第12話 選択-3

文字数 2,529文字

 
家に帰り着いたとき、午後七時をまわっていた。

「ただいま、」

「おかえり!」
母が玄関まで出迎えてくれた。

「テストどうだった。」

「あー、受かったよ。」

「そうね。おかあさん、ぜったい受かるって信じてたよ!
 おかあさんもあきひとのテストの日から、ずっと、昼ごはんぬきで精進(しょうじん)ばしょったとよ。天につうじたとね。」

 そう言って、真っ先に、当直先の父に電話を入れていた。
 ほんとうにうれしそうに報告している母のうしろすがただった――。


 次の日、杉から電話があった。
 今日、汽車で屋島に発つ。
 ということだった。
 わたしは……なにも言えなかった。

 ただ一言、「見送りには、行くけん。」と言った。

「私、今日のこと誰にも話しとらんちゃん。
 みんなには、あとから連絡しようと思って。
 みんな来るぎん、(いや)っちゃん。
 なんか、(かな)しゅうなるたい……」

「なんや! オイにも来るなって言うとや。
――もぉーよか! 
 屋島にでんどこでん、勝手に行けよっ!」
わたしは荒々しく受話器を切った。

『もおー、ぜったい、あがん女のことなんか、(わす)りゅー!』
 
 部屋にころんで天井を見た。
が急に、頭に血がのぼった。

 わたしは、机の中に仕舞っていた杉からの手紙を焼き払おうと思った。

 手紙は十数通あった。

「これで最後だ!」

……しかしわたしは、つき合いはじめた当初の手紙を手にして、読みかえしていた――


《……津村くんが、私のこと好きだと打ち明けてくれる以前から、津村くんのこと、ずっと好感をもっていたんですよ。
津村くんのことを見ていると、なんとなく、自分と似ているなって思えるところがあるのです。
津村くんとお友達になりたいなって、ずっと思っていました。…… 》

                               
 わたしは、その手紙を裂いた。

 なにが原因だったんだ! あんなに仲良くやっていたのに――、


 夕方、わたしは、駅のベンチに腰かけていた。

 杉が何時の汽車に乗るのかは知らなかった。
 三十分もすれば次ぎの屋島口行きの電車が発車する。

 内ポケットの中に、手紙はあった。



《 前略、

杉、今まで、ほんとうにありがとう。

いろいろ、悩みもしましたが、一日一日が杉に励まされ、元気と勇気を貰いました。

ほんとうに楽しい、中学時代一番の想い出です。

でも、杉との別れが来ることは、なんとなく、感じていました。

まさか、こんなに早くとは思っていなかったけど。

僕は本気でした。

ほんとに、こんなに、心の底から女の人を思ったことはありません。

それは、信じて下さい。

でも、悲しいかな。それがいつも、一方通行であったように思えたことです。

杉、ほんとうの相談相手になれなくて、ごめんね。

いつも、僕のほうが励まされてばかりでした。

しかし、それが僕には耐えがたくもあり、
杉のためになにかしてあげたい、そう思うけど、
できるのは、
昼飯のパン代を貯めて誕生日のプレゼントを買ってあげたことぐらい。
そう、僕には、それくらいのことしかできませんでした。

僕は、社会に出て、本気で苦労をしたいと考えています。

でも、安心して下さい。
 高校へはちゃんと行くつもりです。

杉との想い出は、いつまでも心の中に仕舞っておきます。

ありがとう杉。

さようなら。
                           津村 昭人 》


 わたしの心に迷いはなかった。
 わたしは、こういった別れの場面に直面したい!
 そんな願望すら抱いていました。

 観る人の誰もが感動するような、別れのシーンを――。

 しかし反面、
『杉がこの場にあらわれませんように!』と、願ってもいた。
 前の汽車で発っていてほしかった。
 そしたら、
 こんな手紙渡さずに、後の可能性にもつなげられるし、
哀しい別れのシーンを想像しながら、感傷に浸ることだってできる。

 しかし――、

『あー、神様!』

 心に叫んで柱のかげに隠れた。
 杉が、お姉さんといっしょに構内に入ってきた。

 彼女とお姉さんとの別れのあいさつは実に簡単なものだった。

 彼女の見送りはほかにだれもいない。
 彼女も、そう思っているにちがいない。

 彼女は改札口に向かう。
 わたしも、柱をはなれて足早にあとを追う。

 と、そのとき、不意に彼女が振りかえり、目と目があざやかにぶつかった。

 県外就職者の出発と重なり、駅の中はすごく混んでいた。

――時が、止まった。

 胸の鼓動と、彼女のすがたが急速に近づいてくる。

 そのとき、彼女がなんと言ったのか、
 わたしがなんと応えたのか、
 覚えていない。
 手紙だけしっかり渡して、わたしは走りだしていた。

 一番近くの踏み切りまでまっ白な頭で走りつづけた。

 はげしい胸のこどうとふるえがずっとつづいたまま――十五分、
駅を見つめたまま立ちつくしていた。


 ピィィーッ――、


 警笛がなった。
――杉がやってくる。

 と、収まりかけていた震えがふたたびはじまる。

 まだはやい、まだ早い――、
そして(せき)を切ったように嗚咽(おえつ)となみだが溢れた。

 クソッタレーッ‼ 

 叫んだが、爆音にかき消された。

……彼女のすがたは見えなかった。

 目のまえを遮断機がゆっくりと上がり、車と人波がうごきだす。

 釘づけになっていた足が、どこかへ……、重たいからだをはこんだ。



 つぎの日、山登りはシンちゃんと佐竹の三人で登ることになった。
 エミちゃんが急な用事で来れなくなったのだ。
 エミちゃんの大の仲良しだった笹本さんは、エミちゃんがいかないのなら行かない。と言った。
 他の女の子たちも、じゃー、ということで止してしまった。

 しかし、わたしにはそのほうがよかった。
 シンちゃんと佐竹に、すべての経緯を聞いてほしかった。

……しかし、現実はちがった。

 山の上で知り合ったほかの中学の女子となかよくなり、
ボール遊びやカンケリ、馬乗りなどしてあそんだ。

それも、わたしが一番はしゃいでいたのだから。

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