第29話 ⑨

文字数 1,193文字

「君さぁ。兄さんに教わるより、僕に教わった方がはやく退魔師になれると思うよ。僕の弟子にならない?」
 悠斗の驚きの申し出に裕也は眼を丸くした。
「え、結構です。僕は先生の内弟子なんですから」
 その言葉を聞いて師匠(まさと)の顏はパアッと明るくなった。
「そっか、残念だな……君は弟子の鏡だな、ほんとにいい子だ」
「そんなことありません」
 裕也はちょっとはにかんだ。

「くーっ、ほんとに兄さんには勿体ない」
「あーっ、うるさいな。悠斗、用が済んだらさっさと帰れ」
「帰らないよ。僕は学校が始まるまでここで世話になるから」
「え?なっ、何!」
「これから合コンなんだ。じゃまた後でね、裕也君」
「嘘だろ、世話になるってお前」
「兄さん、かわいいからって襲っちゃだめだよ」
 悠斗が裕也にひらひら手を振って事務所から出て行くと同時に、バンと音を立ててクッションが扉に当たった。
「まったくもう、アイツは兄を何だと思ってるんだ。裕也君、私にはそんな趣味はないぞ」
「わかりました。でも先生、僕は先生に抗議します」
「なんだい?」

「さっきの悠斗さんの説明だと、中学生以下の子供には心配性になるって」
「あはははっ。そう言えばそんなこと言ってたな」
 悠斗の奴……言わなくてもいいのに。正人は顔をそらして舌打ちした。
「先生、僕は中学生以下の子供じゃありません。高校生です」
「ああ、知ってる」

「先生は僕の事、中学生に見てたんですか?」
「いやっ、そ、そんなつもりはぜんぜん」
 しどろもどろの正人に裕也がぴしゃりと言った。
「ほんとうですか」
「あ、ああっ、もちろん」

 裕也は身長の低さと童顔から、正人に子供のように扱われているのを不満に思っていた。
「だったら、僕を必要以上にガードしないでください」
「すまない、裕也君」
 いつのまにやら裕也の影から現れた(ミント)も言った。
『そうじゃぞ。わっぱ。ガードは邪魔なだけじゃ』

「僕は怒りました。罰として今日の先生の食後のデザートはなしです」
「えっ。ちょっと。それは困る、今日のは限定スイーツだろ」
「そうですよ」
「楽しみにしてたんだけど」
「そうだ。忘れてました。先生はこれで満足してください」

 裕也は買い物袋の中からラッピングチョコを取り出し、正人に手渡した。
 受け取ったラッピングを破り中身を取り出して正人は絶句した。
 ハート形のチョコの上にクモの糸でぐるぐる巻きにしたバッタの死体が……他にもハエやゴキブリの断片で何やら妙な飾りつけがしてある。
「な、なんだ。これは」
「クモの妖の志乃さんから預かったチョコレートです。先生をお慕い申しているとおっしゃってました」

 ツーンと横むく裕也の影で「ニャハハッ」と笑って見せる(ミント)が憎ったらしい。
「ね、機嫌なおして、私も限定スイーツ食べてもいいよね。ねっ、ゆうやくーん」
「知りません。僕一人で食べますからね」

 結局、デザートはお預けをくらった。災厄をもたらした(ゆうと)の来訪だった。
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