どうすりゃいいいの。この場合?

文字数 2,130文字

 大きな神殿、しかしその外側の殆どが崩れかけた神殿。
 その神殿のど真ん中あたりに祭壇が作られていた。
「ほんとうに成功するのか?」
 長い剣の切っ先を石の床に突き、そのグリップに顎をのせた女戦士が、祭壇に祈りを捧げる神官に聞いた。
「神は必ず聞き届けて下さる。信じるのだメルダ」
 神官は祭壇に祈りを捧げながら女戦士に言った。
「信じろって言ったって、司祭様がウェンディゴにさらわれてこのかた、教会の威光はがたっと地に落ちてるんだから、見習い神官のあんたが気張ってもねえ、無理」
 完全に神官を見下した物言いで女戦士が言った。
 ところがその瞬間だった。

 ドゴ!
 メキメキメキ!

 異様な音が祭壇から響いてきた。

「え?」
 思わず女戦士が、いや神官までも祭壇に目を目いっぱい見開いて注視した。
 祭壇の下が、突然ピカーっと金色に輝いた。
「う、うそ…」
 女戦士の口が、あんぐりと開いた。
 神官が床に頭を擦りつけ祭壇を拝んだ。
「おお、神の恩恵の兆しである。救世主は降臨なされるぞお」
 その直後だった。
 祭壇の上のテーブル、供物の乗ったそれがいきなりひっくり返り、地下から男が現れた。いや、湧き出したと言った方が正しい。
「ほ、本当に出やがった!」
 女戦士の持っていた長剣が、手から外れガランと大きな音を立てて床に転がった。

 光り輝く祭壇から現れた男は…
「うわっ! びっくりした!」
 長剣の立てた大きな音に驚き飛び上がった。普段耳にしない金属案だからしょうがない。
 その拍子に、まわりの光は消えて、祭壇に立つあまりと言うか全く強そうに見えない若者の姿があらわになった。

「おお、救世主様」
 神官が若者を崇めるように何度も両手を上げたまま頭を上げたり下げたりする。
 若者は、しばらくキョロキョロ周囲を見回して呟いた。
「本当に異世界みたいですね。ところで、これはつまり、生き返ったって言う事だよね」
 若者、つまり田中大介は自分の頬をつねった。
「痛い、うん、死んでない」
 その大介に向け、神官はなおも拝みながら言った。
「救世主様、どうか世界をお救いください。囚われの勇者を探し、魔界の王に挑み……」
 話の途中で、大介は遮るように言った。
「ごめんなさい、間違いなんです。天国で手違いがあって、僕は救世主じゃありませんから」

 こういう状況をオシャレに言うと、天使が通り過ぎたとか言うらしいが、実際に通り過ぎたのかブリザード級の北風と言ったほうが良い。
 まあ、どちらにしろ全員が口をつぐみ言葉を発せないから、生じるのは沈黙の間ってことになる。

 シーンとした何秒かの後、最初に行動したのは女戦士であった。彼女は神官に近付くと、跪いたままの彼の尻を、思い切りけった。
「ほらみろ、失敗したじゃないか!」
「痛い! 儀式にミスはなかったのに!」
 そんな二人に向かって大介は言った。
「喧嘩はいけませんよ。暴力は何も解決しませんよ」
 女剣士が、きつい目つきで大介に言った。
「なに腑抜けたこ言ってるんだよ、戦わなけりゃ死ぬだろ。暴力がすべてを解決するんだよ、神様だってそう言ってるんだ」
 大介は首を傾げた。
 そんなこと言う神様いるのかな?
 女戦士は更にたたみかけた。
「だいたい、お前誰だ! 救世主じゃないなら誰なんだ!」
 大介は、「ああ」と粒いてから右手で胸を押さえながら言った。
「田中大介十八歳、自宅警備員であります」

 通じてない模様であった。
 まあ、正確は意味は間違いなく通じてない。
 女剣士も神官もぽかんとしていた。

「自宅警備員? 警備? ガーディアンの仲間か? それがなんで?」
「い、いずれにしろ、この方に勇者様の探索と救助をお願いするのは、むずかしそう、ですね」
 神官と女剣士は、困ったという表情で顔を見合わせた。
 大介は、なんとなくこの異世界の状況を会話から推理してみた。

 救世主を召喚しようとしていたんだから、世界は危機なんだろう。
 さっきからの話に出てくる勇者、そういえば天使も勇者がどうとか言っていた。
 これはつまり、どこかに捕まってる勇者を助けないと、この世界はまずい。
 推理がここまで来た段階で大介は気付いた。
 これ、天使が言ってた本当はここに来るはずだった人の名前、その冒頭につけられていた一言に大きなヒントがあると。
 刑事って言っていた。
 つまり、勇者は捜査して見つけ出さないと見つからない?
 無理無理無理、自分にそんなスキルは絶対ない。

 大介が、ゆっくり事態を理解して、勝手にブルブル首を振っている間に、二人のこの世界の人間は、こそこそと何かを話しあっていた。
「召喚魔法は使えるってわかったんだからさ、もう一度やりゃいいじゃない、次こそ本物の救世主出てくるかもしれないし」
「いやあの材料揃えるには次の霊華草の実が熟すまで待たないと無理です。あれ、この近隣にはもうありません」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ、あのガーディアンもどきに何させればいいんだよ」

 この会話を耳を立てて聞いた大介は思った。
 それ、僕が知りたいです!
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