第4話  2044年春、新宿、ヨーテボリ条約

文字数 1,895文字

 ここは新宿にある都立高校の1年生の教室である。
 現代社会の先生が生徒と動画共有しながら授業をしている。

「2040年の五月、ヨーテボリ条約が我が国で発効しました。
 ヨーテボリ条約は正式名称「 酒害を地上から永久に消滅させる国際条約」です」
 先生「前田くん、その前文は?」
 前田「ぜんふん? ✕、 千分✕、全文✕、全部ん✕、前文◯」
 前田の考えがクラスの全員と共有されたのでクラスメイトは笑った。

 前田「えーっと、その前文は〜【人類は文明の発達と共に酒害に苦しめられてきた。
 この害を全世界から消滅させることがこの条約の目的である】
 までで先生が止めた。
「はい、ありがとう。そこまででいいです。崇高な目的ですね」

「では次に条文です。条文は全部で310条あります。
 今日はそのうち、3つだけ紹介します」

「千本松くん、その1条は?」
 千本松「1条は、1日に摂取出来るアルコール量は1単位、すなわち純アルコール量20gとし、例えば濃度3% のビールにして840ml 以内。
 計算式は、20÷0.8≧「飲んだ酒の量(mL) × 酒のアルコール濃度 です」

 先生「素晴らしい。読んだのではなく、意味を解説していただきました。

 補足します。1条は非常に明快ですね。性別、体重、国籍に関係なく、1日に純粋アルコール量1単位以上飲んではいけません、ということです。

 ここは第三回締約国会議で一番もめました。「俺の国の平均体重は重い」、「寒い」、「開発途上でまだ旨い酒を飲んでないから配慮しろ」、だのと言ったことです。

 桜さん、会議の結論はどうなりましたか?」

 桜「はい。アルコールの恐ろしい所は耐性が付く、ということです。肝臓も黙っているので気づくことなくダメージが蓄積されていきます。
 重い、寒いだのと言うのは酒飲みの言い訳です。きりがありません。
 ヘビーな飲み手だったとしても、1単位以下を続ければ、体の耐性が落ちてきて、少ない量で十分酔えるようになります。

 それから、寒さ対策としては、砂糖きびやトウモロコシの繊維を細かく混ぜた糖分入りノンアルコール飲料、安全焼酎や安全バーボンが格安で提供されるようになり、以前より体の芯から温まると評判いいです。

 先生「素晴らしい。桜子さんは優秀です。
 次に罰則についてです。
 1条に違反した罰則は各国で異なりますが、最高で死刑の国もあります。わが国では初犯で3ヶ月の禁固刑または100万円の罰金です」

「では次に2条を。白山さん」

 白山「はい。2条は【 酒を飲んだらそのアルコールを消去する分のシラフを直ちに飲まなければならない】です。

 先生「はい、ありがとう。解説は私がします。2条が意味する所は、酒を飲んでもほろ酔いまでで、酔っ払うことは出来ない、ということです。古来より酒が一番心地良いのは、ほろ酔いの時だ、と言われております。また、シラフの半減期は1時間です。つまり、1時間で半分の効果になってしまうわけです。ですから、お酒と一緒に飲めば、ほろ酔いを維持しつつ、ゆっくりとシラフになって行くのです。アルコール1単位当りシラフ1mgで1時間後にシラフになります。
 シラフは0.1mg単位で販売されて飲みやすくなっています」

  先生「では次に、135条について」
 「135条【この条約の批准国は批准後2年以内に国内法を発効させ、この条約の速やかで完全な実施をするため必要な行政措置を取るものとする】」
 「というものです。つまり、契約してから2年間の準備期間があったんですね。その間にお役所では既存の規則の改定や、酒の醸造所を作ったり、酒屋の縮小に補助金をつけたり、バーや居酒屋に法律の趣旨を噛んで含めるように説明する広告宣伝活動をしたり、この授業のような教育を全市民を対象にしたり、大変だったわけです。その甲斐もあって大した反対もなく、今日を迎えているわけです」
 「最後に法律面から。
 我が国は国際法であるヨーテボリ条約を2040年に批准し、1年後にその国内法版「お酒安心安全法」が国会を通り、各地方自治体は規則を変えたり作ったりして、あらゆる組織、国民に完全に浸透させていった」
 「今日はその批准及び発効記念日、というわけです」

 先生は窓の外を見た。生徒全員、先生の考えを読み取ろうとしたが、ブロックされてしまった。


 この条約は全世界523カ国のうち513カ国が批准し、既に501カ国で発効済みであった。


 酒は再び政府の専売となり、国際条約を頑なに守る国、という評判の日本では国を上げて完璧に守った。国民も健康に良いことでもあり、歓迎した…最初のうちは。
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