第1話 カップル麺

文字数 1,446文字

 今年も嫌いな季節がやって来た。12月。街はカップルで賑わう。そんな幸せ真っ盛りの連中を横目に、俺は腹を空かせてバイトに明け暮れる毎日だ。

(ひろし)、頑張ってるな。これ置いとくぞ」

 店長からの差し入れだ。赤いきつねと、緑のたぬき。どちらか選べと言うことか。キャンディの色の選択を迫られた、ネオの気分である。

 俺、東洋(あずまひろしは)、この赤いきつねと緑のたぬきが大好物である。だが、この時期はちょっぴり複雑な気分だ。クリスマスカラーを連想させるからである。

 世のカップルは、デートに高級イタリアンを利用したりすると聞く。このイタリアカラーのカップ麵が、また俺を惨めな気分にさせる。

 大方の予想通り、年越しのシーズンは緑のたぬきの売り上げが上昇する。クールになったと言われる日本人も、まだまだこうしたイベントごとを楽しむ余裕はあるようだ。

 意外だったのは、うどん人気が高いはずの西日本で、緑のたぬきの売り上げが高いということである。メーカー担当者によると、そもそも西日本にはそばの店が少なく物珍しいからという分析だった。なるほど、こうしたことは立派に学問の研究テーマになりそうだ。

 商品の売れ行きに貢献するのは味はもちろんのこと、パッケージや商品名が重要であるのは言うまでも無い。赤いふたに白いカップ。お稲荷さんの鳥居のイメージと、嫌でも日本人であることを思い出させるカラーリング。簡潔でキャッチーなネーミング。こうしたことが国民食の座に登り詰めた理由なのだろう。

 売れ行きの伸び悩んだ商品が、中身は同じなのに名前を変えただけで大ヒットしたという例は、そこかしこにある。もし俺にこどもが出来たときは、心に留めておきたい。

「先輩、さっきからなにブツブツ言ってんすか?」
 後輩の西京子(にしきょうこ)である。俺はキョン子と呼んでいる。

「うむ。赤いきつねか、緑のたぬきか。それが問題なのだ」
「確かにそれは悩むっすね!」
 こんな俺にも話し相手になってくれる。言葉遣いは少々軽いが。

「先輩。ところで、赤いきつねは待ち時間が5分なのに、緑のたぬきは3分なんすね」
 いまごろそれに気付くとは、初級だな。

「当然だな。麵の太さが全然違うからな」
「先輩はせっかちだから、やっぱたぬきっすか?」
 いま誰かがこの会話を聞いたら、俺がののしられているように聞こえるだろう。

「俺はうどんとそばで言えば、断然そば派なんだ。だがな、ことこの選択肢で言えば、赤いきつね派なんだよ」
 同じようなことを言っている人間が、ネット上にも散見された。

「へへっ、うまいっすもんね、赤いきつね。じゃあボクはこっちをもらいますよ」
 ボクッ子のキョンコは、俺に気を遣って緑のたぬきを手に取ろうとした。

「ちょっと待った!」
「へ?」

「このイベントラッシュの時期に、そのまま食べるだけでは寂しすぎるだろう?」
「それもそうっすね」

 俺は冷蔵庫を開けた。泊まり込みのアルバイトたちのために、冷凍の唐揚げと牛のバラ肉、そして玉子が用意されていた。店長の泣けるような配慮である。

「先輩、まさか!」
「そのまさかさ」

 俺たちは夜食の準備に取りかかった。

 俺はこの高級食材を解凍すると、赤いきつねには唐揚げを、緑のたぬきには牛バラ肉を投入した。玉子はお好みである。

「うわー! 先輩、これめちゃくちゃ美味いっすー!」
「だろ、世界一の味だぜ」

こうして、赤いきつねと緑のたぬきは、幸腹なカップルを日夜生み出し続けている。

 数日後、匿名の荷物が二人の元に届いた。赤いきつね3ケースと、緑のたぬき3ケースであった。




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登場人物紹介

【東洋】あずまひろし。北伊勢市内のパチンコ店・エンペラーにて勤務。ろくに学校も出ていないが、父親のスパルタ教育により、体だけは頑丈。後輩・キョン子に、なぜかなつかれている。

【西本願寺京子】京都の名門・西本願寺家の長女。学年的にはメシヤたちと同じである。躾の厳しい実家を飛び出し、北伊勢市内のパチンコ店・エンペラーで勤務する。職場の先輩、東洋《あずまひろし》に、キョン子と呼ばれる。どうやらヒロシのことは以前から知っているようだが・・・。

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