第3話 つくしの子が恥ずかしげに顔を出します

文字数 967文字

 厳しい寒さも終わり、ようやく春が訪れた。

「先輩、おはようございまっす~」
 キョン子もやって来た。

「いつにも増して鼻声だな」
 マスクをしているが、どうもだるそうだ。

「そうなんスよ~。ばっちり花粉症になっちゃって~」
 なんでこんなに患者が増えたんだろうな。

「なんなんスかね~。寒い冬が終わって束の間、花粉で苦しめられ、そのあとうだる暑さがやって来て~。息つく暇もないっスよ~」
 時代が荒れると天候も荒れると言うが。

「薬は飲んでるのか?」
「飲んだり飲まなかったりっスね~。飲んだら鼻水は止まりますけど、眠くなるんで~」
 それでも店に来るんだから大したもんだ。

「待ってろよ。さっき道端で拾ってきたんだ」
 貧乏暮らしの長さが、ここで活きてくる。

土筆(つくし)・・・ですか?」
 怪訝そうなキョン子。

「玉子とじを作ってやるよ」
 知られていないが、土筆は花粉症に効果がある。ただ、食べ過ぎには注意だ。

「先輩、料理得意っスよね~」
「伊達に独身生活10年目じゃないからな」
 年は計算しなくていいぞ。ちなみに俺は、高校すら行ってない。

「ハカマを取るのが大変っスよね~」
 熱があるわけではないので、キョン子も手伝いだした。こいつ、手先は器用だな。

「上出来上出来。ざっと湯掻(ゆが)いて下ごしらえしたら、だし汁に土筆を入れて玉子を投入。半熟になった後の加減はお好みだが、蓋をして弱火で二分ってとこだな」
 さらに、火を止めたあと二分ほど蒸らすと良い。

「ただの野草がこんな立派な料理に!」
 どうやら作ってる最中の香りで、だいぶ気分が良くなっているらしい。

「邪魔になって刈り捨ててるような雑草でも、意外な薬草だったりするんだぞ。調べてみると面白いもんだ」
「生命力あるっスね、先輩~」
 生命力と言えば、土筆を食べると元気になることも分かっている。

「玉子の甘さと土筆の苦さが合いますね先輩!」
 俺の分がほとんどなく、キョン子は平らげてしまった。

「おっ、くしゃみが止まってるぞキョン子」
 赤い鼻に皺を寄せて喜んだ。

「ところで先輩。これどこで採れたんスか? ボクも知っときたいです」
「おお、案内してやるぜ」

 近所の土手になんぼでも生えている。天からの恵みだな。
「へ~。また鼻がムズムズして来たら、ボクも採ろうっと」

 散歩のオヤジが向こうからやって来た。礼儀正しく、飼い犬が後ろ足を上げた。






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登場人物紹介

【東洋】あずまひろし。北伊勢市内のパチンコ店・エンペラーにて勤務。ろくに学校も出ていないが、父親のスパルタ教育により、体だけは頑丈。後輩・キョン子に、なぜかなつかれている。

【西本願寺京子】京都の名門・西本願寺家の長女。学年的にはメシヤたちと同じである。躾の厳しい実家を飛び出し、北伊勢市内のパチンコ店・エンペラーで勤務する。職場の先輩、東洋《あずまひろし》に、キョン子と呼ばれる。どうやらヒロシのことは以前から知っているようだが・・・。

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