第3夜
文字数 1,170文字
そうして迎えた二十八日後の満月の晩、私は招待状の案内に従って、浜中海岸を訪れていました。
絹に似た感触のひんやりとした潮風が、頬の上を滑っていきます。
そして、寄せては返す穏やかな波の動きが、ゆったりとした鼓動を響かせていました。
折しも、水平線の上で、純金のコインのような満月が、華やかに夜を彩り始めた刻限でした。
そうして、静かに蠕動(ぜんどう)する波の上には、満月の真下から伸びた黄金の小道が一本、波打ち際まで蛇行しながら、ゆるゆると続いていました。
私は、この日が来るまで大切に保管しておいた黒いレースのハンカチを、右手に握り締めていました。
そうして、波打ち際にしゃがみ込み、黄金に煌めく波の上に、そっと浮かべてみたのです。
すると、みるみるうちに海水が染み込み始め、その重みによって、海の中に沈んでいってしまいました。
招待状の案内によるところでは、私を月の庭へと運んでいってくれる乗り物に変化するということでしたが、そんな気配は微塵も見せないまま、海の藻屑と化してしまったようです。
さて、どうしたものか。私は小さく溜め息を吐きました。
日向ぼっこを満喫している猫のように、しゃがみ込んだまま身体を丸めているうちに、だんだんと暖まってきて、瞼が重たくなってきました。
そうしていつの間にか、微睡(まどろ)みの沼の底に沈み込んでいたようです。
自分でそうと気付いたのは、その状況が異様な気配によって、破られてからでした。
それまで穏やかにたゆたっていた海面が、ボトルを激しく振った後の炭酸水をぶちまけたみたいに、俄(にわか)に騒ぎ始めたのです。
私はハッとなって目を開け、急いで立ち上がると、思わず後退りしました。
その時目にした海面は、地獄の底で煮えたぎる釜の中の熱湯のように、凄まじい勢いで、泡立っていたのです。
漆黒の夜の海が騒ぎ立つ現象というものは、昼に同じことが起きる時よりも、格別の不穏さを伴うものです。
やはり、闇の深さは、それだけ人間の心に巣食うものなのでしょう。
とにかく呆気に取られて眺めているうちに、海の中から、何やら奇妙な物体が浮上してきていることに気付きました。
それは悪魔の爪の先のように尖っていて、黒々としていました。
泡立つ波の激しさに翻弄されて、大きく上下に揺れながら、ゆっくりと、姿を現そうとしているところでした。
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・・・ 第4夜へと続く ・・・
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