第7話

文字数 3,357文字

      その七

 三原監督にたのまれたことを山城さんに告げると、
「かまわないですけど、でもラブ・ウィンクスのポスターなんて貼ってあったかなぁ」
 などとこぼしつつもそのお宅を後日たずねてくれたのだが、私服でおもむいた変身前のゼツリンフィーバーマンが懸念していたとおり、そのお宅にはラブ・ウィンクスのポスターもキャンディー隊のポスターも貼られていなくて、
「山城さんのこと、ゼツリンフィーバーマンだって、わかりましたか?」
「ええ。いちおう緑っぽいティーシャツは着ていったんですよ。ピチピチッぽいやつ」
 どうも三原さんが観たものは、喫茶店でウエイトレスにオーダーの拒否をしている「マイボトルキャンペーン」のポスターだったらしい。
「そこの人、そのマイボトル隊っていう三人組のファンなんだって。真ん中の娘、ちょっと和風だったから、その女の子と見間違えたのかもしれませんね。三原さん、のめり込むタイプだからな。あまりよく知らないけど」
「マイボトル隊っていうのが、いま人気あるんですかね?」
「さあ――なんか一種のご当地アイドルみたいですよ。熊谷市だか、どこだったか、わすれましたけど」
 山城さんは先日ぼくがお願いした田上雪子ちゃんのレコードを一枚探し出してくれていて、なんでも雪子ちゃんのレコードは、三原さんが着目しているラブ・ウィンクスよりもさらに入手困難なのだそうだが、
「いちおう天地真理の線を狙ったみたいなんですけど、あのころはたぶん越美晴とか黛ジュンとかそういうすごい人がいっぱいいたじゃないですか。だからぜんぜん注目されなかったんですね」
 とCD-Rを差し出してきた山城さんはそれと合わせて、レコードジャケットに記されていた田上さんのプロフィールも用済みの台本の裏にサインペンで書き出してくれていて、
「ん! ねえ山城さん、ちょちょちょ、ちょっと原本のほう、確認させてもらっていいですか」
 それによると、田上雪子ちゃんの出身地は森中市長がお詫び行脚する予定になっている、あの○○村ということになっていた。
「そうだ! 田上雪子ちゃんの方向から、活路を見出だせるかもしれないぞ」
 とひらめいた現G=Mは、このあと山城さんのパソコンを借りて、雪子ちゃんと、あとついでにラブ・ウィンクスのことを調べることにあいなって、しかし、
「ねえ山城さん、田上雪子で検索してるのに、なんで畑中葉子関連ばかり出てくるんですかね?」
 とけっきょくたいした情報は得られなかったので、寿司ロボの性能を試したくてうずうずしていた山城さんにも、
「じゃあ、その『小家族パック』で、いいですよ」
 と無愛想な対応を取ってしまっていたわけだけれど、
「オーケー! 小家族パックでいいわね! いくわよ! キィー!」
 とそれでも寿司ロボが活躍できるとあって、はりきっていた山城さんは、寿司ロボが無事に小家族ぶんのシャリを産み落とすと、
「じゃあ、トビッキリ奉仕センタープレミアムに問い合わせてみたら、どうですか?」
 とシャリに手動でネタをのせつつ助言してくれて、なんでもこのトビッキリ奉仕センタープレミアムなるものは、テレビ局の一部のお偉いさんしかその電話番号を知らないほど特別なサービスらしいのだ。
「トビッキリって、エウロパの天然水の、最近ドンも脅威を感じているあのトビッキリファミリーのことですか?」
「そうですよ。だけどそんな神経質にならなくても平気ですよ。いってみれば、ただお問い合わせセンターのサブダイヤルみたいなところに電話するだけなんだから」
 山城さんに手渡された番号に電話をかけてみると、
「エウロパの天然水にかんするお問い合わせは①を、その他のお問い合わせは③を」
 というようなガイダンスがまず流れてきて、
「うーん、③かな? 田上雪子ちゃんにかんするお問い合わせは指定されてないから、これ、③を押しちゃって、いいんですよね、山城さん」
 などとびくびくしつつすすんでいくと、そのうち、
「お繋ぎいたします」
 と例の機械的な声が一方的にいったのちにコール音が数回鳴って、
「もしもし♪」
 と生身の女性がやっと電話に出てくれたのだけれど、
「わたくし川上と申します」
 とおっしゃるその女性にお電話させてもらった旨を、
「田上雪子さんは、ラブ・ウィンクスより入手困難なんですよ。ですから、パソコンでパタパタやっても、なかなかわからなくてですね」
 とともかく伝えると、川上さんは、お調べするのにお時間がかかってしまうかもしれませんので、いったんお電話をお切りになってお待ちいただいてもかまいませんか、ときいてきて、だからぼくは自分の携帯で電話をかけていたのだけれど、いちおう口頭でも番号をおしえて、
「よろしくお願いしまーす」
 と電話をとりあえず切ったのだった。
 数時間後、川上さんから折り返しの電話をいただいたときには、ぼくと山城さんとで紙パックのワインをすでに空けていて、ちなみにわれわれは『突撃となりの食生活』のお蔵入りVTRを観ながら、
「このとき、生放送じゃなくて、よかったですね」
「衝撃映像ですからね」
「このあいだの生放送も緊張しましたか?」
「いやっ、最近は生のときのほうが、逆にリハーサルとかしてるんですよ。だからほらっ、平日のお昼なのに親戚がいっぱい遊びに来てたりするでしょ」
 と何度もしている話なのに、まるではじめてきいたかのように、大げさに感心したりおどろいたりしていたのだけれど、しかし川上さんがいわゆる〝ハム友〟から仕入れてきてくれた情報は、
「田上さんは『スター降臨』という番組でグランドチャンピオンになったのちに『あぜ道をゆく花嫁』でレコードデビューします。しかしこの曲はまったく売れなかったようですね。その後もずっと低迷していたのですが、六曲目のシングル『後から前から』がようやくヒットします。つづく『もっと動いて』も人びとにたいへんな衝撃をあたえたようです」
 となにげに畑中葉子さんの経歴と混同してはいたが、それでも、
「ラブ・ウィンクスがメンバーチェンジをするさい、水面下では田上雪子さんがその第一候補になっていたらしいのですが、よりマイナー感を強めるだけでは、というレコード会社側の意見もあって、けっきょく立ち消えになっています。それから『気分はレッド・シャワー』の発表前後にマネージャーとの同棲が発覚してますね。沼口探険隊の一員だったという説もありますが、わたしのハム友がいうには、こちらはガセネタだということです。ちなみに『気分はレッド・シャワー』はアルバムに入ってたんですけど、名曲だということでシングル化されたみたいですよ♪」
 と本当におどろくような情報もいくつかあったので、ぼくはもう山城さんのお話にはオーバーなリアクションを取ることはなくて、ただ寿司ロボを駆使してハマグリをにぎってくれたときだけは、
「ハマグリはムシのドク。チュウチュウ、タコカイナ」
 と清々しく山城さんに返答してあげていたのである。
 かなりできあがっていた山城さんはぼくと電話を替わると案の定川上さんに年齢をきいていて、もちろん川上さんは声音からしてもある程度の年齢だろうから、
「うーん、完全に歳はいっちゃってる……」
 という山城さんのため息が出るのはまちがいないので、素早く携帯を取りもどして、
「ハマグリはムシのドクですなぁ。あはははは」
 とぼくはその場を繕ったわけだけれど、
「しかしなんですなぁ、そのう、ハム友っていうのは、やっぱりアマチュア無線のあれで友だちになった人のことなんですかねぇ、あはははは」
 と山城さんのつぶやきを消すためにとにかく質問すると、川上さんはご自身の趣味にかんする秘密およびその変態指数も業務の一環(?)として律儀に打ち明けてくれて、網タイツなどの卑猥な下着も好んでいるらしい川上さんは、
「網タイツをはくと、太股がちょっとハムみたいになるでしょ。だからそちら方面の方たちとは、そういう隠語をつかってるんです。ええ、はい、お寿司の隠語も知ってますよ。えっ、いまハマグリのお寿司を食べてたんですか? うんうん、ほんとうに食べたいのは――まあイヤだわ、あん♪」
 とその後も裏オペレーター(?)として、いろいろな質問にこたえてくれたのだった。
 
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