第1話 主題前の導入

文字数 891文字

 波音立てる海の傍、漁船の連なる波止場の隅で、暴力の音が鳴り響く。
 大勢の男達を圧倒し、三名の男女が取り囲む。

「どうしたよ。準備運動にもならねぇぞ」
「そうよね。たまにはしっかり体動かさないと鈍っちゃうものね」
「おーい、こっちにも来いよー」

 暗闇にいくつもの銀閃走り、光り物が抜き放たれた。
 それらに火炎が纏わりつく。
 
「舐めやがって、こいつら。ぶっ殺してやる」

 しかし突進して、突き立てようとした炎の刃は空を切り、
 木霊するのはカモメの鳴き声ではない。
 今は眠り、朝を待ち、代わりに鳴くのは悪党共だ。泣くとも言うが。

「も、もう勘弁してくれ……」
「そいつは俺じゃなくて、後ろのガキ共に言えよ」

 今まさに運び込まれようとしていた船の荷のことだ。
 奥で首に鎖を巻かれて怯えた表情を見せ、獣の耳や尻尾がある。

 彼らはアンスロ(獣人)と呼ばれており、愛玩動物として高く売れる。
 希少であればあるほど、女の子ならもっと、可愛ければ尚のこと、変態思考の好事家共はお喜びになる。

 どんな風にお楽しみになるかはご想像にお任せして、今回は未然に防がれた。
 駆けつけた正義のヒーロー達の手によって。
 いいや、救い出したのはそんな殊勝な行いをする者達ではなかった。

 依頼を受けて、仕事をするのが生業。
 物は問わない。殺し以外ではあるが。
 今回は人身売買組織のアジトを見つけ出すよう言われていた。
 本来の仕事は、そこまで。

「じゃあな。反省は独房でしてろ」

 追い詰めた男の頭を蹴り上げ、波止場には静寂が戻った。
 だからこの仕置きは、単なる物の序で。

 サービス精神を発揮したと言い換えてもいい。
 最後の一人を仕留めた奴に限っては、暴力を振るうのが好きなだけとも。

 それは動物的本能から来るものだ。
 雄としての強さを見せつけることで、仲間を増やす。

 そうやって数を集め、そいつらと悪事を尽くして
 悪名、国に轟かせるまでに至った男の名は、ジャガー。

 昔の話だ。仲間に売られて国を捨てることになった。
 行き着いた先は、隣国にある曰く付きの城。

 そこの呼称と昔の呼び名が相まって、今の彼はこう呼ばれることもある。
 幽霊城の黒豹。
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