第8話  言いたい事

文字数 1,948文字

融は部屋でスマホの写真を見ながらビールを飲んでいた。

写真を削除しようとすると「全てのデバイスから削除されます」と
脅し文句が出る。
「知らねえよ」
そう言いながらどんどん削除して行く。

樹が自分のトレーナーを着ている写真が出て来た。フードを被ってにこりともしていない。
寝起きだから頭が動いていなかったのだろう。その無表情さを眺める。
後ろにいる自分はやけに嬉しそうだ。
タップする指が止まる。
「・・もう少し落ちついてからでもいいか」
融はそう言い訳をする。


スマホにメールの着信通知が出た。
樹からのメールだった。
融は驚いた。

一瞬、「御免なさい。許してください」のメールかと思った。
もう終わりだと思っていたので、「えっ?」と思った。
そう言われても、もう許す事は出来ないだろうと思った。

「間違いだった。寂しかった。御免なさい」って言ってくれれば、・・何とか許そうと思ったのに。
何であんなに頑固なんだ。
屁理屈ばっか言って。
俺の立場なんて微塵も考えていない。
融は怒りを募らせる。



何が『絆』だよ。意味分かんね。
今更許してくれって言ったっておっせえんだよ!
どんなに謝ってもこのまま放置だな。もう、知らねえよ。
知らねえから!
もう、どこへでも行っちまえ!
そう思ってメールを開く。

pdfの添付書類があった。
それを開けてみる。


「言いたい事」


1) 絆に付いて
・確かに私が悪い。すごく悪い。それは分かっています。
・あなたと小夜子さんの様な御立派な絆なんて私には有りません。そんなもの、生まれてこの方持った事は有りません。唯一あなたとの絆がそれに近いかなとは思いましたが、そうでも無かった。(陸は別です。でも、陸はもういないから)
・あなたが小夜子さんを抱いても、私よりも小夜子さんを大切にしても、それに耐えられるような絆が欲しかった。私も、欲しかった。それを蔑み咎めるならどうぞご存分に。確かに他の男との絆だよ。でも、私には他に何も無いから。

 それは間違いではない。私はそうしない訳には行かなかったのだから。それを間違いだと言ってしまったら、余りにもあの日の自分が憐れで惨めで悲しい。そして恥ずかしい。何より由瑞さんに申し訳がない。
私は今までにいろいろな間違いをしてきました。でも今回の事は決して間違いではない。あんなに泣いた自分は確かに阿保だと思いましたけれど。


私を蔑むなら蔑みなさいよ。でも由瑞さんをそう言うのは許せません。
「そんなのとは一緒にしないでくれ」ってあなた言いましたよね。
どれだけ偉いの?信じられない。もう絶対に許せない。

私、小夜子さんの事をそんな風に言った事は無い。蘇芳さんの事もそんな風に言った事はない。
羨ましいと思ったことはあっても、あなたみたいに蔑んだことなど一度も無い。

素晴らしい絆をお持ちで良かったですね。いつまでも大切に。
あなただってバリキャリと寝ていたでしょう?
それは確かに私と付き合っていた時の事では無いかも知れないけれど。


・私にとって由瑞さんとの絆は凄く大切なものなのだから。あなたには分からない。
あなたなんかに分からない。あなたはもう来なくていい。ずっと蘇芳さんでも、小夜子さんでも一緒にいればいい。私の所になど永久に来なくていい。

2) お雛様に付いて
・仰せの通りそう致します。ご迷惑をお掛けしました。
3)その他
・すごく自由になった気分がする。もう我慢するのは止めた。泣くのも止めた。
自分の気持ちもよく分かった。私、情けなかった。自分が。二番目でもいいと思っていた自分が情けない。小夜子さんは特別だからって言い聞かせて来た自分が情けない。
自分を胡麻化しながらもあなたと居たかった自分が情けない。

だから壊したかった。あなたの話を聞いていたらきっと壊せなかった。

そしてまたこの繰り返しだと思った。二年前もそう思ったのに・・・だから離れたのに。
私が馬鹿だった。あなたの言うように状況を理解できないバカ者です。
言いたい事はこれだけ。これについて話すのはもうお終い。


さようなら。
今まで有り難う。


そしてあなたをめちゃくちゃに傷付けて本当に済みませんでした。それは心から謝まります。でも、もう謝るのもお終い。二度と謝らない。


これでさっぱりしたでしょう?私もさっぱりした。
切ってくれて結構です。さっぱり捨ててください。
もうあなたとの絆も無い。

そんなの最初から無かったんだ。あると思い込んでいただけ。

不実な女で結構。酷い女で結構。
そんな女はあなたには必要ない。
どうぞ忘れてください。


荷物は6月の19日、日曜日に取りに行きます。午後1時に。都合が悪かったらもう要らないから。捨ててもらっていいですか。来てほしくなかったら先に捨てても構わない。
その時はラインで「捨てた」と言ってくれればそれでいい。
それでもう終わりでいい。
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