第6話

文字数 4,673文字



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******************

妹は道端にかけて行って

またタンポポの綿毛飛ばしに夢中になった。

翔太は背中を撫でながら

「綿毛飛ばしが好きだね」と呟いた。

家に着いて玄関を入ると

菜々美は真新しい赤い靴を脱いで

サンダル履きになり

赤い靴を大切そうに持って

兄の背中をトントンと叩いた。

「ねえ、おにいちゃん。

UFOの人たち困っているでしょ。

菜々美ねえ、

一番大切な赤い靴を仏さまと思って

プレハブ小屋にね、花柄の台を作って

乗せてあげるの。

そしてね、UFOの人たちのために

毎朝お祈りをすることにしたの」

「ええー? じゃ、いつも何を履いて

学校に行くの?」

「うん、古い靴でいい」

「菜々美って変わっているんだなあ」

そう言って翔太は妹の顔を覗きこんだ。

真っ直ぐに自分を見つめる大きな瞳を見て

彼は何かに打たれたように固まった。

仏さま、いや赤い靴の台作りが始まった。

台はプレハブ小屋に放ってあった

蜜柑の木箱にした。

彼は先日のデパートの包みが

台所にあったのを思い出したので

急いで取って来ると

庭の芝生にあぐらをかいた。

妹はその横にちょこんと正座した。

二人は台の周りに包装紙を張っていった。

「けっこう、サマになったかな」

「包みの花柄可愛いね」

「じゃあ、これをプレハブ小屋の

一番奇麗な隙間に飾ろう」

翔太がそう言うと

菜々美は「うん!」と言って

顔をくしゃくしゃにして笑った。

プレハブ小屋の中には不要になった荷物が

それ程多いわけではなかった。

荷物を左側に積み重ねると

右側のほぼ三分の一のスペースが確保できた。

妹は脇に立てかけてあった箒で

丁寧に床を掃いていった。

スペースの中央に花柄の台を置き

その上に赤い靴を置いた。

「うん、なかなか威厳がある。

本物のお寺の本堂のようだな」

「やったあ! かっこいいねえ!」

菜々美が手を叩いて喜ぶ。

そして、二人で赤い靴の仏さまの前に

しゃがんで手を合わせた。

ちらっと左にいる菜々美に目をやると

翔太の半分もない小さな手のひらを合わせて

一心にお祈りをしている。

お経なんて当然知らない。

でも彼は何か神々しささえ感じた。

夕食の時、父親がテレビをつけた。

  # # # # # # # #

現在、UFОはフランスの上空を

飛んでいます。

フランス空軍が周囲を護衛しているようです

これが地上からの画像です。

# # # # # # # #

「日本にはいつ頃来るのかしら」

と、母親が訊いた。

「来週の終わりから、

再来週にかけてだそうだよ」

次の週の金曜日、

授業中に空が突然真っ暗になった。

みんな、もちろん先生も窓から空を眺めた。

三十分ぐらい続くと

またもとの昼の空に戻った。

二週間後にUFОは地球を一周したらしく

分析が始まったようだ。

翌日には結果が出て

治療ホルモンを持っている人間が

発表されることになった。

  # # # # # # # #

「ただいまより、

治療ホルモンを体内に内蔵している人々の

名前を発表いたします」  

オランダ クルビウス市 
Mustapha Christophe Rolland 
十歳 男

イタリア マーラ市   
Stefania Luisa Moccia 
十四歳 女

アンゴラ メノンゲ市
Kiki Lilli Truglio  
五歳 女

アフガニスタン ヘラート市
Jihudaturra Hubyatiti
十三歳 男

ロシア ピリバ市    
Reon Bubashef
十五歳 男

インド チャンドラブル市
Rail Gahadar Chastriri
十六歳 女

中国 延安市      
張 冰雪 
十歳 女

日本 下田市      
武田菜々美 
七歳 女

アメリカ合衆国 モントピリア市
Ronny Max Braun 
六歳 男

「以上が、

治療ホルモンを内蔵している方々です。

もちろん断ることも可能ですが

惑星人は地球に戻るまでの安全を

保障していますので

是非とも彼らが滅びないよう

ご協力をお願いいたします」

# # # # # # # #

父親が言った。

「よく見えなかったけど、

今の日本人の名前は何だった?」

直後に我が家に電話が入った。

母親が電話を取った。

「あっ、あっ、あっ、あのぉーー。

しょ、しょ、少々お待ちくださいませ」

彼女は震える手で父親に受話器を渡した。

「て、て、て、……」

「てててじゃ分からん」

怪訝な顔で受話器を取り

「はい」と答えたあと父親は突然固まって、

「はっ、是非、ご協力させて頂きます!」

なぜか敬礼までした。

「天皇陛下に

『惑星の存続の為によろしくご協力を

お願いいたします』と言われた」

父親も母親も両手がわなわなと震え

体も硬直しているようだった。

翔太は何が起こっているのか分からず

ただ茫然としていた。

次の瞬間、菜々美の姿と生活の記録は

すべて消えみんなの記憶から

UFОのことも妹のことも消えた。

翔太はひとりっ子なのだ。

~~~ ~~~ ~~~ ~~~

明日からゴールデンウィークという日

翔太はスケートボードを出そうと思い

プレハブ小屋に入った。

右側の荷物がきれいに片づけられていて

花柄の台に綺麗な赤い靴が乗っている。

なぜ女の子が履くようなシューズが

しかも可愛らしい台の上に大切そうに

置いてあるんだろうか。

彼は不思議に思い手に取って眺めた。

そして、そこに置いていく気になれず

自分の部屋に持ち帰り

机の引き出しに大切にしまった。

翔太は寝る前にその靴を丹念に眺めた。

なぜか温かみがあり

気になって仕方がなかった。

その夜彼は夢を見た。

小学校一年の妹が

赤い靴を履いて

まどが浜海遊公園の芝生の上を

夢中で走っている。

時々自分を振り返ってバイバイと手を振る。

みずみずしい緑の上で、靴の赤が

気持ちよさそうに跳びはねているのだった。


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ここからは、パソコン向けです

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妹は道端にかけて行ってまたタンポポの綿毛飛ばしに夢中になった。

翔太は背中を撫でながら「綿毛飛ばしが好きだね」と呟いた。

家に着いて玄関を入ると、菜々美は真新しい赤い靴を脱いで

サンダル履きになり赤い靴を大切そうに持って

兄の背中をトントンと叩いた。

「ねえ、おにいちゃん。UFOの人たち困っているでしょ。

菜々美ねえ、一番大切な赤い靴を仏さまと思ってプレハブ小屋にね

花柄の台を作って乗せてあげるの。

そしてね、UFOの人たちのために毎朝お祈りをすることにしたの」

「ええー? じゃ、いつも何を履いて学校に行くの?」

「うん、古い靴でいい」

「菜々美って変わっているんだなあ」

そう言って翔太は妹の顔を覗きこんだ。

真っ直ぐに自分を見つめる大きな瞳を見て

彼は何かに打たれたように固まった。

仏さま、いや赤い靴の台作りが始まった。

台はプレハブ小屋に放ってあった蜜柑の木箱にした。

彼は先日のデパートの包みが台所にあったのを思い出したので

急いで取って来ると庭の芝生にあぐらをかいた。

妹はその横にちょこんと正座した。

二人は台の周りに包装紙を張っていった。

「けっこう、サマになったかな」

「包みの花柄可愛いね」

「じゃあ、これをプレハブ小屋の一番奇麗な隙間に飾ろう」

翔太がそう言うと、菜々美は「うん!」と言って

顔をくしゃくしゃにして笑った。

プレハブ小屋の中には不要になった荷物が

それ程多いわけではなかった。

荷物を左側に積み重ねると

右側のほぼ三分の一のスペースが確保できた。

妹は脇に立てかけてあった箒で丁寧に床を掃いていった。

スペースの中央に花柄の台を置きその上に赤い靴を置いた。

「うん、なかなか威厳がある。本物のお寺の本堂のようだな」

「やったあ! かっこいいねえ!」

菜々美が手を叩いて喜ぶ。

そして二人で赤い靴の仏さまの前にしゃがんで手を合わせた。

ちらっと左にいる菜々美に目をやると

翔太の半分もない小さな手のひらを合わせて

一心にお祈りをしている。

お経なんて当然知らない。

でも彼は何か神々しささえ感じた。

夕食の時、父親がテレビをつけた。

 # # # # # # # #

現在、UFОはフランスの上空を飛んでいます。

フランス空軍が周囲を護衛しているようです。

これが地上からの画像です。

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「日本にはいつ頃来るのかしら」と、母親が訊いた。

「来週の終わりから、再来週にかけてだそうだよ」

次の週の金曜日、授業中に空が突然真っ暗になった。

みんな、もちろん先生も窓から空を眺めた。

三十分ぐらい続くとまたもとの昼の空に戻った。

二週間後にUFОは地球を一周したらしく

分析が始まったようだ。

翌日には結果が出て

治療ホルモンを持っている人間が発表になった。

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「ただいまより、治療ホルモンを

体内に内蔵している人々の名前を発表いたします」  

オランダ クルビウス市 Mustapha Christophe Rolland 
十歳 男
イタリア マーラ市   Stefania Luisa Moccia 
十四歳 女
アンゴラ メノンゲ市  Kiki Lilli Truglio  
五歳 女
アフガニスタン ヘラート市Jihudaturra Hubyatiti
十三歳 男
ロシア ピリバ市    Reon Bubashef
十五歳 男
インド チャンドラブル市Rail Gahadar Chastriri
十六歳 女
中国 延安市      張 冰雪 
十歳 女
日本 下田市      武田菜々美 
七歳 女
アメリカ合衆国 モントピリア市
 Ronny Max Braun 
六歳 男

「以上が、治療ホルモンを内蔵している方々です。

もちろん断ることも可能ですが

惑星人は地球に戻るまでの安全を

保障していますので

是非とも彼らが滅びないようご協力をお願いいたします」

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父親が言った。

「今の日本人の名前は何だった?」

直後に、我が家に電話が入った。

母親が電話を取った。

「あっ、あっ、あっ、あのぉーー。

しょ、しょ、少々お待ちくださいませ」

彼女は震える手で父親に受話器を渡した。

「て、て、て、……」

「てててじゃ分からん」

怪訝な顔で受話器を取り

「はい」と答えたあと父親は突然固まって、

「はっ、是非、ご協力させていただきます!」

なぜか敬礼までした。

「天皇陛下に『惑星の存続の為に

よろしくご協力をお願いいたします』と言われた」

父親も母親も両手がわなわなと震え

体も硬直しているようだった。

翔太は何が起こっているのか分からず

ただ茫然としていた。

次の瞬間、菜々美の姿と生活の記録は

すべて消えみんなの記憶から

UFОのことも妹のことも消えた。

翔太はひとりっ子なのだ。

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明日からゴールデンウィークという日

翔太はスケートボードを出そうと思い

プレハブ小屋に入った。

右側の荷物がきれいに片づけられていて

花柄の台に綺麗な赤い靴が乗っている。

なぜ女の子が履くようなシューズが

しかも可愛らしい台の上に大切そうに

置いてあるんだろうか。

彼は不思議に思い手に取って眺めた。

そして、そこに置いていく気になれず

自分の部屋に持ち帰り

机の引き出しに大切にしまった。

翔太は寝る前にその靴を丹念に眺めた。

なぜか温かみがあり気になって仕方がなかった。

その夜彼は夢を見た。

小学校一年の妹が

赤い靴を履いてまどが浜海遊公園の芝生の上を

夢中で走っている。

時々自分を振り返ってバイバイと手を振る。

みずみずしい緑の上で

靴の赤が気持ちよさそうに跳びはねているのだった。

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