第4話

文字数 2,086文字

翌日、学校で休み時間に友達のリョウと遊んだ。リョウは柏原涼、って爽やかすぎるかっこいい名前。みこし太郎とは大違い。かっこいいのは名前だけじゃなく、住んでいる場所もうちとは神田川が流れる昌平橋を挟んで、涼の方は元々の武家屋敷エリア、僕の方は町人エリア。こちらの方が微妙に土地が低くなっていて、江戸時代に鉄砲水が出た時も武家屋敷エリアは無事だけどこちらは水浸しになってしまっても仕方ない、ってエリア。なんだかなぁ、って感じだけどそのかつての武家屋敷エリアに数年前に建った高級マンションに涼ファミリーは住んでいる。そして涼の父さんは医者。まあ、この地域の住人は先祖代々の土地持ちか、本当のセレブしかいない、って誰か言ってたけどうちはもちろん前者で涼は後者。でも、セレブなのに全然それをひけらかさないし、勉強も出来るけど鼻にもかけず、ちょっとした所作にも品を感じるし『育ちがいい』って、涼みたいなヤツのことを言うんだろう。で、その涼が
「神田祭に参加してみたいんだ」
って言うから驚いた。
どうしてか聞いたら、マンションの自治会を通して、祭りの実行委員の人が寄付金のお願いで訪ねて来て、新しい住人の方々にも少しでも祭りのお手伝いをいただけたら、と涼の母さんに伝えたところ、寄付金はご協力致しますが、申し訳ありませんが用事があってお手伝いは出来かねます、とやんわりとお断りしたと。たまたまその場に居合わせた涼は、歴史好きで伝統行事などにも興味があり、ここに来る前に住んでいたところでは祭りといえば夏にちっちゃな神社の境内にチョロっと屋台が出るようなものしか経験がなかったから、せっかくそういうものが盛んなところへ引っ越して来たんだし、と神田祭についてググってみたら日本三大祭のひとつであり、その昔、江戸時代には祭りの一行が江戸城にも呼ばれて将軍も閲覧したことから『天下祭』と呼ばれていた伝統と格式のある祭りと知って、ぜひ参加して中から祭りを見てみたいから半纏のレンタルを頼んでもらった、と嬉しそうに話してくれた。
それはいいとして、話は戻るが涼の母さんは寄付金と言われ、とっさに2万円を渡したらしい。さすがにセレブは違う、とっさに2万円とは。その後、仕事から帰った涼の父さんにそれを伝えたら、ちょっと多すぎじゃないか?と言われたようで、それに関しては涼の父さんの感覚の方が正しいと思う。地元で商売をやっている人ならともかく、一般家庭では多いんじゃないか。
寄付金がらみでもうひとつ、祭りが近くなるとそれぞれの町会に寄付金ボードが設置され、誰がいくら寄付したか、っていうのがひと目でわかるようになっているんだけど、うちの町会は祭りのたびに寄付金ボードが大きくなって存在感を増している気がする。母さんも
「あれを見ると、早く寄付しなきゃ、ってプレッシャーがすごいのよね〜」
人間の心理につけこんだ上手い方法だ。
ボードが大きいのに、最後の方は名前が書ききれないほど寄付金が集まっていて草。
で、涼に戻る。
昨日の丸木さんの話は、誰にするつもりもなかったけど涼が神田祭に興味を持っていると知ったので、笑う神輿の話をしたら、
「聞きたい、聞きたい!」
と目を輝かせたので、じゃあ聞きに行こう、って展開になった。
僕のサッカーと涼の塾のスケジュールを照らし合わせて日にちを出し、あとは丸木さんの都合を聞いて。善は急げ、と学校帰りに丸木さんのところへ行く途中、自転車屋さんの村田さんに声をかけられた。村田さんも僕の父さんと同じく祭り(と酒)が大好きで、地元・神田祭だけでなく、シーズンは毎週末どこかの祭りへ出かけてる。村田さんの親父さんもかなり年はいっているんだろうけど、一年中つなぎを着て、いつも元気で店の周りをウロウロして何かを見張ってる。おじさんの口癖は『田舎もんが』なんだけど、おじさんに限らず、ここに住んでいる人はやたら『田舎もん』って言葉が好きだ。神田以外の人はみんな田舎もんだと決めつけている。あと、山手線の内側と外側って言葉も好き。僕のおじいちゃんの代の人は、渋谷なんてタヌキが住んでいたところだ、が口癖だけど、その時により渋谷もタヌキも他の地名や動物になったりする。とにかく、『江戸の中の江戸、神田で生まれ育った』というプライドがこの町の人々を支えているようだ。神田の人たちは東京全体を『江戸』でくくるのが気に入らないのだけど、同時に、どこもかしこも『下町』と呼ばれるのも気に入らない。下町はもともと『城下町』から来ているという説もあり、そうでない場所が『下町』というのは違うだろう、っていうことらしい。神田(とあと一部)こそが『下町』である、と。まあ、確かに、昔から住んでいる人は減ったとはいえ、神田=江戸っ子っていうのは未だにイメージが強い。
「今年も祭りには来られそうにないのか?」
との村田さんの問いに
「はい、多分、まだはっきりわかりませんけど」
と答えておいた。
丸木さんちに行って、この前の神輿が笑う話を友達と一緒にぜひ聞いてみたい、と伝えたら、いつでもいいよ、と言ってくれたので日にちが決定した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み