第6話 告白 -2

文字数 3,124文字

 
そしてむかえた、二学期さいごのその日――、

『放課後、はなしがあるから居残っていてほしい』という、
三人三様(さんにんさんよう)の手紙を手渡す役割は、一番確率の高いとおもわれたわたしが引き受けることになった。

わたしたち三人は、朝一番に教室に入ると、
高鳴る胸に(てのひら)をあてて、
しずまりかえった空気のなかに身をひそめ、
事にいたる段取りをうちあわせする。

 十五分くらいがすぎて、一人二人とクラスの者たちが教室の中へと入ってくる。

「なんや、おまえたち。早かねェー、」

「こがん早ようからなんばしょっとや、」
と、探るような目つきで近づいてくるそいつらに、
思いっきり

を飛ばしてやった。

 (はた)から見れば、これからおこるであろう瞬間を、息を殺して待つわたしたちとは、
なんとも異様な雰囲気を漂わせていたことだろう。

 はげしい震えが首をうごかすたびにおこる。

「津村、オイが替わろうか、」
佐竹が言う。

「むしゃぶるい、むしゃぶるい、」
わたしは、首を大きくふってみせた。

「エミちゃんと笹本の来たぞ!」
佐竹のことばで、わたしたちは訳のわからぬはなしをはじめる。
と――、

「おはようー、」

と、まえを通りかかったふたりが明るい笑顔であいさつをくれた。

「おっは、ようーっ!」と、
声をうわずらせたわたしに、
ボソボソとかえしただけの二人が、エミちゃんと笹本さんが通りすぎるのをまって、

「バカ!、みんなに気づかるっやっか、」
と、背中をたたいてこわいかおで睨む。

 それから二、三分後、胸の鼓動が早鐘を打ちはじめる。
――窓ガラスごしに、杉のすがたが見えた。

「そしたら、オイどん……、便所にいっとくけん、」

 打ち合わせどおり、シンちゃんと佐竹が教室を出てゆく。
……と、そのときの二人を、エミちゃんと笹本さんが目で追っているのが見えた。

わたしも、廊下へ出て杉をまつことにした。

 ふるえは止まっていた。
 しかし、生唾が、あとからあとから涌いてきて止まらない。
 もう、人の目など眼中にはなく、いま、階段を登り上がってきた杉の姿しか見えなかった。

 わたしは杉のほうへ歩いてゆく。
 彼女はわたしをみとめるとかるく会釈をして、

「おはようー、」
と、いつもとかわらぬ明るい笑顔であいさつをくれた。

 そのえがおが、いつも以上に明るくかがやいて見える……のに、
なぜか、ちかづくにつれ、
わたしの意識のなかから、
遠く、遠くへ……、はなれていくように見えた。

「あっ、すぎ――、」
わたしは、学生服の内ポケットから手紙をだした。

 彼女は察したらしく、こだわりなくうけとると、

「つむらくん、私のこと好いとっと?」
と、中も開けずに言った。

「……えっ。あっ、すいとっ。杉のモウチョウで入院したときから、」

 彼女のあまりのストレートさに、わたしも躊躇なく応えていた。

「私も、好いとったとよ、しらんやった?」

「ああ……、なんとなくね、」

 わずか数秒の会話だった。

 この二、三言で、
意識のなかで(かす)れ、遠ざかっていた彼女が、
肌のぬくもりがかんじられるほど近くに感じられた。

「じつは、手紙、オイんとばっかいじゃなかっちゃん。
 シンちゃんと佐竹んともあっちゃん。」
そう言って、残りの二通の手紙を杉に渡した。

「終業式のすんだあと、エミちゃんと笹本に、ちょっと残っといてもらいたかっちゃん。
 杉もいっしょにのこっとってやって、」

「ウン、わかった。
 エミちゃんと笹本さんに渡しとくけん。
 うまくいくぎん良かね。」

「エミちゃんも笹本も、今、付き合いよっとおらんと?」

「ウーン、おらっさんごとあるよ」
などとはなしているところへ、
シンちゃんと佐竹がやってきて、わたしと杉のはなしを聞かぬそぶりで通りすぎようとした。

 その二人に、

「がんばらんばよっ!」

と杉。

 びっくりした二人は振りかえり、
「やったねっ!」と、わたしの背中をたたく。

「やっちゃったよ!」と答えたわたしに、

「やられちゃった。」
と、杉が返したものだから、

「クッソ――、オイどんもガンバッゾ!」
とシンちゃんは拳をにぎりしめ、
佐竹は
「おい、ジシンののーなった、」
などと互いの背中を叩きあいながら、教室の中にもどっていった。

 そのうしろ姿を見送りながら、わたしと杉は、笑いあった。

 あまりにもうまくいきすぎた。
 おもわずくちびるを噛んでみる。
『生きてるッ!』って叫びたくなるほどのよろこびが込みあげてきて、
思わず笑ってしまいそうになる。

 しかし、まだ浮かれるところではなかった。
 佐竹とシンちゃんは、わたしが成功したことでさらなるプレッシャーを感じていることだろう。
 ともかく今は、
シンちゃんと佐竹の身になってかんがえなければ――、と言い聞かせた。

 二学期最後の先生のあいさつが終わり、皆が席を立って帰りの準備をはじめだすと、
杉がわたしのところへやってきて、

「エミちゃん、きょう、大事か用事のあるけん早よう帰らっさんばとって。
 そいけん、夕方にでも電話するけん。……って、言いよらすよ。」

 わたしがそのことをシンちゃんに伝えると、シンちゃんは不意に立ち上がり、エミちゃんのほうに歩きだす。
 あわてて、佐竹もあとを追う。

 わたしと杉は、その一部始終を見つめていた。

 クラスにはまだ半分いじょうの生徒が居残っていて、彼らも、シンちゃんと佐竹を見た。

 ある者は座ったまま。
 ある者は振りかえって。
 そしてある者は、もう察しているかのように(わら)っている。

 シンちゃんとエミちゃん。
 佐竹と笹本。
 四人をつないだ時間が――、穴の中に落ちてゆくように、
いや、
弾け飛んでしまいそうになって見えた。

 しかし当の本人たちに、そんなこと、感じる余裕もなかっただろう――、
 時間は硬直し、しゃべっている声も、聞こえているはずのことばも……届いてはいない。
 ただ、
異常なほど敏感になった視覚神経だけが・・遅れてやってくるものを、息をころして凝視する。

――と、シンちゃんと佐竹が駆けだす。

 止まっていた時間が(せき)を切ったようにながれだす。

 シンちゃんは叫びながらクラスの者のあいだを駆けぬけ、佐竹があとにつづく。
 わたしもすぐにそのあとを追った。

 すさまじい勢いでシンちゃんが階段をころげ落ちてゆく。

 なにごとがおこってしまったのかと教室にもどってみると、
キミちゃんと笹本さんは机に伏せて泣いているようだった。
……それを、数人の女子と杉がなぐさめている。

「どがんしたとや、あいどん。気の狂うたっちゃなかとや、」などと寄ってくる奴らに、
「うるさかねェー、はよう帰らんか。かえらんば、くらっそー!」
と、怒鳴っていた。

 わたしはふたたび廊下にでて、階段を駆け下りて外へ出た。

 すると佐竹が、十二月の寒空に、水道の蛇口を目一杯にひらいて、頭から噴水にして被っている。
 わたしが近づくと、チラッと見てまた被りはじめる。
 わたしはそれをだまって見た。
 すると奴は、水をこちら側に向けて、
「やったぞーっ!」と叫ぶ。

「このやろうーっ、」
わたしも佐竹をはがい締めにした。

「……あれっ、シンちゃんは?」
見ると、シンちゃんのすがたが見当たらない。
と……、
だれもいない校庭を全速力でよこぎって、シンちゃんがもうれつないきおいで駆けてくる。

――裸足だった。

「シンちゃん!」

 さけぶと、その場で立ち止まるシンちゃん。
 わたしとシンちゃんの距離は二〇メートル。

 シンちゃんの目はまっ赤だった。

 泪をぬぐったあとがみえて、わたしまで泣けてきた。

「やったぞ、やったぞ、ワオーッ!」
シンちゃんの叫び声とどうじに、佐竹の放水がはじまる。

 おかげでその日は、三人ともずぶ濡れになり、百人以上の生徒にそれを目撃されてしまった。
 おまけに、二学期さいごの説教を、職員室の全先生の前で食らうことになった。
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