第4話 黒豹の狩り

文字数 4,796文字

 小麦粉売りを知らないかと、彼がその前に掛けていたのはそんな言葉で、
 常套手段を使う為だ。やらない理由がない。
 ただそれだけでは、成果を挙げられない可能性の方が高く、
 平行して罠も張ろうとしていた。

 ロキの謀りに乗る形のものであり、彼とて本意ではない。
 が、他に良い策も浮かんでおらず、まだこれしかないといった状況である。

 情報だけを置いていく。うまいこと誘い出せたらゲームセット。
 不審な人間を探す竜の瞳がチェックを掛ける。
 開始の鐘は既に鳴っており、素っ気のない返事が
 釣り餌にしようとしている奴らからは返ってくる。
 
「俺らが知ってると思うか。余所行きな」
「そう言わないでくれ。俺はあの光る粉が欲しいだけなんだ。あれがないと俺はバカンスに行けなくなる。頼むよ」

「へっ、見掛け倒しの中毒野郎か。どうしてもってんなら金だ」
「いくら出せばいい」
「財布の中身を全部出すなら考えてやるよ」

 げらげら笑い出すギャングじみた奴らに言われた通り、彼は財布を取り出し、
 投げ渡す。
 ただし、手前に落として軽く地面を滑らせた。 
 正気か、そんなリアクションが返ってきて、一人拾いに来る。
 走ってお出迎えすることにした。屈みこみ、低くなった顔面を蹴り込む。

 口に入って前歯を飛び散らせ、ひっくり返って先ずは一人、おねんねした。
 残りの二人が怒り立つ。

「この野郎、舐めた真似しやがって」
「ぶっ殺してやる」

 そいつらは順にのしていった。
 誤ってサンドバッグと間違えた方は、完全に意識を失ったようで放置して、
 膝で鼻をへし折るに留めた片割れの胸倉を掴み上げ、ぶつけるように壁に押し付ける。

「質問に答えろ。光る粉の話だ。なんて名前で出回ってる。紹介してくれるって話だ、知ってんだろ。知らねぇってんなら」
「待て待て、それならムーンライトだ。間違いねぇ」

「ムーンライト、月明かりねぇ。確かにそんな見た目だ。物はあるんだが、在庫が切れかかってる。わかるよな」

「なら三番街にあるアッパーグラスって店に行ったらいい。エルガーホーンのダインの紹介だとマスターに言えば、何も問題なく分けてくれるはずだ」

 捲し立てるように言って、真実味はありそうだが、念押しというのは必要である。
 特にこういう奴らにはだ。

 ベルトの後ろに隠したホルダーからハンドシャベルを引き抜くと、
 彼は掴んだ男の肩目掛け上から振り下ろし、抉るように先端を突き込む。

 断末魔のような悲鳴が木霊した。が、場所は選んである。
 人けのない薄暗い所にいてくれたから的にした。恫喝も易い。

「そんな店知らねぇよ。嘘こいてんじゃねぇ」
「う、嘘なんて俺は言ってねぇ! 誓う! だから殺さないでくれ」

 声を震わせ、怯え切った表情で命乞いとまでくれば、疑う余地はないだろう。
 スコップを引き抜いて解放し、あとは来た道を戻りながらこう伝えておけば
 ここでの用事は済む。

「痛い思いさせて悪かったな。俺は黒豹のジャガー。リベンジマッチしたけりゃここら辺を歩いてな」

 手を振るように軽く上げて見せ、この話を広めてくれることを願いつつ、
 血の後始末となる。
 財布を拾いつつそこらに擦りつけて、凶器もホルダーへと戻せば完了だ。

 建物の間から出て、元いた裏通りへと戻ると、彼は煙草をつけつつ
 聞いた場所へと足を向けた。

 三番街はすぐそこだ。宿を取ったのは一番街の中ではあるが、
 三つの人気区画は隣接し合い移動の手間は大してない。

 堂々と表に出てそこから足を踏み入れれば、眩い光が降り注ぐ。
 まるでネオンの輝き、それを見ながらふと思うことがあった。

「いねぇよな?」

 ここは言ったら歓楽街。こんな裏の人間御用達の場所、当然見張りを置き、
 用心深いターゲットもそれを警戒してはいるだろうが、何せ変装の達人。
 普通に居たっておかしくはない。

 どうする、どうする俺と彼は少しの間迷ったが、早々に引き返すのも癪に感じ、
 結局選んだのは前進。

 うろついている奴に店の場所を尋ねれば、すぐだ。前に立つ。
 珍しい店ではなかった。外観は派手めな薬剤店。
 隣はクラブか。中でキメているのが目に浮かぶ。

 扉を開ければ妙にごつい女装した男共が屯し、商品も選ばずくっちゃべって、
 カウンターに直行して小太りのマスターに、さっき聞いたばかりの魔法の言葉を唱えれば、
 あら不思議。そう思うことが起きた。

「知らねぇな、そんな奴」
「つまり俺は騙されたってことか」
「多分な」
「そうか、そいつは邪魔をしたな」

 彼は帰るフリをして、棚に向かって行って蹴りを入れた。
 がしゃこんと派手な音を立ててぶっ倒れ、商品が飛び散り、野太い悲鳴も上がる。
 客共が逃げていくや怒りの声が放たれた。当然マスターのものだ。

「てめぇ、何しやがる」
「舐めてくれやがったからな。怒りのあまりあたっちまった」
「てめぇなんぞ舐められて当然だろ。弁償しやがれ」
「おいおい聞き違えんな。試す相手は選べって言ってんだよ」

 その紹介は本物か、本当に知人なのか、
 本人を連れて来いという意味で知らぬフリをするというのは、よくあることだ。
 
 言ったことが伝わったようで、「そりゃ悪かったな」と謝罪も受けたが、
 「この野郎」と指も差される。しかしただ差した訳でもない。
 先に光が灯って、魔法であることを示している。

 指先に溜めていることから間違いないが、戦場を飛び交い、
 山ほど人間をあの世へ送った光の死神のお出ましだ。
 
 閃光のように飛び射抜くことからフラッシュマジックと呼ばれ、
 魔法皇国ではなく光魔皇国としたのもこれがあったからと、
 そんな有名話もあるくらいの国を代表する魔法でもある。

 裏の商売をやっているだけあって、防衛能力は高いようだ。
 ごろつきがこれを使っていたのを見たことがない。躊躇いなく放てもするだろう。
 出方を考える必要はある。
 
「脅しじゃねぇぞ。今すぐ金置いて出ていけ」
「そう怒るなよ。俺はちょっと聞きたいことがあって来ただけなんだ」
「俺には用なんてない。本気だぞ」
「わかった」

 取り付く島なし、仕方なく彼は両手を軽く上げつつ後退。
 そうしながらゆっくり屈んでいって的を小さくし、さっき散らばった商品に目を配っていた。

 思っていたのは、愛用の鉛入り特注シャベルを穴空きチーズにされては困ると、そんなところだ。
 割れたガラス瓶を取って、すかさず投げた。同時に横に転がる。

 一瞬ではあるが、光の線が視界を横切った。
 先の床に小さな焦げ穴も空いており、それを確認するや身を立て直して駆け出す。

 連発してくるかと思いきや、それはなく、今度は正面に氷の壁を張って見せる。
 分厚く、硬そうだ。蹴り砕けるかは怪しい。
 
 瞬時にそう判断するや跳躍で応じ、彼はカウンターの角を更に蹴り、マスターの上を飛び越す。

「てめぇは猫かっ!?」

 度肝を抜かれたような声が上がり、対応も遅くなる。
 次の手を打たれるよりも早く、空中で身を捻って壁を蹴り、彼は前に降り立った。
 勝敗は既に決した。
 最中に抜き放たれたシャベルの鋭い切っ先が、マスターの鼻先に浮く。

「惜しいがもっと獰猛な獣だ。黒豹のジャガーって呼ばれててな。このいかつい牙が見えるだろ。肉を削ぐのに適した形をしてる」

「――く、黒豹のジャガーと言やあ」
「お、知ってんのか」

「追っ手の白騎士(タブー)共を殺しまくって、カルウェナン全土を震え上がらせた悪名高き黒景色(ブラックアウト)の首領か。行方知らずと聞いていたが」

「詳しいんだな。こっちじゃ無名とばかり思ってたが」

「裏じゃ有名だ。大きなドンパチが起きたタイミングじゃなきゃ、こっちの新聞にも載ってたろうさ。勿論、あんたが居たことは誰にも話すつもりはない。目当ての物もあるだけ渡そう。他にもいる物があるなら言ってくれ。俺はもう抵抗する気も失せた」

「良い心掛けだな。だがまぁ言ったと思うが聞きたいことがあって寄っただけでな。知ってることを全部話すならすぐ解放してやる。ああ、それと」

 むしろ流せと伝え、それから知りたいことを彼は尋ねる。
 どんな奴が、どういう風にここに卸しに来ているかを。

「俺も会ったことはない。最初は食うや食わずの浮浪者やガキを使って売りに来たり、こいつは売れる商品だと俺が気付くと、手法を変えて場所を指定してきた。行ってみると大量のブツが置いてあって、俺は受け取り金を置いてた。それが取引方法だ」

「会ったことないってことは、誰もその場にいなかったんだろ。物だけパクったりはしなかったのか」
「得体の知れない奴だ。俺はしなかった。した奴もいたらしい。全身の風通しを良くして見つかったそうだ」

「お利口さんだな」
「用心深いと言ってくれ」
「参考までにお前も同じことはできそうか」

「手間と時間を惜しまなければ、軍人崩れだと俺は見てる。それもかなり手練れの、俺も元はそうだが、このざまだからな」

「シャドウソードと聞いたが」

「ならプレシャスブラッドかも知れん。しかしそんな貴重な戦力を送り込んでこんな妙な物を撒く理由がな。俺はないと見る」

「元軍人としての意見か」
「ああ」

 ロキも寝返った者の仕業かもしれないとは、言っていた。
 大した収穫は得られなかったが、簡単に辿り着けるような奴でもないだろう。
 最後の質問を投げる。

「他に詳しい奴を知ってるか」

 それで教えて貰ったのは、この裏にあるというピンクベリアルというオカマバーのママだ。
 グリズリーのような大男で、あんたみたいのが好みだと、
 行く気が死ぬほど失せるようなことまでついでに聞かされたが、約束通り解放してやり、
 店を破壊した詫びの品も手渡して、その場を去った。

 渡したのは、綺麗な水晶玉だ。幸運を呼び込む物だとも言っておいた。
 よく見える位置に飾るようにもだ。
 外で一服つけ、やる気を充填。向かい、前で足を止め看板を見上げる。

 カラーリング豊かな光石に照らされたそれには、女装したごつい男共が描き出され、
 中に入ってみれば、際どい衣服から筋肉美を見せつける堕天使共が目白押しだ。
 さっき見掛けた奴もいる。

「ママ。彼よ、彼」

 そいつが耳打ちするように言った相手は、奥で陣取る大男。
 聞いた通りの熊で、舌舐めずりが入った。獰猛な眼光を向けつつだ。

「あら、良い男じゃない。私に会いに来てくれたの」

 どちらが捕食者であるか、その一発でよく理解させられた。
 熊対豹の世紀の対決は、お預けだ。

 ただ客として来た、ということをそれはもう必死に、彼は真摯に訴え掛け、
 時に誘惑するかのような甘い言葉も投げつつ、危険な局面を何とか乗り切った。
 気付けばカウンターに座り、ロックグラスの中身をあおる。
 
「この国でしか醸造されていない魔法の力を使ったウイスキーよ。味はいかが」
「――いける。ママは何か知らないか」

「そうねぇ。私もあれについてはそこまで詳しい訳じゃないの」
「何でもいい。聞かせてくれ」

「そこまで言うなら。界隈では有名な話ではあるんだけど、使い過ぎると身が内から裂けてきて、針を刺した風船みたく弾け飛ぶことまであるそうよ。それと魔力のない人間が飲んだらすぐに死ぬなんて噂も、怖い話よね。だから絶対使っちゃ駄目よ。あれは随分質の悪い代物だわ」
 
「俺はその流通を止めに来た人間だぞ。使う訳ないだろ。ママが悲しむ」

「あら、ありがと。でもジャガーちゃんって、もっと怖い人だと思ってた。私名前を聞いた時、身が竦んだのよ。嘘でしょって」

「ハッハ、殺人鬼でも拝んだ気分か。今はどうだ」
「抱いて欲しいって思ってる」

 ただでさえ柄にもないことをやって精神を摩耗していたというのに、今ので止めが入った。
 両目からは光が失われていき、もう何もする気が起きない。
 今宵の活動はここまで。
 
 あとはあいつに任すかと思考を向けられたフォウの方であるが、
 影から出て、港の桟橋の先に立っていた。
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