第4夜

文字数 1,157文字




 やがて、堂々とその全貌を現したのは、細身の下弦の月を思わせる、黒々としたゴンドラでした。

 その舷側(げんそく)を飾っているのは、見覚えのある可憐な薔薇のレース模様です。

 私を月の庭へと運んでくれるという乗り物は、どうやらそのゴンドラのようでした。

 そうしてその頃には、激しく泡立っていた海面は落ち着きを取り戻し、湾曲した輪郭が美しいゴンドラも、平和な様子で、ゆったりと揺れていました。

 しかしながら、ゴンドラに乗り込むためには、浅瀬の辺りまで進んでいく必要があります。

 私はデッキシューズと靴下を脱ぎ、それらを一まとめにして左手に持つと、右手でレース素材のロングスカートを膝の辺りまでたくし上げました。

 そうして波の内側に足を踏み入れた時、何故かしら古代から連綿と続いている神聖な儀式を執り行っているような気分になりました。

 そのままゼリーのようにひんやりとした海の中を進んでいき、辿り着いたゴンドラの中に、履き物一式を乗せました。

 続いて自分自身を乗せようとしましたが、そこではたと思い留まりました。

 何故かというと、乗り込む時に、勢い余ってゴンドラを引っ繰り返すのではないかと危惧したからです。

 そこで、縁に手を掛けて、ゆらゆらと揺らしてみました。

 まるでプラスチックででも出来ているかのように、軽々と動かせます。

 これなら最悪の場合でも手に負えるだろうと思い、自分の身体を投げ出すようにして、思い切って、その中に乗り込みました。

 乗り込んだ直後の振動で、前後左右に揺さぶられはしましたが、それはほんの束の間でした。

 間もなく安定感を取り戻したゴンドラの中は、狭いが故に居心地が良く、天鵞絨(ビロード)張りのソファーにでも座っているかのように、快適でした。

 そして、その空間に漂っているのは、仄かな麝香(じゃこう)の香りだったのです。

 その時、弓なりに反っているゴンドラの先端に、ぽつりと小さな灯りが灯りました。

 それは、燃え尽きる直前の線香花火を思わせる、半透明の赤銅色が滲むような灯りでした。

 その点灯が合図だったかのように、私一人を乗せたゴンドラは、穏やかな黄金の小道に沿って、すい―っと静かに滑り出しました。

 まるで滑空しているかのように、軽やかな乗り心地です。

 その感覚に身を委ねているうちに、次第に瞼が重たくなっていきました。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

・・・ 第5夜へと続く ・・・


☘️いつもご愛読頂きまして、ありがとうございます。1000記事以上の豊富な読み物がお楽しみ頂けるメインブログは、下記のアドレスからお入り頂くか、『庄内多季物語工房』でも検索して頂けます。ぜひそちらでも、あなたのお気に入りの物語との出逢いを、楽しんでみて下さいね。↓
http://ameblo.jp/mks0358
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み