第2話

文字数 2,729文字

家に帰ったらハンバーグのいい匂いがして、妹の舞がなんか嬉しそうにはしゃいでる。舞は小4、言い忘れてたけど僕は中2、名前のコシタロウは輿太郎と書く。名前自体には意味がない。苗字と一緒になって初めて由来がわかる。苗字が五神だから五神輿太郎で、ごのかみこしたろう『みこし』ってこと。妹の舞は手古舞から。舞はまだいい、わりと聞く名前だし、名前を告げたところでその由来を聞かれることもまずない。自分は名前の響きからしてイケてないし、字を見ればほとんどの人が祭りを連想するだろう。
「この町は祭りが中心にあって成り立っているんだ。祭りがあって町がある」
と常々父さんは言っているけど、その町で生まれたということと自分の個人的な祭りへの思い入れで名前をつけられた子どもはたまらない。小さい頃からあだ名はコッシーでどこかのゆるキャラみたいだし、僕自身は祭りが好きでもなんでもないのにこんな祭りの申し子みたいな名前は親のエゴでしかない。たまたま苗字に、それも最後の漢字に『神』があったから「これだ!」ってすごいヒラメキと思ったに違いない。
この時期に珍しく父さんが家にいて家族全員で夕ごはん。父さんと母さんは大学の同級生で、母さんの話ではその頃の父さんはテニス同好会に在籍しつつ、冬はスキー、夏はチョロっとサーフィンも、音楽にも詳しくファッション誌も読んでどこから見ても普通にキャンパスライフをエンジョイしている大学生で、そんなコテコテの祭り好きの片鱗は微塵もなく、当時父さんの実家にも遊びに行ったりもしていたけど普通の下町の商売やっているお家というイメージしかなかった、と。今から思えば、祭りのことは隠していたんだろう、と母さん曰く。騙された、と言っている。
うちは僕のひいおじいちゃんが始めた看板屋。昔は、大手企業の広告用看板、公園のベンチなどありとあらゆるところに需要がたくさんあって、従業員をたくさん抱えそれはそれは忙しかったらしいけど、父さんの代になった今はすっかり縮小化している。でも、老舗の強みでデパートとかの仕事もあったり、多様化するニーズに新しい試みもしつつ、会社はなんとか時代の波にも華麗なライディングとは言わないまでも乗っかって頑張っているようだ。そんな下町の商売人のところへお嫁に行く、ということを山の手育ちで父親は大手商社マン、母親は主婦の傍ら自宅でフラワーアレンジメントの先生、というような家庭で育ち小学校から高校まで私立の一貫校だったプチお嬢様の母さんは、頭ではわかっていても結婚後しばらくは相当に大変だったようだ。まずは回覧板というシステム。一度、すぐに次に回さずにいたら(と言ってもほんの1、2日)町会のうるさ型おばちゃんがすっ飛んで来て「ここの回覧板だけ回ってないよ!」と絞られて以来、次から今に至るまで来たら即ハンコ押して秒で次の人に回している。時限爆弾を次から次へと隣の人に投げるマンガを見たことがあるけど、まさにあんな感じ。ほかにも細かいことは色々あれど、なんと言っても一番は結婚して初めてわかった夫の祭り好きとこの土地の人々の祭りにかける尋常ならざる熱意。この土地に嫁という立場で生活している限り、祭りをスルーすることは不可能で、結婚した相手が無類の祭り好きというだけならともかく、そこへ否応なしに自分も関わって(しかもディープに)ゆかなければ、この土地では生きてはゆけない。何しろ、祭りがあって町がある土地なんだから。
母さんも、最初こそささやかな抵抗はしたみたいだけど、今は諦めと、あと、それなりにこの土地での生活の年数を経てうまく付き合っていく方法も身につけたようだ。祭りが近くなると、母さんも女性部門の集まりとかも増えて来るけど、今は子ども部なんでまだ気が楽だと言っている。その家の子どもが全員高校生以上になると、子ども部から婦人部にスライドするんだけど、婦人部の年齢層の幅が違いすぎるというのもひとつネックになっている。まあ、いうて男性部門も70超えて青年部という、、
今は、ある一定の祭り好きの人々に支えられて祭りが成り立っているけど、この先の人材育成がどこの町会も悩みの種みたい。町としてみれば、近年新築マンションも増えて来て住民も増加傾向にはあるけれど、新しくこの土地へ越して来た人たちは、都心であることのこの土地へ魅力を感じている部分が大きく、必要がなければあえて地元の人と交流を持ったり、めんどくさそうな祭りの手伝いなどしたいとは思わないだろう。母さんだって、違う相手と違う立場でこの土地に来ていたら、一生祭りには縁がなかったかもしれない。
「舞ねー、今度のお祭りで手古舞やることになったんだー」
なるほど、だからはしゃいでいたのか。まだ小学生というのもあるけど、舞は祭りを無邪気に楽しみにしている。僕もサッカーがここまで忙しくなかった低学年のうちは祭りに参加して、子どもの山車を引っ張ったり、地元の友達と屋台に行って買い食いしたり、それなりに楽しんでいたっけ。
「最近、酒が残るんだよなー」
と、舞の発言には触れず、自分のことを語る父さん。ほぼ連日の『打ち合わせ』がこたえているようだけど父さんは
「こうして打ち合わせをすることで、絆も深まって祭りもスムーズに運べるんだ」
ともっともらしく。
この町の祭り好きの人々は『祭りの2週間前から仕事を休む』と、それが自分たちの誇りのように言うけど、いやいや、普通のお勤め人の人にはそんなもの通用しないから。そんな長期間、祭りの準備って理由で仕事休んだらもう席ないっしょ。それをドヤ顔で言っちゃう、実際やれちゃう、のはこの町はそもそも自営業が多いから。雪見だいふくの丸木さんちは昔やっちゃばと呼ばれた青物市場の八百屋さんで、今は丸木さんの息子さんがネットで野菜や果物を販売している。
僕のおじいちゃんの話では、おじいちゃんが子どもの頃はこの辺は職人さんがたくさんいて、当時の職人さんは一年中祭りの格好をしていた、と、と言ってもそれは逆で、そもそも祭りの衣装が職人のものなのだけど。とにかくちょんまげこそ結っていないけど、額にはねじり鉢巻き、時代劇さながらの職人さんが本当にかっこよかった、と言っていた。気性も、ぶっきらぼうだけど困っている人を見たら放ってはおけない、という絵に描いたような江戸っ子そのものでおじいちゃんはとても憧れていたようだった。それよりちょっと前の時代には、この地域はよく馬も通っていて、そのため馬具など革製品の商いをしているところも多かったらしいし、その後は自転車を扱う店が増えたり、何しろ昔から人が多く行き来する商売の町。だから地元の神田明神も商売繁盛の神様なんだろうな。
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