第9話・過去どべと未来どべの邂逅(手ブロに投稿できるようになった時の記念小説)

文字数 4,770文字

※私のハンドルネームが『どべ』だった時の作品になります

************


「おい、“過去”の自分! 手ブロで小説が投稿出来るようになってんぞ!」
「……あ?」
 
 PCを開いて『手書きブログ』……通称『手ブロ』というサービスを利用して絵を描いていた私の左側……ベランダから、耳障りな女の声がした。
 そちらを向くと、人生で何回か目にした事のある奇っ怪なガリチビ女が、鍵をかけていなかったベランダの窓から部屋に侵入していた。
 
 ――あ。これは私だ。
 
 見た事がある、のは当たり前だ。鏡の中で何回も見た事のある忌々しい顔である。
 ヲタクというものは、可愛い女の子や珍獣と突然同棲することになったり、世界中の人々がゾンビになったりなどの異常な状況というものを、ありとあらゆる漫画・映画・小説を雑多に見てきた経験がある。
 よって、この程度の事にはさほど驚かない。驚く理由もない。
 雑食ヲタの私は、即座にこの『私が私に話しかけている』という異常な状況を理解したし、順応した。
 
 何らかの力によって、過去だか未来だかの私が今現在の私に会いに来た……助けを求めに来た? それとも、知らぬ間に私は分裂してしまっていた? 
 何はともあれ、とにかく【私がもう1人いる】。ただ、それだけの事である。
 
「……で、どうした私。手ブロがどうしたって?」
 私はPC画面に顔を戻し、再び作業に戻りながら淡々と“私に”訊いた。
 最初にこいつ、なんて言ってたっけ。「手ブロで~」うんぬん、言ってなかったっけ。
 
「うわぁ。さすがヲタク。こういう状況に驚きもツッコミもないやぁ……!」
 外から来た“私は”、何故かテンションを上げながら笑う。
 
「私……私は、未来から来た私だぜぃ! 手ブロであまりにもビックリする改変があったせいでか、その衝撃で時を越えてしまったぜぃ!」
 未来から来た、という私は楽しそうに叫びながら、両手を腰にあててドヤ顔をした。
 
 ウザい。
 テンションの上がった己を客観的に見ると、こんなにもウザくて恥ずかしいものだとは。
 というか正直、今の私にとって大事なのは今描いているこの手ブロ漫画を『キャラに何をどう言わせて、目的のオチに終わらせる』か、だった。
 
 人の顔や名前などを覚えようともしないKが、どのようにしてZnという一介の兵士の事を記憶に留めるようになったのか――それがもう少しで描き終わりそうなのだった。
 オチは決まっているのだが、そこに至るまでの経緯――展開がハッキリしていなかった。
 
 ……時を越えてしまうほど驚いた手ブロの改変? 『改悪』の間違いではないのか?
 私は、8年も手ブロに居座っているのだ。今更、手ブロがどのような変革をしたとして、さほど驚かない自信がある。
 さすがに驚いたのは……そう。只今、絶好調に大勢のユーザーが困り果てている【コメ欄データ消失事件】……。
 
 私のぼんやりした頭に急に血が通った。目が冴える。
 振り向いて、未来から来た私に叫ぶ。
「コッ……コメ欄は直ったの?!
「あ?」
 呑気な未来の自分の声に苛立つ。
 
「だから、あなたはどの程度の未来から来た“私”なんだっつの!」
「2017年1月だよぉ~」
「……酉年か。私、その年はKさんらでどんな年賀状を……じゃない! コメ欄! コメ欄は復旧したの?!
 思わず「自分、どんな年賀絵を描いたんだろうウヘへ」と、いう方向に思考が飛んだが、慌てて本題に戻す。
 
 ――そう、コメ欄。
 2016年の2月頭から急に消失した手ブロのコメント欄。
 人とのやり取りや思い出、人々の力作絵や漫画が、一瞬にして葬り去られたのだ。
 人々は悲しみ、怒り、退会者も相当数出た。 今は2016年の3月である。コメ欄は、1ヶ月経った今でも消失したままだった。
「軽いバグだろう」と思われていたこの事態は、どうやら今までにないくらい相当にマズいサーバーの不調の事態らしかった。
 
「ねぇ。このコメ欄はいつ直るの……というか! 直った?! 直ってる?! 2017年にコメ欄はどうなってるん?!
 私は“私”に強く尋ねた。
「それより聞いてよぅ。……手ブロ、イラストや小説がアップロードできるようになったんだよぅ」
 私の問いに“私”は答えず、代わりに信じがたい衝撃の話をした。
 
「……は? アップロード、って……TINAMIやシブみたいに? 絵とか字を?」
「うぃ」
「……ソレ、『手書きブログ』じゃなくね? ウソでしょう?」

 手書きブログ内の、説明もない不親切なツールをユーザーそれぞれが試行錯誤四苦八苦しながら描いたものを『手描き』というのではなかったのか。
 それをやらずに「投稿できますよ~」とは、『果たして“手書きブログ”とは』……という、哲学論にまで発展しそうな謎であった。
 
 というか、待て。ギャレリアの立場は? サービス終了か? 私がそう訝しんでいると、“私”は「あなた、私が……自分がウソつくと思う?」と眉をひそめた。
 
「……あぁ。ウソつくわけないね。例え、嫌われようが損しようがどうなろうが極力私は正直だし、ここは自分で考えても特に『ウソをつく場合』でもない」
 冷静に分析をして「自分は“同志”には律儀で誠実な、えこひいき野郎だった」と思い出すことが出来た。
 私が言うのだから、嘘ではないのだろう。
 
「そうか~。そんな機能がつくのか~。本当にいつもいつもナナメ上な改変するなぁ……」
「ちなみに、マイページや記事自体の表示が変わるよ」
 “私”が、薄ら笑う。
「コメ欄の数字や、UPした日付がね……うん」
 目を伏せて自嘲する己の姿を見て、未来の手ブロがどんな改悪をしでかしたのかと、ゾッとした。
 しかし、今の問題はソコではない。
 
「コメ欄は、復旧できたの?」
 再度、私は私に問いかける。
「うぃ。復旧はしたよ~。あ、グミもらいますね」
 未来の私が、私の非常食置き場のカゴから味覚糖のグミサプリ(ブルーベリー)を勝手に2粒食らう。
 
「コメ欄はいつ直ったの?」
「秘密ぅ」
 まどろっこしくなった私は、そばにあった中学校卒業記念時にいただいた目覚まし時計を未来の己めがけてぶん投げた。
 時計は左腕にぶつかり、未来の己が痛がる。
 
「ちょ……! 自分に何すんの! 酷い! 鬼!」
「私の“ネタバレOK”な性格を一番知っているでしょうに、何もったいぶってんだ。殺すぞ」
「うわ、手ブロ漫画のオチが決まらなくてイライラしてるどべたん怖い!」
「オチは決まってんだよ。そこに至るまでの台詞回しに悩んでんだよ。……っつか、逆にテンション高い私はやっぱりうざい事極まりないね。死ねばいいのに」
「おちつくんだ、どべたん。コメ欄は……7月に復旧するよ」

 殺気立っている己の思考回路の残虐さを痛いほどに自覚している未来の己は「仕方ないにょう」という感じで、やっと問いに答えた。
 
「7月……! ちょっと待て。これからあと4ヶ月もコメ欄が死んだままなの?」
「うぃ」未来の私が苦笑する。

 そもそも、ユーザーの手ブロへの信頼感は(個人的な見立てだが)全体的に低かった。
 その上、この【コメ欄消失】である。しかも、それが4ヶ月も続くという。

「その4ヶ月でユーザーに見限られて……さぞ、人が減るんでしょうね……」
「うぃ」
「さすがの私も、もう手ブロの更新はやめたでしょ。現に今、コメ欄死んだ事が結構ショックでヤル気がなくて……」
「いや、バリバリしたよ」
「したの!?」私は驚愕する。

「すまん、普通に記事上げて、普通にコメ欄漫画も描いてた。すごいだろ」
「どんだけ手ブロ中毒!」
 己の想像を絶する――いや、割と想像はついていた“あまりの手ブロ廃人”っぷりに思わず噴き出す。
 
 コメ欄漫画を消される、という裏切りを受けてもすがり続けるなんて、他に何もないのだろうか。何て悲しい人間なのだろうか。
「惨めだなぁ」と思うと同時に、しかし、謎の誇らしさと嬉しさも湧き上がる。

 あぁ、この先も手ブロでKさんらを見続けられるのか、と。私はまだ描き続けているのか、と。
 こんな事があったけど、pipaさんは手ブロ自体の運営はまだ続けてくれるのか、と。
 ウチのポンコツPCはまだ使える状態なのかと。
 
 と。ふと、とある事実に思い当たった。
 ……私は来年の1月まで生きてしまっているのか、と。

 生きて、こうして“過去の私”に会いに来るのかと。
 仕事中にあれだけ病んで「死にたい死にたい苦しい」と嘆き苦しんでいたというのに、死にもしないで呑気に手ブロをしていたのか。生き続けたのか。

 私は、唐突に絶望してうんざりした。
 いくら精神的に追い込んでも平々凡々と私の心臓は動き続けて、しかも怪我もしない万病息災な運の良さっぷりときたら。
 無駄に働く幸運の神もいたもんだ、と脳内での悪態が止まらない。

 「でさぁ」未来の私が言う。
「……唐突にすごく申し訳ないんだけど……コレ、もらっていい?」

 未来の私が、非常食入れのカゴの中に無造作に入っていた自分のアナログイラスト集のファイルを取り出した。
「……? なんで?」
 私が訝しむと、我ながら非常に情けない事を奴は口にした。
 
「このイラストファイル……。大晦日辺りになくしちゃったんだよね……」
「は?」信じられない。

「だって、そのイラストファイル。そのカゴの中に入っているか、机の右側か下に無造作に置くくらいしか移動させないじゃん。なくすとか、ウソでしょう?」
「……そう思うでしょ? でもねぇ、なくすんだよ……。机の上も横も探すんだけど、見つからないんだよ……。神隠しにあうんだよ……」
 
 バカじゃねぇのか。
 なくすわけがない。なくせるわけがない。
 ちゃんと探してないんじゃねぇの? このクソが。
 
「年賀状を描こうと、参考に2016年の年賀状を見て……それ以来、行方不明なんだよね……。3月頃のこのファイルは……うん。この絵やこの絵があるね。良かった、ちょうだいよ、このアナログ絵」
 忌々しい顔つきの女がイラストファイルの作品を見る。
 己の絵の保管もちゃんと出来ねぇのか。情けない。
 そんなお前が私のイラストファイルを触るな。胸糞悪い。
 
 私は「もう、仕方ないなぁ~」と苦笑しながら、目の前の忌々しい顔の人間の頬を殴りつけた。
 私は、よろけた相手の首に手をかけながら押し倒した。自作のダンボール本棚が下敷きになり、潰れる。
 振動で、もう1つ奥にある本棚からドサドサと本が落ちる。
 
「何か漫画を描く時の参考になるのでは」と、相手の苦しむ様をまじまじと観察する。
 観察したはずが、高揚感で相手の様子をどうにも覚えていないのが惜しい。
 しかし、やられた事は記憶に残った。人は首を絞められると本当に相手の腕をかきむしって逃れようとするのか、という事は覚えていた。
 
 相手は、そもそも“生きたい気持ち”がなかったので、そんなに長時間は暴れなかった。
 やっと楽になれる、と笑っていたようにも見えた。無駄に幸運の神に守られ続けた相手は、過去の己にあっけなく殺された。

 時空のルールか何かアレに抵触したのか、事切れた相手の体はだんだん薄くなり、漏らした尿の匂いだけを残して消えた。
 
 
 私の寿命は来年の1月までかぁ、と息を吐く。
 漏らすのは恥ずかしいから事前にトイレに行って、水分もとらないようにしよう、と冷静に考えた。
 来年の1月までにやり残した事はあるか、と考えて「……あ。あのネタを手ブロで描きたいなぁ」と思い出し、乱れた部屋の掃除もそこそこにして、放置したせいでランダムに適当な自然の画像を表示し続けているPCに触れる。
 
 オチまでの展開・セリフ運びが決まらない己の手ブロ漫画がパッと表示されてから「これをどう描いて完結させたのか訊いておけばよかった」と後悔した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み