第3話

文字数 1,791文字

「婦人部の集まりはどうだった?」
と父さんが母さんに聞く。
「相変わらず、お弁当を何にするかで盛り上がってた」
と母さん。
毎回、祭りには大量のお弁当の用意が必要になる。少子化、高齢化で地元の人だけではお神輿が担げないので、地元にある会社の人や、祭りが大好きで遠くからわざわざやって来る担ぎ手の人
(と言っても、誰でもかんでもという訳ではなく地元の人からの紹介が必要)、担ぐだけではなく、お神輿の渡御には欠かせないお囃子の人、御酒所や神輿の組み立てをやってくれる鳶かしら、挨拶に来る他町会の人、そして地元の町会の人、などなど、、それに子どもには子ども用のお弁当。お弁当の他にも、お酒やお菓子など用意するものはたくさんあるんだけど、婦人部の重鎮の方々の最大の楽しみはお弁当選びであるらしい。山積みになっているお弁当のカタログを見て「これ、いいんじゃない?」「あら、でもこっちも美味しそうよ!」と時間の経つのも忘れて談義をし、同席している子ども部としては、時間に余裕がある婦人部と違い、育ち盛りを抱えて帰ったらご飯の支度もしないといけない、明日の準備も、と色々とやることが待ち受けていて『いつになったら終わるのだろうか・・・』と気が気じゃなくなって来るようだ。重鎮さん達にとっては、多分、自分のお金じゃないところで(とは言っても皆お祭りの寄付はしているが)どれでも好きなお弁当を選べる!ってことがとてつもない幸せみたいだ。実際に祭りが始まっても、弁当はかなり重要なポイントなのでそこをわかっていないと地雷を踏んづけることになる。打ち合わせを何回かして、念には念を入れたつもりでも、毎回お弁当にまつわる事件が起きる。足りない場合は実際祭りに関わっていない人にも渡しているんじゃないか、そして余っている時は渡すべき人に渡っていないんじゃないか、とか、かなりめんどくさいことになるようだが、そんな中でも重鎮さん達はちゃっかり自分の家族の分はいつも取りっぱぐれ(ちょっと品のない言い方だけど)がないのは、長年で培われた祭りの知恵というか。そして弁当は、祭りの間、主婦の家事の負担を減らすためのものでもあるんだけど『人に出しても恥ずかしくないもの』『よその町会よりも立派なもの』という、見栄っ張りの江戸っ子気質によるマウントが出てきちゃうから厄介。とにもかくにも、たとえ理不尽に思うことがあったとしても、子ども部と婦人部の若手は重鎮さんから言われたことを口ごたえせず、淡々と言われたことをこなすことが最善の策のようだ。
父さんと結婚したために、2年に1度は祭りに関わらざるをえなくなり、初期の頃、祭りが5月だというのに前の年の10月に「お祭りの件なんですけど」と電話があった時に「えー、今から来年の話なんて鬼が笑っちゃいますね」と言ったら「もう笑いっぱなしですよー」と返され、そう来たか!と観念して以来、しなくてもいい苦労をしてるけど、でも弁当のことを抜かせばなんだかんだ今では母さんも祭りは好きだし、楽しみにしている。最初の頃は仕方なく(いやいや)参加していたけど、回を重ねるごとにいろんな人と知り合い、祭りのあとに町を歩くと挨拶する人が増えるようになるのも嬉しいし、疲れもあるけど終わった時の達成感が清々しくあるらしい。
家での様子を見ていると父さんもそれなりに苦労はあるのかも知れないけど、男は単純に仕事だ祭りだと騒いでいて、実際は見えないところで母さんが色々と動いて支えているから家のことも祭りも回っていっており、うちだけではなく他もだいたいそんなもんで女の人がいなかったら祭りも成り立たない。威勢だけでは進まない。みんなそれを口に出しては言わないけど、わかっているんじゃないか。祭りに関して言えば、男の人の晴れ舞台を女の人が送り出す、みたいな。とは言っても家族の在り方も昔とは変わって来ているし、最近やたらと聞くジェンダーフリーの影響などで祭りも男の人ばかりでなく、縁の下の力持ちとして頑張って来た女の人にも出番を、という意味でかどうなのかわからないけど、女の人だけで担ぐ女神輿をやったりしている。
皆、ご飯を食べ終わり、二日酔いっぽい父さんは風呂に入ると言って消え、母さんと舞は後片付けをしながら手古舞の衣装について盛り上がり、僕は丸木さんの言った『笑う神輿』が気になっていたけどその話はせずにいた。
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