第5夜

文字数 1,278文字




 コツコツ、コツコツ。

 私の額を、何者かが軽く叩く気配がありました。

 コツコツ、コツコツ。

 その気配がなかなか止まないので、仕方なく、目を覚ますことにしました。

 すると、水に濡れた黒スグリのようなつぶらな瞳が、私をひたむきに覗き込んでいることに気付きました。

 そうしてその瞳の持ち主は、幻想的な蒼白い羽毛が美しい、身体が小さめのフクロウでした。

 その梔子(くちなし)色の嘴(くちばし)の先には、私の部屋から持ち出されたムーンストーンのペンダントのチェーンが銜(くわ)えられています。

 ただならぬ神聖なオーラを放っているように感じられるそのフクロウが、ゴンドラの縁に止まり、嘴に銜えたムーンストーンのペンダントの先端を、浅い眠りの中にいた私の額に、コツコツと打ち付けていたようでした。

 私はゴンドラの中から起き上がると、フクロウの嘴の先に、両手を揃えて差し出しました。

 すると、その賢い生き物はちゃんと心得ていて、私の掌の上に、ペンダントをそっと落としてくれたのです。

 約束通り、ムーンストーンのペンダントを返してくれたということは、今いるこの場所は月の庭で、蒼白い毛並みをした小振りのフクロウは、番人のミュウミュウということになるのでしょうか。

 それを確かめるべく、恐る恐る名前を呼んでみることにしました。

「…‥ミュウミュウ?」

 それからフクロウの反応を窺っていると、その賢い生き物は、何もかも承知しているといった風情で、こっくりと頷いてみせました。

 そして、高音と低音が絶妙に響き合う不可思議な声音を用いて、滔々と話し始めたのです。

 『やっと名前を呼んでくれましたね。

 ちょっとばかり、イントネーションが不正確ですが、まあ良いでしょう。

 実は、あなたが番人の名前を口にすることで、初めて私達の言葉での意志疎通が可能になるのです。

 それはそうと、はるばる月の庭まで、よくぞお越し下さいました。

 満月の晩は、月のエネルギーが最高潮に達する時です。

 さぞかし美しく咲き誇る夜顔を、堪能して頂けることでしょう』

「こちらこそ、お招きありがとうございます。

 あなたに逢えたら、訊こうと思っていたことがあるの。

 どうして私を、招待してくれたの?」

 『おやおや、とっくにお気付きかと思っていましたよ。

 それはですね、あなたのお名前に、月が含まれているからです。

 そういった方には、こちらからコンタクトしやすいのですよ。

 さあさあ、お喋りはこのくらいにして、いい加減揺り籠の中から出て下さい。

 そろそろ夜顔が一斉に開く頃合いですからね』

 私は頷くと、ゴンドラの縁を跨いで、月の庭へと降り立ちました。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

・・・ 第6夜へと続く ・・・


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