第14話 鳶雄の葛藤

文字数 1,423文字

「う、嘘だ。わ、私は信じないわよ…」

 ヒミコがそう言った。ユウサもそうだと言って頷いた。

「でもトビオが言うなら本当なのかな?」

 アカネはとりあえず信じる方針だ。

「とにかく。追い出す何てことはできそうにねえな。寧ろ俺が追い出される気がするぜ」

 流石に鳶雄にも、やっていいことと悪いことの分別はできている。事情を知らなかった最初は、不愛想で気に食わない奴としか思っていなかった。しかしそれは間違いだった。

 颯武には病気があり、そして家に帰ることができないのだ。彼にとって両親は家族ではないのだろう。両親も家族と思ってないのだから。

「できれば、この夏休みに何かしてやれないだろうか」

 鳶雄のこの発言に、ヒミコは驚いた。

「あ、あんたからそんな言葉が飛んでくるなんて。な、何かあったの?」
「俺は…」

 上手く説明できず、言葉に詰まった。
 鳶雄は家族構成という点で見ると、颯武と同じ立ち位置だ。両親と姉がいる。あえて違う所を探そうと言うなら、それは年齢ぐらいだ。

 しかし育った環境は、真逆だ。鳶雄は自分の両親の悪口を言ったことがないぐらい、両親に愛されて育ってきた。だから颯武に対して敵対心を抱いていた。
 対する颯武は全く両親に愛されていなかった。姉の代わりに死ねば良かったと、そんな事を本当に言う親がいるだろうか? いるから颯武はこの真庭の家にやって来た。

「俺は、颯武とわかりあえる気がしねえな…」

 絶対に自分と颯武の意見は違う。それなのに仲良くなんてできるのか…。
 でもだからこそ、と言うか…。絶対に混ざり合わない関係だが、だからこそやれることがあるのではないか?

「でもさ、確かにトビオが何かしてあげればそれは良いことだとは思うんだけど、実際には何をするのさ? 一緒に何かするのがこういう時には一番なんだろうけど、相手は走ることも泳ぐこともできないんでしょ?」

 だから鳶雄はみんなと相談しているのだ。自分一人では、手詰まりだ。でもここにいるみんなと考えれば、きっと答えが出てくるはず。そして実際にやってみせて、証明してみせたい。
 ユウサが、颯武の趣味とかはあるのかと尋ねた。

「確か…。姉貴が言うには星に興味があるってよ」

 昨日は家にいきなり望遠鏡が届いて驚いた。どうやら颯武がスマートフォンで購入したものらしい。ならば天文学についての話ができればいいのだが、鳶雄たちはまだ中学二年生。星の話はまだ習っていないし、小学校の知識では笑われるだけだ。そもそも、鳶雄は望遠鏡どころか双眼鏡すら覗いたことがない。去年日食があったのだが両親も姉も自分も無関心で、しかも町の人も誰一人として興奮していなかった。

「た、確か、坂道登ったところに、て、天文台があるじゃない?」

 ヒミコが言う。確かにそこにはある。
 もう閉まっていると、ユウサが鳶雄の代わりに答えた。

「そ、そうなの?」

 二年前に引っ越してきたヒミコにはわからないことだ。

「だってまず子供がいないし、誰も行こうともしないもの」

 アカネが言った。
 鳶雄は、もし天文台がまだ続いているなら、一緒に行くことができたのにと悔やんだ。

「鳶雄のお姉さんに頼んで、一日だけ開けてもらったら?」
「…姉貴にはそんな権限ねえよ。役場の下っ端なんだから」

 鳶雄たちはその後も、プールの時間中ずっと颯武のことを話していた。
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