名盤「噂」が誕生するまで

文字数 1,978文字

 バンドメンバーのなかで最初から最後までバンドにいたのはベースのジョンとドラムの俺だけなんだ。でも白状するとね、二人とも作曲と作詞はあまり得意じゃないんだ。ギターの奴らは曲を作る才能があるのに、曲がヒットして金が入ると、あっという間に薬や女に溺れてバンドを去っちまう。まあでも今だからこう言えるだけで、当時はバンドやってた奴らはみな同じようなもんだった。バンドっていう場所は、社会に適合できない連中の集会所みたいなもんだったからね。偉そうに言ってる俺だって、バンドを始めたのは「女」と「クスリ」が目当てだったしね。俺たちの音楽に通底してたものはね、あ、この「通底」っていうのはね、すべての物や出来事は俺たちの音楽に何かをもたらすために繋がってるっていう意味でジョンがよく使う表現なんだけどね、今思うとそれは「女」と「クスリ」だったんじゃないかな。 
 バンドは、ジャズ&ブルース系の男臭い硬派な路線で始めたんだ。曲は初代ギターのピーターが愛用のレスポールを掻き鳴らして作って、評論家からは英国ブルージーロックとか書かれたよ。ピーターは今でもよくカバーされるヒット曲を作ったあと、LSDで私生活と健康を壊して、二年でいなくなった。もう一人いたギターのジェレミーが曲作りの後を継いでバンドをロックの方向へ導いてくれたんだけど、ジェレミーもクスリと新興宗教にハマって辞めちまった。そのあと入ったボブは、バンドのこれまでの音楽にメロディックなサウンドを融合させて、俺たちを世界的なメジャーバンドに昇格させたんだ。
 バンドの大きな転換はジョンの奥さんのクリスティンがリズムセクションを埋めるためにバンドに入ったことじゃないかな。レコーディングも世界ツアーも順調な時に、それまで男所帯でやってきた硬派なバンドに女性が入ったんだから大転換だよ。それからもう一人別のボブがセカンドギターで入ってきて、こいつが俺の女房と浮気したんだ。それで最初のボブは激怒して後から来たゲス不倫野郎のボブをクビにして、バンド内の人間関係がドロドロし出して、俺は心をやられてまともに演奏できなくなって、最初のボブも去って行った。おかげで全米ツアーは途中で中止の危機に直面して、マネージャーはブチ切れて、別のバンドメンバーを勝手に編成して俺たちのバンド名の頭に「シン」をつけて俺たちの曲を演奏させてツアーを継続したんだ。
 バンド活動は一年ほど休止したけど、俺とジョンは訴訟を起こしてバンドの名前と曲を取り戻して、興行会社じゃなくて俺たち自身でバンドを管理するようにしたんだ。怪我の功名っていうのかな、中抜きがなくなってレコード収入は良くなったし、この訴訟で拠点をカリフォルニアに移せられたんだ。それで新たにギターを迎えようってなって、才能あるデュオなのに成功に見放されてたリンゼイとその彼女のスティービーを迎え入れたんだ。クリスティンとスティービーの二人の女性のポップさ、リンゼイのギターのパンチ、彼ら三人の作る音楽にジョンと俺がリズムを刻む、英国ブルース・ロックと米国西海岸フォーク・ロックのハイブリッド音楽が生まれて、バンドはアルバムでもツアーでも桁外れの成功を納めたんだ。
 だけど成功の裏でね、金と薬がバンド内に渦巻いて、リンゼイとスティービーは破局に向かい、四六時中ラリってたジョンとクリスティンの夫婦関係も破綻に向かい、俺は離婚協議を続ける中でスティービーと関係を持っちまって、バンド内の人間関係は破茶滅茶になった。なぜ解散しなかったのかよくわからない。五人に通底する何かが、当時はバンド内の人間関係の呪いを解きたいという願望かなと希望的に思っていたけど、本当はクスリ欲しさだったかもしれない、まあ何かが通底していたのかもしれない。俺たち五人はサンフランシスコ近郊に集まって、プライベートでは胃が痛くなるほどに心に傷を負ってお互いの顔を見たくもなかったのに、親しい会話もせずに、それでも一年近く缶詰になって、大量の酒、マリファナ、コカインの力を借りながら、喧嘩や議論を繰り返し、自分たちの人間関係の破滅から出た互いへの歪んだ愛憎を刹那的に詞とメロディーに落とし込んで、アルバムを仕上げたんだ。俺の話に興味を持ったなら、歌詞をよく眺めてみてくれ、バンド内の崩壊した人間関係に悩む個人的で脆弱な内面を告白した残酷なまでに正直な内容になってるから。
 タブロイド紙は篭ってる俺たちを毎日乱行してるとかヤク浸りになってるとか書いて変な噂が広まったんだけど、バンドに関する噂の真相はここにあるよ、ってことでアルバムのタイトルを「噂」にしようって提案したら、パートナーへの愛憎をクスリの力で楽曲に昇華させた告白記だからぴったりだ、ってジョンも頷いて、それでタイトルは「噂」に決まったんだ。
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