定休日 体感型ダリ展@角川武蔵野ミュージアム

文字数 4,725文字

埼玉県所沢市、角川武蔵野ミュージアム。
今日は、角川武蔵野ミュージアムに来ているの。

体験型ダリ展を見るわよ!!

ダリ展は前に見たことあるけど、体験型展示って初めて。

どんなのだろう……??

サルバドール・ダリ(1904年 - 1989年)

スペインのカタルーニャ州フィゲラス生まれ。

シュルレアリスムを代表する画家として活躍し、20世紀で最も有名な芸術家のひとり。

展覧会名:サルバドール・ダリ ― エンドレス・エニグマ 永遠の謎 ―

会場:角川武蔵野ミュージアム1階 グランドギャラリー

会期:2023年12月20日 〜 2024年5月31日

第1会場に入ってすぐ、四方の壁面から床面まで覆いつくす映像と音楽に圧倒されたわ!

まるでダリの絵の中に入り込んだみたい!

ピンクフロイドの音楽に合わせて、ダリの作品たちがコラージュされた映像が会場全体に投射されていたのよね。
この約30分ほどのコラージュ映像作品が、今回の展覧会のメイン展示と言えるわね。
2016年に国立新美術館で開催されたダリ展にも一緒に行ったわよね。
そうそう、あのとき国立新美術館で実物を目にした名画たちが、今回の映像の中で生き生きと動いていて、めちゃくちゃ興奮したわ!
国立新美術館のダリ展と違って、角川武蔵野ミュージアムの展覧会ではダリの本物の絵はひとつも展示されていなかったのよね。

それって本当に展覧会と言えるのかしら?

今回の展覧会のような、Immersive art experiences(没入型アート体験)は、近年急成長しているトレンドなのよね。

へー、イマーシブアートって言うのね。

アートとテクノロジー、あるいはアートとエンターテイメントを融合させた新しい展示方法ってこと?
そう、没入型アトラクションでは、デジタルプロジェクターを使って有名な芸術作品に新しい命を吹き込んでいるわ。
繰り返しになるけど、デジタルで展示されたアートは「アート」って言えるのかな?
それは「アート」の定義にもよるけど、フランクフルト学派のヴァルター・ベンヤミン『複製技術時代の芸術』という論考を1936年に発表しているわね。
もっとわかりやすく言って……!
分かりやすく言うと、美術館に展示されれば「芸術」と認められるのよ!
じゃあ、今回のコラージュ映像の場合、映像単体が「アート」なのではなくて、角川武蔵野ミュージアムのグランドギャラリーで上映されているその展示空間全体が「イマーシブアート」というわけね。

そういうこと。

このコラージュ映像作品が、もし映画館で上映されていれば「アート系映画」と言われるだろうし、動画投稿サイトで配信されていたら「二次創作動画」と言われると思うわ。
つまり、「芸術」を「芸術」たらしめているのは、「もの」そのものではなく、コンテクスト(文脈)ということなのね……?

そう、本来あった文脈から切り離して、芸術と認知される特殊な文脈に置くことで、「芸術」とみなされるの。

そういう効果を意図して行うことを、Dépaysement(異化効果)と呼ぶのよ。

なるほど、美術館というのは「異化効果」を生じさせる巨大な装置なのね。
生前のダリは、道ばたで見つけた物品を気に入ると、なんでもかんでもベンツに積んで持ち帰る癖があったそうなの!

ええ!? そんなことしてたら、家がゴミ屋敷になっちゃうよ……
それで1980年代のダリ美術館の館内には、ゴミ捨て場から拾ってきた碍子(がいし)が飾ってあったらしいわ。

碍子というのは、鉄塔や電柱などで電線を支えている器具なんだって。

一緒にドライブ中、ダリはゴミ捨て場に高さが1メートルほどもある碍子を見つけ、館長に拾って帰るよういいつけたのだそうだ。この人もあの拾い癖の犠牲者だったのである。

碍子を背負わされた館長は、あまりの重さに、何でこれが気に入ったのか聞いたところ、「二千年後、土に埋もれたわがダリ美術館をだな、考古学者が発掘してこいつを見つける。きっとみんな素晴らしいというだろうよ」との返事だった。

(『世界 名画の旅4 ヨーロッパ中・南部編』朝日文庫より)

館内に飾ってあったら、お客さんはダリの作品だと勘違いするわよ……
ゴミ捨て場に置いてあったら巨大なゴミだけど、美術館に展示されていたら、立派な芸術作品ということね。
ダリの感性は、わたしたちが想像もおよばない未来を見ているわね。
今回、没入型インスタレーションを初めて体験してみて、壁に飾られた額入りの絵を歩きながら眺める従来の展示方法よりも、記憶に残りやすいと思ったわ。
うん、動く映像のインパクトが大きくて、メバルに似た魚の口から虎が飛び出てくる絵が、いちばん印象に残ったわね!
サルバトール・ダリ「目覚める1秒前にザクロの周りを蜂が飛んでいることによって引き起こされる夢」(1944年、ティッセン=ボルネミッサ美術館蔵より)

飛びかかってくる虎が大迫力だし、異様に多関節で足が長い象がゆっくり歩いている姿も神秘的だったわ!

この美しい裸婦像は、ダリの妻であるガラさんがモデルなのよね。
カバネルの「ヴィーナス誕生」をオマージュしたような裸婦像に、鋭い銃剣が突き付けられているあたり、パンチが効いてるわ。
ダリの「ポルト・リガトの聖母」もガラさんがモデルだし、彼にとって妻は、永遠のマドンナだったのね……
ボッティチェリの「ザクロの聖母」が有名だからね、この絵のザクロは、画家の目を通して見たガラの聖母性を象徴していると思うわ。
ザクロがガラさんの象徴なら、ザクロから飛び出した魚も虎も、ガラさんのイメージなのかしら?
ダリのお抱え運転手だったブライ・マトンは、ガラの人柄を「虎のような、火のような人」と語っているのよね。

だから、この二頭の牙をむく虎は、ガラの火のような気性を表現しているのかも?

サルバトール・ダリ「戦争の顔」(1940-1941年、ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館蔵より)
今回のコラージュ映像で、悪夢のように記憶に焼きついたのが、この顔!
この「戦争の顔」は、スペイン内戦の終わりから第二次世界大戦の始まりまでの間に描かれたそうなの。

恐怖を浮かべた顔に、無数の蛇が噛みつこうとしているわね。

眼窩と口には同じ顔があって、戦争の悲惨さが無限に続くかのよう……

「戦争の顔」をはじめ、戦争を想起させる絵のコラージュに合わせて鳴り響いていたピンクフロイドの"Another Brick in the Wall, Pt.2"も強烈だったわよね!
Pink Floyd(ピンク・フロイド)は1965年にロンドンで結成されたイギリスのロックバンド。実験的な楽曲、哲学的な歌詞、趣向を凝らしたライブ・パフォーマンスが特徴。

2013年時点で全世界で2億5000万枚以上のレコードを売り上げ、史上最も売れた音楽グループのひとつとなった。1996年に米国ロックの殿堂入り、2005年に英国音楽の殿堂入りを果たした。

"Another Brick in the Wall"は、ピンク・フロイドが1979年にリリースしたアルバム"The Wall"の収録曲。

この楽曲は学校教育に反発する歌詞なんだけど、学校教育による思想統制が戦争を加速させる側面があるのは否めないから、子供たちの歌声と絶望感のある絵が絶妙に合っていて、選曲センスに感動したわ!!
やっぱりロックは反権力じゃなきゃね!
今回のコラージュ映像の中で、ディズニーとダリのコラボアニメも流れたわよね。
短編アニメ映画 "Destino"(運命)

原作:サルバドール・ダリ、ジョン・ヘンチ、ドナルド・W・アーンスト

監督:ドミニク・モンフリー

制作:ウォルト・ディズニー・スタジオ・パリ

公開:2003年

短編アニメ映画『ディスティーノ(運命)』

サルバドール・ダリとウォルト・ディズニー社のコラボ作品として1945年に制作を開始したが、第二次世界大戦期の経営難によりプロジェクトは無期限の休止となった。

1999年、ウォルト・ディズニーの甥であるロイ・E・ディズニーが眠っていたこのプロジェクトを発掘し、構想から58年後の2003年に最終的に完成した。

ダリの絵をもとにした超現実的な風景の中で、ダリアと名付けられた少女が踊りつづけていて、時の神クロノスが彼女に恋するのよね!

ヒッチコック監督とダリがコラボした映画は正直、見ていて気持ち悪かったけど、ディズニーとコラボしたこのアニメは大好き!!

今回のコラージュ映像でも、ダリが美術協力したヒッチコック監督の映画『白い恐怖』(1945年)の悪夢の場面が流れたわね。
自分でも意外だったのだけど、今回のコラージュ映像では、ダリの代名詞とも言える「記憶の固執」(1931年)の印象が薄かったのよね……
ああ、カマンベールチーズのように時計が溶けちゃったやつね!


今回は、映像と音で表現する展示だから、動きのない無生物よりも、動きがある生物を描いた作品の方がより迫ってくるわけよ。

たしかに、もうひとつのダリの代表作である「聖アントニウスの誘惑」は、前脚を振り上げた白馬が目の前に迫ってきて、怒れる馬のいななきまで聞こえてくるようだったわ。
サルバトール・ダリ「聖アントニウスの誘惑」(1946年、ベルギー王立美術館蔵より)
この絵でも、異様に多関節で足の長い象さんが浮遊するように歩いてるのよね……
ダリは自分が創り出したこの奇妙な象を「宇宙象」と呼んでいたそうよ。

本来はずっしりと重いはずの象が、折れそうなほど細い足で歩いているところがユニークよね。

象さんが象徴する地上的な権力は、宇宙(天上)に行けば重さが無になり、ふわふわ浮いてしまうほど軽いものである、という皮肉を表現しているのかも?
1946年、アルバート・レーウィン監督の映画『ベラミの私事』(1947年公開、原作:モーパッサン)の小道具として使うための絵画コンテストが行われた。

テーマは伝統的な主題である「聖アントニウスの誘惑」と定められ、審査員のひとりはマルセル・デュシャンが務めた。

ダリを含む12人の前衛画家がこのコンテストに公募したが、審査の結果、ダリが描いた「聖アントニウスの誘惑」は選外だった。

1等はマックス・エルンスト、2等はイワン・アルブライト、3等はポール・デルヴォー。1等賞金2500ドル、全員に参加賞500ドルだったという。

(『世界 名画の旅4 ヨーロッパ中・南部編』朝日文庫より)

ダリの「聖アントニウスの誘惑」は、コンテストのために描かれた作品だったんだけど、1等はおろか、2等にも3等にも選ばれず、なんと選外だったのよ!
今となっては、ダリの最も重要な作品のひとつに数えられるほど有名な絵が、コンテストでは認められなかったのね……
審査員に見る目がないと言いたいとこだけど、現代アートの先駆者であるマルセル・デュシャンが審査した結果だから、あまり悪くも言えないし……
そのコンテストから75年以上経って、それぞれの画家の評価が定まった今だから言えることなのよね。
そう、画家たちが生きていて現役で描いている当時に、その作品の価値を判断して優劣をつけるというのは、本当に難しいことだと思うわ。
生前のダリが語っていたように、美を審判するのは人間ではなく時間なのかも……
角川武蔵野ミュージアムの体験型ダリ展、会期は5月末までよ。

美術展と言うよりかは、映画館に行くような気持ちで臨めば、すごく楽しめると思うわ!

4階の有料図書館「エディットタウン」にも、ダリ関連の書籍が充実していたわね。
ダリをフィーチャーした展示ではあるけど、実質、ピンクフロイドの壮大なMVだから、ピンクフロイドファンにいちばん見てほしいかも。
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登場人物紹介

七里香(ななりか)


デザイナーズトイを集めている。

アート全般に興味があるが、特にロウブロウアートが好き。

「ぎゃらりい熊四手」のオーナーの孫。

杏子(あんず)


ファイヤーキングを中心に1930~1980年代のアメリカン・ヴィンテージグラスウェアを集めている。

「ぎゃらりい熊四手」のカフェ担当。

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