第6話 年の瀬のプレゼント 上
文字数 1,922文字
河合洋子。
そろそろ嫁に行けと言ってくる田舎の祖父や祖母の言葉を軽くいなして。
今日も元気に旅行会社の年末業務をこなす25歳だ。その洋子が12月25日のクリスマスに彼女のプライドを打ち砕く仕事をすることになってしまった。
恋人同士が愛をささやくその夜に自社が企画したクリスマスナイトクルーズの担当になってしまったのだ。
「はぁ~、なんの因果か。前世の業か」
洋子は大きなため息をついてクラブアルマーレのカウンターの上に頬づえをついた。
「なんで、アタシなのよ。コレは神様のいたずら?恋人がいない私への嫌がらせ?それとも罰なの?」
「いやぁ、そう言うわけではないと思いますよ」
「嫌味よ嫌味。ナイトクルーズなんてカップルだらけに決まってるじゃないの。彼氏いない歴25年の私が、なんで恋人たちの水先案内をしなきゃいけないわけ?あーっ、もーっ、腹立たしい」
「先輩。落ち着いて下さいよ」
隣の席で懸命に洋子をなだめているのは平凡が服を着て歩いてるような同じ会社の後輩、沢渡俊哉だ。パッと人目を引く華やかさも洒落た会話センスもないが実直でマジメな人柄に惹かれ狙ってる女性も多い。
「うっさいなー。アタシはおちついてるわよ」
その俊哉が一つ年上の先輩のやけ酒に付き合えと言われて会社帰りに飲み屋に同行させられていた。友達以上、恋人未満。つかず離れず、二人は微妙な関係だ。
「マスターお代わり。沢渡、今日は飲むぞー。終電まで付き合えよ」
普段、おしとやかな口ぶりは酒が入ってるせいか。洋子の口調は少々乱暴だ。
「河合先輩。少し自重した方がいいですよ。明日の勤務に差し支えます」
「平気、平気。こんなカクテル。アタシにとっちゃ水みたぁなもろよ」
「先輩。ろれつが廻ってませんよ。いい加減、止めた方が」
バタン。言ってる先から洋子は突然カウンターに突っ伏した。
「あらら、酔いつぶれちゃいましたね。しばらく寝かせてあげましょう」
カウンターの中でグラスを磨いていたマスターは苦笑いしながら言った。
「すみません。マスター」
俊哉は殊勝に頭を下げた。
「沢渡さんは優しいですね。河合さんが酔いつぶれた時に介抱してるのはいつもあなただ」
「はぁ。やけ酒の時にはいつも呼ばれるので」
照れ気味な俊哉はポリポリと頭をかいた。マスターはニヤニヤしながら言った。
「沢渡さん。河合さんが好きなんでしょう?
想ってるだけでは通じませんよ。いい加減、想いを伝えられていかがです?」
「……え、僕なんてどうせ相手にしてもらえませんよ」
本心を見透かされた俊哉は自嘲気味に呟き背広の右のポケットをそっと押さえた。
ほんとは今日こそ告るつもりでプレゼントを持ってきていた。
「そうですかねぇ。彼女、貴方と飲むとき以外はいつも一人なんですよ」
「え、そうなんですか?」
「そうですよ。河合さんは貴方が思ってる以上に貴方の事信頼してます」
「……ありがとう。マスター。少しは僕にも希望があるのかな」
「少しと言わず。大いにです。自信を持ってください」
背中を押された俊哉は洋子に肩を貸してクラブを出た後、タクシーを拾い彼女をマンションに送り届けた。
翌朝、目が覚めた洋子は自分の手を見て驚いた。
買った覚えのないファッションリングが左手の薬指に装着してあったからだ。
何、これ、昨日私はどうしたんだっけ。
クリスマスナイトクルーズを担当する事になって沢渡とやけ酒飲んで……。
まずい。そっから先の記憶がない。
これは誰かの落とし物?人から貰ったとか。勢いで買ったとか。
……有りえない。あんな遅くに宝飾店が開くはずない。
おぼろげに微笑む沢渡俊哉の顏を浮かんだ。
記憶にないけど俊哉がくれたんだろうか。まさかね。まさか。
あまりにも好みのリングだったので身支度を整え指にはめたまま出社した。
本日担当するナイトクルーズ予約客の確認をしてると、同じ部署で働く女性社員に声をかけられた。
「河合さん。素敵ですね。それ、婚約指輪ですか?」
洋子はギョッと目をむいた。
「え、婚約……?」
「この間、婚約者と行った宝飾店でそっくりなのを見ましたよ」
「あははーっ。やだなぁ。イミテーションに決まってるでしょ」
沢渡が買った物ならそんなに高いはずがない。そうタカをくくっていた。
第一、結婚の約束もしてないのに婚約指輪なわけがない。きっとそっくりな安物だ。そう思っていた。
ナイトクルーズの業務が終わった次の日、洋子は沢渡俊哉をクラブアルマーレに呼び出した。
「よぉ、沢渡、こっちこっち」
先にきて飲んでいた洋子はすっかり出来上がっていた。
立て続けの来店だから酒豪と言っていい部類の人間だ。
二人で杯を重ねていたが、しばらくたって洋子が言った。
そろそろ嫁に行けと言ってくる田舎の祖父や祖母の言葉を軽くいなして。
今日も元気に旅行会社の年末業務をこなす25歳だ。その洋子が12月25日のクリスマスに彼女のプライドを打ち砕く仕事をすることになってしまった。
恋人同士が愛をささやくその夜に自社が企画したクリスマスナイトクルーズの担当になってしまったのだ。
「はぁ~、なんの因果か。前世の業か」
洋子は大きなため息をついてクラブアルマーレのカウンターの上に頬づえをついた。
「なんで、アタシなのよ。コレは神様のいたずら?恋人がいない私への嫌がらせ?それとも罰なの?」
「いやぁ、そう言うわけではないと思いますよ」
「嫌味よ嫌味。ナイトクルーズなんてカップルだらけに決まってるじゃないの。彼氏いない歴25年の私が、なんで恋人たちの水先案内をしなきゃいけないわけ?あーっ、もーっ、腹立たしい」
「先輩。落ち着いて下さいよ」
隣の席で懸命に洋子をなだめているのは平凡が服を着て歩いてるような同じ会社の後輩、沢渡俊哉だ。パッと人目を引く華やかさも洒落た会話センスもないが実直でマジメな人柄に惹かれ狙ってる女性も多い。
「うっさいなー。アタシはおちついてるわよ」
その俊哉が一つ年上の先輩のやけ酒に付き合えと言われて会社帰りに飲み屋に同行させられていた。友達以上、恋人未満。つかず離れず、二人は微妙な関係だ。
「マスターお代わり。沢渡、今日は飲むぞー。終電まで付き合えよ」
普段、おしとやかな口ぶりは酒が入ってるせいか。洋子の口調は少々乱暴だ。
「河合先輩。少し自重した方がいいですよ。明日の勤務に差し支えます」
「平気、平気。こんなカクテル。アタシにとっちゃ水みたぁなもろよ」
「先輩。ろれつが廻ってませんよ。いい加減、止めた方が」
バタン。言ってる先から洋子は突然カウンターに突っ伏した。
「あらら、酔いつぶれちゃいましたね。しばらく寝かせてあげましょう」
カウンターの中でグラスを磨いていたマスターは苦笑いしながら言った。
「すみません。マスター」
俊哉は殊勝に頭を下げた。
「沢渡さんは優しいですね。河合さんが酔いつぶれた時に介抱してるのはいつもあなただ」
「はぁ。やけ酒の時にはいつも呼ばれるので」
照れ気味な俊哉はポリポリと頭をかいた。マスターはニヤニヤしながら言った。
「沢渡さん。河合さんが好きなんでしょう?
想ってるだけでは通じませんよ。いい加減、想いを伝えられていかがです?」
「……え、僕なんてどうせ相手にしてもらえませんよ」
本心を見透かされた俊哉は自嘲気味に呟き背広の右のポケットをそっと押さえた。
ほんとは今日こそ告るつもりでプレゼントを持ってきていた。
「そうですかねぇ。彼女、貴方と飲むとき以外はいつも一人なんですよ」
「え、そうなんですか?」
「そうですよ。河合さんは貴方が思ってる以上に貴方の事信頼してます」
「……ありがとう。マスター。少しは僕にも希望があるのかな」
「少しと言わず。大いにです。自信を持ってください」
背中を押された俊哉は洋子に肩を貸してクラブを出た後、タクシーを拾い彼女をマンションに送り届けた。
翌朝、目が覚めた洋子は自分の手を見て驚いた。
買った覚えのないファッションリングが左手の薬指に装着してあったからだ。
何、これ、昨日私はどうしたんだっけ。
クリスマスナイトクルーズを担当する事になって沢渡とやけ酒飲んで……。
まずい。そっから先の記憶がない。
これは誰かの落とし物?人から貰ったとか。勢いで買ったとか。
……有りえない。あんな遅くに宝飾店が開くはずない。
おぼろげに微笑む沢渡俊哉の顏を浮かんだ。
記憶にないけど俊哉がくれたんだろうか。まさかね。まさか。
あまりにも好みのリングだったので身支度を整え指にはめたまま出社した。
本日担当するナイトクルーズ予約客の確認をしてると、同じ部署で働く女性社員に声をかけられた。
「河合さん。素敵ですね。それ、婚約指輪ですか?」
洋子はギョッと目をむいた。
「え、婚約……?」
「この間、婚約者と行った宝飾店でそっくりなのを見ましたよ」
「あははーっ。やだなぁ。イミテーションに決まってるでしょ」
沢渡が買った物ならそんなに高いはずがない。そうタカをくくっていた。
第一、結婚の約束もしてないのに婚約指輪なわけがない。きっとそっくりな安物だ。そう思っていた。
ナイトクルーズの業務が終わった次の日、洋子は沢渡俊哉をクラブアルマーレに呼び出した。
「よぉ、沢渡、こっちこっち」
先にきて飲んでいた洋子はすっかり出来上がっていた。
立て続けの来店だから酒豪と言っていい部類の人間だ。
二人で杯を重ねていたが、しばらくたって洋子が言った。