第6話

文字数 2,602文字

妹の舞に、お兄ちゃんお神輿担ぐの?と聞かれた。
前に祭りに行ってた頃に、父さんに見てみな、と言われて父さんの目の先を見てみたらガタイのいいふんどしお兄さんの肩がこんもりと盛り上がっていてラクダのこぶのようになっていた。
びっくりして父さんにどうしたんだろう?と聞いたら神輿を担いで出来たこぶだと聞いて驚いて、子ども心に『絶対、神輿なんて担ぎたくない』って思ったのを覚えてる。聞いたところによると、祭り好きは一年中こぶがあるから普通のスーツが着られなくてオーダーするしかないらしいけど、それを勲章だとか言ってるのを聞くとやっぱり祭り好きはどうしようもない。だけど、最初から担がない、って決めつけて言うのもなんか感じ悪いので舞にはその時に決める、と答えた。
メインの祭りは週末の2日間に渡って行われ、宮入は2日目になるんだけど、例年、どちらか1日は必ずと言っていいほど雨が降る。雨が降ると、神輿というより、綱が濡れるのが厄介なようだ。絹で出来ているから太陽光の下で干さずに陰干しをするため、時間がかかって片付けが遅れてしまったりするとのことで。あの太い綱を絹で編んで作るのは結構大変な作業なんじゃないか。そして神輿関連のものは綱に限らず、いちいちお金がかかりそうだ。この前、丸木さんのところへ行った時も町会の神輿自慢で、うちの町会の神輿は当時名匠とうたわれた『だし鉄』の作品で、戦火も地震もくぐり抜けた貴重な神輿。その神輿を俺の目の黒いうちに修繕するのが願いだったが、それが叶った、とそれは嬉しそうに話してくれた。子どもの特権で無邪気にいくらくらいかかったんですか?と聞いてみたけど、笑ってごまかして教えてくれなかった。言えないような金額なんだろうか。
そして祭りの1日目はやはり雨。そのおかげでこの日のサッカーは中止になったので、小止みになったのを見計らって神輿を前日にあしらえた御酒所に見学に。修繕したおかげで、ピカピカに輝いて、話を聞いたからそう思うのかも知れないけど歴史が刻まれたオーラを感じる。御酒所は以前は違う場所だったんだけど、今回から藤本さんちのガレージになった。藤本さんちが、昨年建て替えをする事になった時に、祭りの時に御酒所として使えるように、神輿を入れることを考えて設計してもらったと聞いた。日本広しと言えど、2年に1度の3日間のために自分ちのガレージを神輿用に設計するところ、神田以外にどこかあるのかな。でも、神田祭はそういう人たちに支えられて伝統を守って行けているんだろう。
祭りの2日目、宮入の日は前日の雨も上がって朝から眩しい青空。皆、朝早くから大忙し。僕も慣れない祭り衣装を着るのに四苦八苦、父さんに手伝ってもらってなんとかそれらしくなった。かあさんは舞の世話につきっきり。女性は髪の毛のスタイリングもあるし大変だ。
御酒所へ行ったら既に大勢の人が集まっていた。普段はくすんでパッとしないおじさんたちの着物姿がとてもかっこいい。着こなし、というのか実にしっくりと着物がカラダに合っていて、これは神田ならではのまさに『粋』ってやつじゃない?丸木さんは、「だいたい、粋だ粋だと言うことが野暮なんだ」と言っていたけど、粋というのは生き様でもあるんじゃないか。スタイルが良くて高い洋服を着ても、それを着こなせなければ野暮になってしまうし、とにかくおじさんたちは1年中和装でいたらいいんじゃない?って思うほど粋だ。や、晴れましたなー、とのんびり笑い合ってる男性陣に比べて、女性陣はキビキビと忙しそう。母さんも婦人部の指令のもと、せっせと子ども部のお菓子の準備。父さんは『神輿渡御責任者』って書いてあるタスキをかけて最終チェック。父さんの年代はもう責任者になり、地元の祭りにおいて実は町会の人間はそうそう神輿を担げないのだそう。なので、祭り好きは地元じゃないところの祭りへ出かけて心ゆくまで神輿を担ぐ、ってわけ。祭り、ホントは涼と一緒だと良かったんだけど、涼は武家屋敷エリアチームだから接点がない。初めての祭り、涼も楽しんでいるといいけど。
そうこうしているうちにそろそろ神輿の出発の時間。普段はここへ仕事で来ているサラリーマンの人たちも今日は半纏姿で助っ人に来てくれている。舞は、手古舞の衣装と錫杖姿がバッチリ決まって、誇らしげな表情。
丸木さんは最近足腰が弱っているので御酒所で待機とのことだけど、始終ニコニコしている。御酒所の周りに活気と緊張感が漲る。
柝頭の一本締めの後にお囃子が始まり、神輿が持ち上げられ、エイサオイサエイサオイサという掛け声と共に神輿がゆらゆらと自分の町を練り歩く。僕は迫力に圧倒されて、神輿の横について歩いていたんだけど、しばらくしたら自転車屋の村田さんと目が合って、「輿太郎、花棒担げ!」と声をかけられて、「え、いいっすよ」と逃げようとしたけど、無理矢理神輿の先頭に連れて行かれて気がついたら一番前でエイサオイサと足踏みをしていたけど、背が足りなくて棒との隙間があるから実際はぶら下がっている感覚。とりあえず、少しの間そこにいて、担ぎたい人はたくさんいるから交代。その後は目立たないようにずっと神輿の横にいた。神輿は神田明神をめがけて威勢良く練り歩き、明神坂のところでほかの町会の順番待ちでちょっと休憩。周りを各町会の神輿が取り囲んでいて圧巻。それぞれの町会で半纏も個性溢れて興味深いけど、隣の町会の半纏を見てうちの町会のおじさんが「なんだ、あの寿司屋みてーな半纏は」とディスりが。江戸っ子は五月の鯉の吹き流しって言葉があって、江戸っ子は口は悪いが、腹にはこだわりがなく気性はさっぱりしているという意味なんだけど、確かに本当に口は悪い。てか、僕から見たらどこの半纏も似たり寄ったりなんだけど。また神輿が動き出して、神田明神の大鳥居の前でまたちょっと待ち。大鳥居をくぐったら、ボルテージもMAXに近づいて来た。威勢のいい掛け声とお囃子の心地よいリズムに気持ちも弾み、お天気に恵まれてたくさんのギャラリーにテンションも上がる。いよいよクライマックス、朱色に輝く御社殿が待つ神田明神の境内へ。晴れ渡る五月の青空へ向かって、何回か神輿を差す。
金色に煌く鳳凰がまっすぐ正面を向き、神輿の四隅を飾る紫の房が右へ、左へ、四つとも綺麗に同じ動きを繰り返したその時、確かに神輿が笑った。

終わり
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