第2話

文字数 4,118文字


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「宇宙人がきたのかなあ?」

と翔太が呟くと、父親が答えた。

「そんな感じだね……」

「地球はどうなっちゃうんだろう」

「まあ、我々には関係ないよ」

「そうよ。今日は土曜日よ。

早くお買い物に行きましょ」

翔太の自宅のある柿埼から下田駅までは

車で十分もかからない。

まず、駅のそばの靴流通センターに直行した

菜々美がふだん履く靴がだいぶ古くなって

小学生になったら新しい靴を買ってあげる

という約束だった。

店にはたくさんの靴が並んでいる。

菜々美は子供用の靴が並んでいる棚を

丹念に見ていったが

ある赤い靴の前で目がとまった。

じーっと眺めている。

「これ、素敵!」と叫んだ。

「ちょっと高いけどねえ」と母親は呟いたが

父親がたしなめるように言った。

「入学祝いなんだから買ってあげなさい」

菜々美はさっそくその靴を履くと

ちょこちょこと歩いてみたり

靴底を見てみたり

嬉しさが表情に素直に表れていた。

確かに値段が高いだけのことはあって

素敵な靴だということは翔太にも分かった。

「母さんたちは

これからほかのお買い物があるから

ふたりで散歩しながら帰りなさい。

今日は雲一つない良いお天気だから

下田湾の前の公園を散歩するには

ちょうどいいわよ」

「分かった。ほら、菜々美。

お兄ちゃんと下田湾を見に行こう」

翔太と菜々美は二人で駅の方に向かった。

駅の横のコンビニで

翔太はサンドイッチと缶ジュースを買った。

伊豆急下田駅の前を国道が通っている。

そこを左の方に歩いて行くと橋があり

たもとには人魚姫の像が飾ってある。

「ねえ、お兄ちゃん。なんで人魚姫なの?」

「さあ、お兄ちゃんも知らないなあ」

「きっと人魚姫が観光旅行に来たんだよ」

そう言って無邪気に喜ぶ菜々美を見て

翔太は思わずくすっと笑った。

橋を渡って狭い道を川沿いに歩いて行くと

河口の岸壁に出た。

岸壁には古い漁船がたくさん並んでいる。

船体はあちこちが錆びているけど

これでちゃんと

大量の魚を魚市場に水揚げしているのだ。

「あの漁船、かっこいい!」

菜々美が一艘の漁船を指さして叫んだ。

確かに菜々美の言うとおり

その船は真新しかった。

「こんなに新しい船もあるんだね」

しばらく行くと目の前が開けた。

「わあっ、広い道だあ!」

幅が十メートルもあるだろうか。

日差しを浴びて白く光るコンクリートは

どこまでも真っ直ぐに伸びていた。

右手には下田魚市場がある。

朝は活気があるのだろうが

建物自体は

まるで廃屋になった町工場みたいだ

と翔太は思った。

太い鉄の棒が十本ぐらい立っていて

申し訳程度の屋根を支えている。

おまけに、鉄サビの茶色が

まるで爛(ただ)れた皮膚のように

柱にこびり付いている。

柱と屋根だけだから

当然、海風が吹き抜ける。

人は誰もいない。

そんな構造物が

下田漁港の岸壁に沿って長く伸びている。

左側には

観光客用のガラス張りの

最新式二階建てが長く伸びていた。

観光客といっても

まだ時間が早いせいか人影はまばらだった。

その道を右に折れると

すぐ目の前に下田湾が見える。

(母さんが言ったように

今日は本当に良い天気だ。

雲はほとんどないし

まだ四月中旬なので陽も強くない)

ふたりで岸壁のビットに座った。

「ねえ、おにいちゃん。

カモメがたくさん飛んでいるね」

「うん、今日は特に多いみたいだ」

「ねえ、あれはなんていう島?」

「犬走島」

「いぬばしりじま? どうしてそういうの?」

「さあ、おにいちゃんも分からない。

犬が走っているように

見えるのかもしれないね」

「あっ、黒船観光船が出航するよ。

わあ!

船の後ろにカモメがたくさん集まってきた」

二人の左手の先の方には黒船発着場があり

一時間に一回、黒船をかたどったフェリーが

湾内クルーズに出航する。

その時、どこからともなく

無数のカモメや海鳥が

船の船尾目掛けて集まって来て

デッキの上で渦を巻くのだ。

「菜々美、サンドイッチ食べようか」

「うん、少しおなかがすいた」

翔太はリュックから

サンドイッチと缶ジュースを取り出して

一つずつ菜々美に渡した。

二人はサンドイッチを食べ始めた。

翔太はサンドイッチをほうばりながら

水平線の方に目をやった。

海が輝いている。

水面は宝石を散りばめたように

きらきらと午前の太陽の光を反射している。

このところ雨の日が多かったので

日の光を浴びたエメラルドグリーンの海は

久し振りだと思った。

湾の先の方は

左右の半島から防波堤が伸びている。

その先には

それぞれ右が小さな灯台が立っている。

右が白で左が赤。

突然、翔太の左手に

ズンと何かが当たった。

見上げると

カモメが長い羽をゆっさゆっさと上下して

飛び上がっていくところだった。

その時彼はカモメが偶然当たったのかな?

ぐらいにしか考えなかったが

すぐにまた左手にズンと衝撃を感じた。

今度は持っていたサンドイッチは

放物線を描いて海に飛んで行った。

(そうか、サンドイッチを狙ったんだ)

「菜々美、カモメがサンドイッチを狙っているから

膝の間に隠しな!」


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ここからは、パソコン向けです

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「宇宙人がきたのかなあ?」と翔太が呟くと、父親が答えた。

「そんな感じだね……」

「地球はどうなっちゃうんだろう」

「まあ、我々には関係ないよ」

「そうよ。今日は土曜日よ。早くお買い物に行きましょ」

車で翔太の自宅のある柿埼から下田駅までは、十分もかからない。

まず、駅のそばの靴流通センターに直行した。

菜々美がふだん履く靴がだいぶ古くなって、

小学生になったら新しい靴を買ってあげるという約束だった。

店にはたくさんの靴が並んでいる。

菜々美は、子供用の靴が並んでいる棚を丹念に見ていったが、

ある赤い靴の前で目がとまった。じーっと眺めている。

「これ、素敵!」と叫んだ。

「ちょっと高いけどねえ」と母親は呟いたが

父親がたしなめるように言った。

「入学祝いなんだから、買ってあげなさい」

菜々美はさっそくその靴を履くと、ちょこちょこと歩いてみたり、

靴底を見てみたり、嬉しさが表情に素直に表れていた。

確かに値段が高いだけのことはあって、

素敵な靴だということは、翔太にも分かった。

「母さんたちは、これからほかのお買い物があるから、

ふたりで散歩しながら帰りなさい。

今日は雲一つない良いお天気なので、

下田湾の前の公園を散歩するには、ちょうどいいわよ」

「分かった。ほら、菜々美。お兄ちゃんと下田湾を見に行こう」

翔太と菜々美は、ふたりで駅の方に向かった。

駅の横のコンビニで翔太はサンドイッチと缶ジュースを買った。

伊豆急下田駅の前を国道が通っている。

そこを左の方に歩いて行くと橋があり

たもとには人魚姫の像が飾ってある。

「ねえ、お兄ちゃん。なんで人魚姫なの?」

「さあ、お兄ちゃんも知らないなあ」

「きっと人魚姫が観光旅行に来たんだよ」

そう言って無邪気に喜ぶ菜々美を見て

翔太は思わずくすっと笑った。

橋を渡って狭い道を川沿いに歩いて行くと河口の岸壁に出た。

岸壁には、古い漁船がたくさん並んでいる。

船体はあちこちが錆びているけど、

これでちゃんと大量の魚を魚市場に水揚げしているのだ。

「あの漁船、かっこいい!」

菜々美が一艘の漁船を指さして叫んだ。

確かに菜々美の言うとおり、その船は真新しかった。

「こんなに新しい船もあるんだね」

しばらく行くと目の前が開けた。

「わあっ、広い道だあ!」

幅が十メートルもあるだろうか。

日差しを浴びて白く光るコンクリートは

どこまでも真っ直ぐに伸びていた。

右手には下田魚市場がある。

朝は活気があるのだろうが

建物自体はまるで廃屋になった町工場みたいだ

と翔太は思った。

太い鉄の棒が十本ぐらい立っていて申し訳程度の屋根を支えている。

おまけに、鉄サビの茶色が

まるで爛(ただ)れた皮膚のように柱にこびり付いている。

柱と屋根だけだから当然、海風が吹き抜ける。人は誰もいない。

そんな構造物が下田漁港の岸壁に沿って長く伸びている。

左側には観光客用のガラス張りの最新式二階建てが長く伸びていた。

観光客といってもまだ時間が早いせいか人影はまばらだった。

その道を右に折れるとすぐ目の前に下田湾が見える。

(母さんが言ったように今日は本当に良い天気だ。

雲はほとんどないし、まだ四月中旬なので陽も強くない)

ふたりで岸壁のビットに座った。

「ねえ、おにいちゃん、カモメがたくさん飛んでいるね」

「うん、今日は特に多いみたいだ」

「ねえ、あれはなんていう島?」

「犬走島」

「いぬばしりじま? どうしてそういうの?」

「さあ、おにいちゃんも分からない。

犬が走っているように見えるのかもしれないね」

「あっ、黒船観光船が出航するよ。

わあ、船の後ろにカモメがたくさん集まってきた」

二人の左手の先の方には黒船発着場があり、

一時間に一回、黒船をかたどったフェリーが

湾内クルーズに出航する。

その時どこからともなく無数のカモメや海鳥が

船の船尾目掛けて集まって来て

デッキの上で渦を巻くのだ。

「菜々美、サンドイッチ食べようか」

「うん、少しおなかがすいた」

翔太はリュックからサンドイッチと缶ジュースを取り出して、

一つずつ菜々美に渡した。

二人はサンドイッチを食べ始めた。

翔太はサンドイッチをほうばりながら水平線の方に目をやった。

海が輝いている。

水面は宝石を散りばめたように

きらきらと午前の太陽の光を反射している。

このところ雨の日が多かったので

彼は日の光を浴びたエメラルドグリーンの海は

久し振りだと思った。

湾の先の方は左右の半島から防波堤が伸びている。

その先にはそれぞれ右が小さな灯台が立っている。

右が白で左が赤。

突然、翔太の左手にズンと何かが当たった。

見上げるとカモメが長い羽をゆっさゆっさと上下して

飛び上がっていくところだった。

その時彼はカモメが偶然当たったのかな?

ぐらいにしか考えなかったが

すぐにまた左手にズンと衝撃を感じた。

今度は持っていたサンドイッチは

放物線を描いて海に飛んで行った。

(そうか、サンドイッチを狙ったんだ)

「菜々美、カモメがサンドイッチを狙っているから

膝の間に隠しな!」
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