第25話  史有ちゃんと指輪 Ⅲ

文字数 853文字

小さな離れの向こう側に裏門があった。
裏門近くにはわさわさと萩の葉が生い茂っていた。

「サヨちゃん。案内したい場所があるんだ」
史有はそう言った。

裏門を通り抜けるとすぐ目の前には大きな山が見えた。
山波はどこまでも重なっていた。初夏の緑の匂いがする。水気をたっぷりと含んだ青の匂い。
目の前の山は黒い程の緑で覆われていた。

史有は空を見上げる。
有難い事に天気は持ちそうだ。


「少し。あの山の入り口まで。・・・って言うか、俺が負ぶって行くわ。その方が早い」
そう言うと史有は小夜子の前に屈んだ。
小夜子がその背中に凭れ掛かると、史有はすっと立ち上がり、てってと走って行く。
「史有。重いでしょう。いいよ。私、歩いて行くから」
「何言ってんの。空気みたいに軽いよ。サヨちゃんはもう少し太らなくちゃ駄目だ。すお姉を見習って沢山食べなくちゃ。いや、勿論あんなに太らなくてもいいけれど」
史有は言った。

 史有は山の前で立ち止まった。
史有は小夜子を背中から降ろすと、遠くに見える山を指差して言った。
「本当はもっともっと奥なんだけれど、今はとても行けないから。・・・ねえ。サヨちゃん。俺、ここで子供の時に怜さんと出会ったんだ」
史有はそう言った。

「俺、ここで怜さんに誓うから。絶対にサヨちゃんを幸せにするからって」
史有は小夜子を見た。

「サヨちゃん。運命ってあると思う?俺はあると思う。怜さんはサヨちゃんを探していた。そして俺にあのお守りを託した。だから、俺とサヨちゃんは廻り合う運命だったんだ。・・・・俺は、あの時の怜さんを忘れない」
史有はそう言って、小夜子の肩を引き寄せた。


小夜子は目の前に広がる深い森とどこまでも続く山波を眺めた。

大満月の夜。

そこに、その暗い森の中で小さな狗神と出会った怜の、その姿が脳裏に浮かんだ。
まるで自分もそこにいたかの如く。
月光が朧な怜の姿を浮かび上がらせる。
・・・何て儚い・・。

勾玉を見ず知らずの子供に託す怜の姿。
哀しそうなその表情。
・・・自分を探し続けた怜。

怜のその姿は鋭い痛みとなって小夜子の胸を強く締め付けた。

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