第17話

文字数 2,118文字

(After story)

 5月某日、昼間の三崎港に俺と御崎ちゃんは居る。
 晴れているけれど予報では「ところにより雨」と聞いた。
 三崎港は実は結構「観光客が多く訪れて」その周りに店がある、アンティーク雑貨店やドーナッツ屋、三崎エスプレッソからご当地のラーメン店まで。まぐろソースカツ丼からまぐろラーメンまである。他から来た人にとって珍しいと思うものでも、地元民からしたらありふれたものになるのは当然のこと。
 まあ、毎日まぐろ食っているわけではないけれど、さ。
 カジュアルな雑貨屋の前、御崎ちゃんはその店の中を覗いていた。
「上山さん、実は欲しい物があるんですよ」
「どんなもの?」
「フリフリ、フリルのエプロン」
「お、とうとうやる気になった」
「上山さんに似合いそうだなー、って思っていました」
「君は俺を一体どうしたいの?」
 俺が可愛らしいエプロン付けたとしても世界中のどこに需要があるのやら、だよな。あるのか? あるとしたら怖い俺が知らない方がいい世界だ。
「そういうものは御崎ちゃんの方が似合うだろうから、自分で付けてください。俺は厨房に立つ時の服はもう持っているから。自分の装備はこだわりがあるから自分で揃えるから、俺はフリルのエプロンは付けない」
「そうですか、似合うと思うのに」
 なんて軽口挟みながら今日のポイントを探すことに移る。
 今日も、釣り。俺と彼女は釣り人だから。
 他人様の邪魔にならない場所で釣り竿を構えて魚を狙う。停めてある車から離れすぎない場所で今日は通年通して釣れるアジを狙っている。上カゴにコマセを入れた「サビキ仕掛け」はもう御崎ちゃんも一人で出来る。

 あのクエを釣ってから少しだけ彼女は前を向けたのだろうか、少しだけ自炊をするようになった。といっても米を炊くようになっただけだけど。
 ――まあ、それだけでも出会った頃より前へ進んでいるということだろう。
 どうせ歩むのなら前に前に進めればいい。時に落ち込んで足元を見たり、来た道を振り返ることがあってもどうか引き返さずに歩みを止めないように。その果てにたどり着いた場所が夜だとしてもそこに月を見るのかなと俺は思う、俺って詩人だな。
 彼女は無事に高校一年生になった。
 俺も一安心した、それでも高校はサボり気味らしい。
「卒業出来ればいいんですよ」と彼女は悪そうに言う。
 桜なんてものはもうとうの昔に散って、今はもう緑色の葉桜になっている。着ている服も俺は黒のロングTシャツだったり、彼女は白のカットソーだったり。季節は巡って来るべき梅雨の湿気や、夏の暑さを考えたりもするようなそんな季節だ。でも今日は少し上空が曇ってきて降るかどうか微妙な空模様だな。
 釣りをしながらいつものように会話をする。
「――上山さんって気が弱いですよね」
「御崎ちゃんがロック過ぎるの」
 そう言うと笑う。
「そうですかね?」
「もっと現世に執着を持ってくれよ……」
「じゃあ「理由」になってくれるんですか?」
 思わず俺は「え?」と戸惑ってどう答えるべきなのか考えてしまう、こんな時にいわゆる「本物の漢」ならば「毒を食わらば皿まで」の精神で何か言うのだけど。俺はというとしどろもどろに「それってどういう意味でさ」と言うのが精一杯で。
「やっぱり気が弱い……」
「大人なの!」
「あは……あはは、あはははは、ははは」
 笑い方が少し怖い……確かに俺は少し気が弱いんだわ。それで俺が見るからにはこの子はきっと俺より強いのだろう。色んなことがあっても挫けそうになっても、最後には前を向けるようなそんな強さを胸に秘めている。
 俺もその強さを少しは見習いたいものだ。
 そう思っていると、さっきから少し気になっていた曇り空からポツリぽつりと雨が降り始めて「やば、雨降ってきた」と釣りを一時中断して装備ごと車の中に引き返す、すると雨がざあっと降り始めてしばらくは車中で雨宿り。向こうの空は晴れているから、この雨は止みそうな気配はするから車の中でしばらく待機かな。

 俺が外の雨を見ていると、彼女はいつの間にかポータブルプレイヤーとイヤホンで音楽を聴いているようだった。俺の視線に気付いてイヤホンを外し「どうしましたか?」と俺に聞いてくる。俺はポータブルプレイヤーを指差した。
「何を聴いているの?」
「それは言えないかも」
「車のスピーカーで聴く? シガーソケットで繋げられるよ?」
 安物だけど車のスピーカーに繋げて聴くことも出来る、俺も実際そうやって音楽を聴くことも多々あるわけだ。だけど彼女は「いやいいです」と言った。
「大丈夫です。それに今聴いている曲を上山さんに聴かれると私の考えていることとか今の気持ちがバレちゃいそうな気がするから」
「そう言われると余計に知りたいんだけど」
 彼女は照れるように少しはにかみ、その後で笑って俺に答える。
「――大人になった時に教えてあげますよ、だから私が大人になるまで待ってきてください、その時までに心を見つけておきますね。その時、そこに上山さんが居たのならその時には今の感情を教えてあげますよ。それが知りたいなら、その時には私が見える場所に居てくださいね。なんて、ね」

 ツリビト(Outsider)了
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登場人物紹介

「上山海舟」神奈川県、三浦市にある小料理屋「浜味」の若代将。亡くなった父から料理の技術と心得を受け継いでいる。少し気が弱いことを気にしている。

「御崎花蓮」三浦市に住む女子中学生。釣りがさっぱりでチャットで知り合った上山とリアルでも会うという、ロックな性格。自分より年上の上山を〈チョロい〉と思ってからかうこともある。

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