第6話

文字数 2,635文字

 今日は三崎港近くで釣り竿を垂らしている。
 邪魔にならない場所に車を止めてコンクリートの堤防で釣り。今日は釣り方を「サビキ釣り」にかえてアジを狙って釣ってみることに。重りに釣り針、それと「上カゴ」にコマセという餌を入れておびき寄せて釣る仕掛け。
 釣果はそこそこ、アジが3匹とイワシが2匹釣れた。
 昼間のこと、港には人が居て海には船が見えていた。
 御崎ちゃんも少しは釣りに慣れてきたようで、アオイソメを付けない今回は、特に手助けすることもなく何匹か釣り上げている。初めにあった時と比べると上達したと言える。まあ、俺の教え方が良かったということにしておこうかな。
 ただ、どうしても一つ気になることもあるんだ。
「――というかさ」
「はい、なんでしょう」
「今日って平日なんだけど御崎ちゃんは学校行かなくていいの?」
 俺のその疑問は当然の疑問だった。
 案の定「学校サボって来ています」との応えが返って来ると俺も思わず「うーむ」と考えてしまった。学校をサボる理由を俺が与えてしまっているのだろうか、出来ることなら同級生たちの中で生活した方がいいんだろうな、とは思う。
 その一方で良くない事情があって学校に居場所がない時に、どこがセーフティーネットになるのかという問題もある。もしも釣りに彼女が自分の居場所を見つけようとしているのなら「学校へ行け」と安易に言うには酷か?
 何にせよ、聞いてみることにしよう。
「お父さんお母さんはなんて言っているの?」
「――居ませんよ」
「え、居ないの?」
 居ないとは旅行に行って、その間に学校サボって釣りをしているというようなことなんだろうかと緩く考えてみた。というかそうであって欲しいという俺自身のための「どこかへ旅行中?」という問いの言葉。だけど御崎ちゃんは「違いますよ」と答えた。
「いいえ、この世に居ないんですよ」
「え……そうなんだ」
「つい先日に交通事故で亡くなりまして」
 思わぬ重い言葉に俺は悪いことを聞いたと思った。
「あ、ああ……聞いて悪かった」
「いいえ? 別に悪くなんてないですよ、上山さんが親切で聞いてくれたことに対して私が怒ることなんてないですよ。少なくともそう教えられましたから」
「そう、心があって良い親御さんなんだね」

 釣りをしながら会話の続きを。
 今度は御崎ちゃんが俺に聞く。
「上山さんって中学高校ではどんな感じでしたか?」
「俺? 俺は普通だったよ」
 そう言うしかない平凡な男子学生だった。
 運動も勉強も「授業のためにやっている」というだけ。
 悪い友だちも、人生に影響を与えて俺を劇的に変えてしまうような友だちも居なかった。教育の過程で学校に通って問題なくそれを完了した。最後に得たものは学歴と、卒業証書と、卒アルくらいなもの。
 中学高校の卒業式の日、桜が寂しく感じた。
 ただそれは「友だちとの別れが寂しいのではなく」どこか虚しかったからだ。中学や高校で、もっと何かに熱中してもよかったんじゃないか、と今でも思う時がある。まあ、実際は家に帰ってから家の仕事「料理と仕込み」の修行が待っていたから出来なかったのだろうけれど、人や物、活動にもっと熱を持ってもよかったかなとは思う。
 俺は、自分に用意された世界の外側へはいけない人間だ。
 ――受け継ぐ側の人間だったんだ。
 釣り竿にアタリは来ないため会話は続く。
「御崎ちゃんはどんな学生なの?」
「私は自分のこと割と真面目だと思っていたんですけど、両親が亡くなってゴタゴタして休んでいたら「推薦で高校決まったから」という連絡が来まして。その時に「何か中学はもうここまででいいかな」って思ってしまったんですよ。今も先生も特に何も言ってこないので行かなくなりました、ある意味で私は不真面目ですね」
 彼女は言った「アウトサイダーなのかも」なんて。
「高校へ行く気になれたらいいなと思うんですが、今のままだと難しいのかも」
「高校は出ておかないと社会できついよ?」
「頭では分かっているんですけれど割り切れない思いがどうしてもあって、そこを否定したら人生って何もないんじゃないかと思っちゃうんですよ。それできっとそういう人間がアウトサイダーな人たちなんだな、って最近は思います」

 ・・・・・・・・・・

 夕方の5時、片付けに手間取ってしまったため、あたりはすっかり暗くなってしまい御崎ちゃんを家まで送ることにした。暗くなったから女の子を一人で帰したりはしない。それに今日ずっと気になっていた「どういう暮らしをしているんだろう」という俺の疑問も少しは解消出来るかなと思った。
 住所を聞くとおおよそどのあたりかは分かった。
 彼女を助手席に乗せて車を走らせる。
 三浦海岸駅近くの住所だ。そのあたりは「海がそこにある生活」という触れ込みで沿線グループが開発している。その計画の中で拓かれた、比較的新しい住宅街の一角、三浦海岸駅からの方が住所に近いようで、道順的にも分かりやすいから、まず三浦海岸駅へ、御崎ちゃんは助手席から俺に道案内をする。
「そこを左で、後は道沿いに走っていくと住宅街に出ます」
「了解、左ね。住宅街に出ればいいのね」
 海方面から駅の左へ、三崎口方面へ入っていく。
 線路沿い道をほんの少し走る、この道の先は「三浦海岸河津桜」と名付けられた桜並木。今年も桜がそろそろ咲くだろう。そこから少し離れた住宅街へ。土地勘がある俺には「このあたりの住まいだとどの中学に通っているのか」も分かる。
「その家です、目の前に見える家」
 言われて車のその家の前で停めることにした。
 建売と思われる一軒家。外壁は白く二階建ての特別他の住宅と比べてこれという特徴もない普通のファミリー向けの一軒家に見える。駐車スペースに車はないけれど、そこに停めるには躊躇いがあり車は家の前に置くことにした。俺も車を降りて玄関まで送ることに、すると彼女が俺に気を利かせる。
「ありがとうございます、水でも飲んでいってください」
「あ、ああ……もらっていこうかな」
 のどが渇いていたことは事実だから飲み物一杯くらいはいただいておこう。好意は受け取っておくことにしている。玄関の中に入る、そこが少し寂しく感じる理由はそこに御崎ちゃんの靴しか見当たらないからだろう。
 家族向けの一軒家だから余計にそう感じてしまう。
「どうぞ、家の中に上がってください」
 ――いいのかよ、こんな無防備に男を入れて。
 まあ、別に何もないんだけどさ、そんなに信用されているのかね?
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登場人物紹介

「上山海舟」神奈川県、三浦市にある小料理屋「浜味」の若代将。亡くなった父から料理の技術と心得を受け継いでいる。少し気が弱いことを気にしている。

「御崎花蓮」三浦市に住む女子中学生。釣りがさっぱりでチャットで知り合った上山とリアルでも会うという、ロックな性格。自分より年上の上山を〈チョロい〉と思ってからかうこともある。

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