第7話

文字数 1,258文字

 その後の顛末を僕は、もらった電子ノートに記録しておくことにした。
 いいことも悪いこともあり、僕個人にとっては大半が悪いことだったが、今考えてみても全く後悔はないということを、はっきり記しておく。
 
 驚きから解放された上司によって、中村さんは丁重に観光ルートへ戻され、僕は大目玉の末に謹慎処分と減給処分を食らうことになった。
 宇宙で不測の事態は即死に繋がる重大案件だから、ルールを逸脱した輩の処分としては優しすぎるくらいだ。異論も不平もない。

 ガラス製の双葉は、大いに注目を浴びることとなった。

 大量の始末書を書きあげる過程で僕は、それまでの経緯を(つまび)らかにし、電子ノートから抜粋した陶土の成分表まで資料につけて、ほどんど研究論文のような反省の弁を上層部に送り付けた。
 
 図々しくも、新たな提案をしさえした。
 新・シガラキヤキの創設だ。

 思いついたのだ。あのガラスの双葉がある場所を、シガラキという通称で申請したらどうだろうと。

 あまり一般には知られていないが、現在の月に関する国際法では、月の地名を勝手につけることはできないものの、情報伝達の円滑化と月面地図の詳細化のため、「新たな目印を発見または設置した者に、その場所の通称を申請する権利がある」とされている。
 通称の使用が認められた場合、十年経って浸透していると承認されたら、正式に地名として申請することができるのだ。
 もしその審査に通ったら、いよいよあそこはシガラキという地名になる。
 周辺のレゴリスで作った焼き物は、新・シガラキヤキになる。

 上司との面談の機会に僕は何度となく、そのことを熱く語った。
 新たな観光の目玉となりうる焼き物作りの協力者には、中村さんを推した。

「幻の国ジャパンの伝統工芸士が、月に移住して伝統工芸を続けるんですよ。かっこよくないですか? きっと話題になって、その器を使ったうちのサラダを食べようと思う人が増えます。窓から“進化する焼き物”の眺めを見せれば、リピーター客の獲得に繋がります。伝統と進化と緑。そのどれにも人は魅かれるんです」

 必死でPRする僕の姿は、それまでの僕を知る人の目に、どう映っていただろう。
 どうしてこんなに一生懸命なのか、自分でもわからなかったけれど、丸く熱い火の鳥の卵が、いつの間にか僕の中には産み付けられていた。

 観光部門だからできないことなんてない。僕はいつか火星に行く。その時に今の経験が役立たないと、どうして言える。
 宇宙は広く過酷だ。いつどうなるかなんて、誰にもわからない。
 だからこそ今、やるんだ。
 与えらえた環境で、手の届く方法で、突き抜ける情熱で。
 何があろうと宇宙には、無駄なものなんて1つもないのだから。

 上司の許可をもぎ取って、僕は中村さんに電子メールを送った。
 返事はなかなか送られてこなかった。
 1か月、2か月、3か月、待った。
 待ち望んだ返信がある時、ようやく訪れた。
 そこには簡潔な文章で、こう書かれていた。

 準備ができたので今から月に行く。
 宇宙焼き物師になります、と


<了>
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み