いつのまにか極秘帰国していた隊長は、
「わかってます。だからこそ、わたしは自腹を切って幽霊が出るといわれていたこの食堂を調べていたのです!」
 とまたぞろ懐中電灯の光をチョコレートパフェのあたりに当てていたのだが、チョコパフェも持ち込みのドクター・ペッパー(ペットボトル)もほとんど残していた智美は、
「はやく食べろよ」
 と叔父が注意をあたえても、
「うん。わっ、いきなりカラス飛んできた!」
 と買ったばかりのゲームに熱中していて、だからぼくは物欲しそうにしていた沼口隊長に、
「あの、こちらも調べてもらって――」
 と自分たちのチョコレートパフェを分けてあげると、案の定隊長は二人前のチョコパフェを悪食怪獣たべチッチのように猛烈な勢いでたいらげたのだった。
「どちらにも毒は入ってないようだな。ん! なんだ、これは!」
「隊長! これは店のおしながきです」
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