第2夜
文字数 1,228文字
私は総レースのハンカチを手に取ると、徐(おもむろ)に広げてみました。
その瞬間、魔女の髪の香りのような麝香(じゃこう)の香りが、一瞬強く立ち上ったのを感じました。
そして、黒薔薇の模様を連ねたレースの表面には、ギリシャ文字を羅列したような意味不明の文章が、銀糸を用いて何段かに分けて、綴ってありました。
暗号のようなその文章を、視線でなぞり始めた途端、それらは役目を終えたとでも言うように、次々と消えていきました。
そして、本来なら解読出来ない筈のそれらの文章の意味が、夜露が土に柔らかく染み込むようにして、私の精神宇宙の中に、ゆっくりと送り届けられてきたのです。
『そろそろ夜顔が咲く季節になりましたので、あなたを月の庭にご招待したいと思います。
つきましては、次の満月の晩、浜中海岸までお越し下さるよう、お願い致します。
水平線の上に月が昇りましたら、波の上に、黄金の小道が敷かれることでしょう。
その頃合いになりましたら、この黒いレースのハンカチを、波の上に浮かべて頂きたいのです。
それはやがて、あなたを月の庭へと運ぶための乗り物に、変化していくことでしょう。
それから、あなたが愛用なさっているムーンストーンのペンダントを、無断で借用させて頂いたことを、心よりお詫び致します。
こちらのペンダントは、あなたを月の庭へと導くための、重要な羅針盤となりますので、誠に勝手ながら、次の満月の晩までに、当方で借用させて頂く形を取りたいと思います。
勿論、あなたが月の庭にお見えになられた暁には、お返し致しますので、ご安心のほどを。
それでは、次の満月の晩にお逢い出来ますことを、心待ちにしております。
月の庭 番人 ミュウミュウ』
以上が、銀糸で綴られていた文章の全容でした。
それにしても、何とも奇妙な招待状が送られてきたものです。
一瞬強く立ち上った麝香の香りといい、視線の熱で溶けて消えた銀糸の文字といい、魔術的な要素が濃厚に漂ってきます。
何となく、魔性の物が仕掛けてきた甘い罠ではないかと勘繰りもしましたが、大切なムーンストーンのペンダントを人質に取られてしまっては、招待を受けないわけにはいきません。
たとえ月の庭で待ち受ける番人が、目を覆いたくなるほどの異形の魔術使いであろうとも、怯まずに交渉して、ペンダントを取り戻してくるつもりでいました。
ひとまずその晩は、そんな静かな決意と共に、黒いレースのハンカチをオルゴール箱の中に丁寧にしまうと、程無く眠りに就きました。
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・・・ 第3夜へと続く ・・・
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