第6話  2054年、再び銀座のバー

文字数 986文字

 場面は冒頭に戻る。銀座のウラグルのバーである。
 30年前に姉と来た思い出の場所であった。
 亮太はもう52歳、姉は57歳だ。
 姉は恋多き女で、3回結婚し、1男2女を設けていたが、今は独身だった。

 今日、亮太はエンゲージリングをポケットに入れていた。1カラットの4Cダイヤが中で燦めく。

 亮太はこのリングを見せたら最後、それ以降姉と会えなくなる確率が非常に高いことを覚悟していた。
 しかし、先日ある法律が施行され、世間で大騒ぎになった。これは姉も知っているはずだ。
 30周年記念でもあるこのタイミングを逃したらもう二度と渡せないだろう。

「姉さん」
 亮太はポケットからウラグルの小箱を出すと、それを震える手で開いて、大粒のダイヤの輝くエンゲージリングを姉に見せた。

「 結婚してく、くれ。下さい!」

 姉は大きく目を開いた。明らかにびっくりしている。

 亮太は覚悟して、目をつぶった。
 やはりダメだったか。嫌われてしまった。涙がこぼれてきた。

 その時、亮太の手が姉の華奢な手で優しく包まれたので亮太は目を開けた。

 次に姉は亮太をぎゅっとハグしてきた。姉の震えが伝わってきた。

 姉は泣いていた。
「私は子供の頃からあんたが好きだったのよ」
「今でもあんたが一番好きなの」
「ありがとう!嬉しい!」

 亮太 「ええええ〜そんな事ってあるの?」

 亮太は姉の顔を見た。
 20代にしか見えない、
 しわ一つない、綺麗な綺麗な顔。

 その目から溢れる綺麗な涙。


 二人の様子を見守っていた
 バーテンは亮太と目が合うと、にっこり笑い、棚の隠し扉を開けてウイスキーの瓶を出した。

「アイラシングルモルトです。地球で最後のアイラシングルモルトかもしれません」

 バーテンには見覚えがあった。そうだ。三十年前の…あのバーテンだ。

「あ、く、下さい」
「私も!」

 バーテンはにっこりすると、二つのショットグラスに注いだ。

 亮太も、姉も、ぐいっと一気に飲んだ。

 かぁーっと腹から始まり身体全体に至福の熱感が広がった。

 亮太は姉の目を見て言った。

「姉さん、二人で姉さんの無害な酒を世界中に普及させよう。無害なんだからシラフなんて要らなくなるさ。
姉さんのブランドマークの入った酒が沢山沢山世界中で作られて、販売されて、バーや居酒屋で、世界中の人が感動して笑って歌って泣くのを二人で見よう」

 亮太は泣いていた。
 姉も泣いていた。

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