第16話 退魔師 つくも神

文字数 1,783文字

 一ノ谷 正人は探偵だ。
 裏の家業は退魔師をしている。
 ある日、退魔の仕事している所を高校生の桂木裕也にみられてしまった。

 裕也は探偵事務所に連日おしかけてきて弟子入り志願をしてきたのだ。
 無論、断り続けているが、毎日通ってくる彼に根負けしてすっかり仲良くなったのだった。

 今は冬休み。
 シュンシュンシュンとストーブにかかったヤカンから湯気の立ち上る音が響いている。
 探偵事務所の中は静寂に満ちていた。

 正人は応接室の長椅子に座って静かに本を読んでいる。
 裕也は事務机の方に座り教科書を広げて勉強していた。
 くるっくるっとシャープペンを指先で器用に回しながら世界史のプリントを読んでいると、
コーヒーの入ったマグカップを手に持った一ノ谷 正人がプリントを覗き込んできた。

「ほぅ。世界史の勉強かぁ」
 裕也の前にカップを置きながら、「とくいな分野だ。質問があるなら答えるが」と言った。
「ほんとですかぁ?じゃあ」
 裕也は正人の博学ぶりを試したくなった。
「アレクサンドロス王東方遠征の戦の名前を三つ答えて下さい」
「グラニコス川の戦い。イッソスの戦い。ガウガメラの戦いだな。
 ちなみに戦ったのはペルシャ帝国ダイオレス三世だ」

「すごい。あってます」
 解答のページをみて裕也は感嘆の声をあげた。
「先生がいれば世界史の本は必要ないですね」
「コラコラ、うのみにしないでちゃんと調べなさい。身につかないぞ」

 たしなめて正人は裕也の筆箱に眼をやりHBのちびた鉛筆を見つけ手に取った。
「これは、珍しいな」

 薄茶色の鉛筆にはキャップがしてあり鉛筆の尻の部分に一から六までの数字が書いてある。
「あっ、それ!」
「テストの時にコレに頼ってるのか」
「ちょっとだけですよ。迷ったときにちょっとだけ」
 裕也は顔を赤くして言い訳した。

「この鉛筆に頼るとよく当たるんです」
「だろうね。これにはツクモ神が住んでるからな」
「へぇ。そうなんだ。なんかした方がいいですか?」
「なんかとは?」
「お水やお供えしたり」
「いや、別にいいんじゃないか?テストの時、君の手伝いができて喜んでるようだよ」
「ほんとですか?うれしいな」

 次の日、事務所にやってきた裕也は昨日受けた塾の小テストを正人に見せた。
「先生、コレ見て下さいよ」
「50点満点の15点……四択問題が見事に全問間違ってるな」
「そうなんです。あの鉛筆、なんか様子が変です」

 裕也は鉛筆を転がして解答を書いたらしい。
 言いながら裕也は筆箱の中身を全部、机の上に出した。
「ヘンとは?」
 正人は例の鉛筆を手に取ってじっくり眺めた。

「裕也君。あきらめなさい。この鉛筆にはツクモ神がいない。どうやら引っ越したらしいな」
「えーっ、ショックです。何が気に入らなかったんでしょう」

 意気消沈してる裕也のそばで正人は机に手を伸ばし、シャープペンを取り上げた。
 他の物を隅に寄せてシャープペンを置き鉛筆をその隣に置いた。
 口元に二本指を立て呪を唱える。
「見えざるモノを現に示せ」

 机に解き放った呪でシャープペンにまたがった小さな小学生くらいの男の子の姿が露になった。

「ツクモ神。すまないが鉛筆に戻ってくれないか?」
『やだよ。こっちの方がかっこいいもん』
「そうかな。この鉛筆なかなか素敵だと思うが」
「お願いします。こっちに戻ってくれないかな」
 裕也は小さな声でお願いしてみた。

『やだよ。小さくなってるし。もう少ししたら、どうせ捨てちゃうんでしょ』
「捨てないよ。大事にするよ」
『ほんと?』
 ツクモ神の顏がパッと輝いた。
『じゃ、やくそくだよ。指出して』

 おずおずと人差し指をさし出すと、ツクモ神は両手で裕也の指先を抱え込んだ。
『指切りげんまん。嘘ついたらハリセンボンのーます。指っ切った』
 歌をうたってうれしそうに、指を切らずにすりすりと頬ずりしてくる。
 すごくカワイイ。

 終わってから、ツクモ神は鉛筆の方に歩いて行ってパッと消えた。

「よかったな。裕也君。まだこの鉛筆に住んでくれるようだよ」
「はい。よかったです」
 うれしそうに裕也はそっと鉛筆を手に取った。
 それを正人は横から取り上げた。

「あっ」
「はい。没収。ツクモ神に頼らなくて済むように今日から私が勉強を見てあげよう」
「えっ、いいですよ。その鉛筆返して下さいよ」

 彼の師匠は手厳しい。
 楽しいはずの冬休みが地獄にかわる瞬間だった。

 了
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み