遠くの目

文字数 1,561文字

目の前に草原が広がっている。鳥か何かがグルグルと空を飛び回り、その下を獣が走っている。大きな獣が後ろから獲物を狙っている。ガバッと飛びつき、倒し、首を折り、ついに手に入れた新鮮な肉……
俺はそこでパッと目を開けて上半身を起こした。俺には他の人にはない能力がある。千里眼というやつだ。目を瞑れば例え宇宙の果てだろうとその景色を見ることができるのだ。もっとも、この話を聞いて驚いたり疑ったりするやつはいない。みんな死んでしまったのだ。数年前に大地震がこの国全土を襲った。俺はデパートの店員でたまたま地下の頑丈な部屋にいて難を逃れた。他にも何人かあの地獄を生き延びたのだが本当の地獄はそこからだった。最初は助け合い、食料を分け合っていたのだが、救助が来ないことを悟るとストレスからか些細なことで喧嘩を始めた。徐々にエスカレートしていき遂に生き残り集団は内部崩壊を起こし、殺し合いが始まった。俺は直ぐに誰も来なさそうな部屋に隠れた。千里眼で誰かが来ないかを確認し武器を構えて座り込んでいた。ふと目を閉じた時、同僚が殺されたのを見た。彼は人見知りな俺の唯一の理解者であり、親友でもあった。俺は丸一日、その部屋で震えて過ごした。どれぐらい経っただろうか。目を閉じてあたりを確認しようとしたその時、ガチャリ…とドアが開いた。おれは子ウサギみたいにビクビクしながらドアの方を見た。頭から血を流した男がそこにはいた。男は「こんな所にいやがったのか…ふふふ…あの食料は…俺の…もの……だ……」といってその場に倒れこんだ。確認すると脈はなかった。死んだのだ。「死ぬぐらいなら食料を分け合えばいいのに。みんなで食べてもあと数年は持ったのに。」今ならこういうことが言えるだろうが、その時の俺は半狂乱でその場を逃げ出した。翌日、冷静になった俺はみんなの墓をたててやった。とうとう1人になったのだと実感した。そして現在に至る。俺は最近缶詰ばかりで新鮮な肉を食べていなかった事に気付いた。いくつか準備をし、久しぶりに外に出た。人間は死んでしまったが、山から下りてきた動物があちこちにいるのだ。俺はカモとネズミを捕まえて見晴らしのいい、といっても見渡す限り瓦礫の山なのだがそんな景色が見える丘の上の公園でそれらを焼いて食べた。公園の地面には大きな亀裂が走っている。そのひび割れた地面から何かが突き出しているのが見えた。掘り起こして土を払うと、それは腕に抱えられるぐらいの大きさの石像だった。地面に立ててやると頭の中に声が響いた。『わしはこの地をおさめる神じゃ。そう、お前の目の前の石像に宿っておる。昔の人間はわしを崇め、救いを求め、感謝した。だが、今の人間達といったらわしを埋めてその上を遠慮なく通りおる。実に罰当たりなやつらじゃ。しかし一方で、お前さんのように神を崇め、石像を掘り起こす者もおる。そこでどうだ。お前に1つ願いを叶えてやろうではないか。本当ならわしの与える試練を超えられた者にのみその権利をやるのだが、もうすっかり願いを叶えておらん。願いを叶えればお前には特だし、わしにも神の面目躍如があるというもの。人を生き返らせたり、寿命を増やしたりすることはできないが、いかがかな。』神がそう言い終えると、俺は神に願いを告げた。神は「本当にそんな願いでいいのか?」といいながらも願いを叶えてくれた。
俺はベッドに寝転び千里眼を使った。そして鳥や獣の声に耳をすませた。俺の願いは「体の穴を閉じることができる能力をくれ」だ。目を閉じれば千里眼が使えるのだから耳を閉じれば遠くの音が聞こえるはずだ、という予想は当たったのだ。次は草原の草の匂いでも嗅いでみるとするか。誰が人に会いたいなどと願うものか。俺の食料の取り分が減るし、なによりも俺は人見知りなのだ。
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