とりあえず話しあいましょうよ!

文字数 3,369文字

 その頃、天国では大騒ぎになっていた。
 まあ、当たり前だ。
「まずい、これが天使長の耳に入ったら、そのまま神の元にまで知られてしまいます」
 門衛の天使たちは、おろおろと転生の担当官である大天使に言った。
「ううむ、完全に我らの落ち度だ。最初に確認するのを忘れるなど、初歩的すぎる間違いだ」
 大天使が困惑顔で言った。
「私は、かれこれ1000年ほどこの仕事やってるものですから、少々手抜きしていたかもしれません門内での手続き作業を」
「いや、それを言うなら、私も死者たちの善意にすがり信じることに慣れすぎていた。天国から堕天使が追放され地獄が出来てからというもの、善人しか来なくなったので、まさか入れ違いとか起きるなどとは思いも寄らなかった」
 大天使がため息交じりに言った。
「善意の死者による善行が、今回の入れ違いの原因ですから、彼らは責められません」
 一人の天使が指摘した。
「その通りだな、この責任は我々でとらなければならない。でも、どうすればいい」
 天使たちは顔を見合わせ困ったという感じで沈黙した。
「問題の本来の転生予定者を送り込むと、さすがに上の方にバレるな」
 大天使が表情を曇らせた。
「ですがあ、あの送ってしまった彼、スキルはええと行列整理と…あと一つ、これしか持ってないですよ、世界救えますかね?」
 書類ではなく、空中に出現した文字らしきものを示しながら天使の一人が言った。
「これ、何かの役に立つスキルでしょうか」
 もう一人の天使が不安そうに言った。
「わからん、まったくわからん」
 天使たちが、一斉にはあ~っとため息ついた。
「なんとかごまかす為の、じゃない、事態を好転させるための相談を閉門後に行うとする」
 大天使がそう言うと一同はコクコク頷いた。

 そのころ、転生した田中大介も自分を呼び出した神官となんか狂暴そうな女戦士と輪になって話し合いを始めようとしていた。
「じゃあなに、本当に手違いで送られて来たっていうわけ?」
 女戦士メルダが聞いた。
 とりあえずこの直前に、自己紹介があり神官の名がカバンチであり、この戦士がメルダというのは聞いた。近くの町の教会副司祭と町の自警団の隊長だそうだ。
 この自己紹介の時に、大介は間違い転生の顛末を二人に語っていた。
「そうなのです。自分もどうしたらいいか困ってます」
 大介は頭をかきながら言った。
「なんと神界でも、われわれがやるようなミスをする天使もいるのですね」
 神官カバンチが言うと、メルダが鼻で笑った。
「ミスいつもやるのお前だけだろ」
「そんなことはない! この前町長も会議の時の決め事間違えて張り出したじゃないか」
「あったなあ、そういえば」
 カバンチとメルダが同時に肩をすくめたが、大介にはもちろん通じない話。
「それで、自分はどうしたらいいでしょう」
 大介が聞いたら、ほとんど同時に二人が答えた。
「それは、こっちが聞きたい!」
 ここで、カバンチとメルダだけ顔を寄せ何かを相談し始めた。
「これは、こいつを神界に送り返す方がよくないか」
 メルダが言った。
「しかし、それじゃ私のやった儀式丸損です」
「しょうがないだろ、それまで魔王軍の攻撃に耐えられるかわかんないけど、次に材料が揃ったらもう一度儀式やるってことでさ」
 カバンチは表情を曇らせた。
「それまで勇者様が生かしておいてもらえる保証はないですよ」
「だけどさ、どう見てもこいつ役立たずっぽいぞ」
 メルダの視線がじろじろと大介の体を上から下までなめ回す。
「そもそも、神界に送り返すって、どうするつもりなんだメルダ」
 カバンチに聞かれ、メルダは自分のとにかく重そうな長剣を叩いた。
「そりゃ、もう一回死ねばいいんじゃないか」
 この相談は、全部大介に聞こえていた。
「あのー、できればまた死ぬのは無しの方向でお願いしたいんですがあ」
 二人が、あっと言って大介の方に目をやった。
「お前、聞いてたのかよ」
 メルダが舌を打ちながら言った。
「べつに聞くなって言われてなかったですし」
 カバンチがメルダに向かって片手を上げながら言った。
「神殿で殺生はよくないですし、ここは一度町まで彼を連れて行って、町長交えた会議で決めませんか」
 メルダが、ふんと鼻から息をしながら答えた。
「しょうがねえなあ、帰りの護衛相手が増えるとか仕事きつすぎだぜ」
 大介が聞いた。
「町って遠いのですか?」
 カバンチが答えた。
「それほどでは、まあ歩いて一昼夜くらいです」
 大介は、むむっと唸った。
「それは歩き通しでってことですか?」
 メルダが答えた。
「当たりまじゃん、野営なんかしたら魔物に襲ってくださいって言ってるようなもんだ」
 大介の頭にだんだんとイメージがわいてきた。
 つまり、この世界は普通に魔物がうじゃうじゃいる。
 休むのはヤバい。
 そこで大介は憂鬱な気分を初めて感じた。魔物がどうのが原因ではなかった。
「自宅警備員の体力ゲージはそれほど高くないであります」
 日頃ゲームしかしていないから、体力なんてあるはずない。だから、同人誌即売会の会場整理で殉職したようなものだ。
 メルダが、露骨にさげすんだ目で大介を見ながら言った。
「体力のないガーディアンて、お前いったい何ができるんだよ」
 大介は考え込む。
「ええと、まあ待機列整理には自信はありますけど、他には萌え絵を描くことですかね」
「言ってる意味全然わかんねえ」
 メルダが困惑した。
「ええとですね、あ、ちょっと待ってください」
 大介はそう言うと、手近にあった石を拾い、器用にそれで石床の上に線を引いて、半分裸の猫耳女子の絵を線だけで描いて見せた。
「ああああ、なんて冒涜的な」
 カバンチが両目を覆ったが、なぜか指の隙間が結構開いて目玉が見えていた。
 メルダは、盛大に口を開き、絵を見つめやがてこう言った。
「やべえ、これものすごく欲情しちまう」
 大介が首をかしげてメルダに聞いた。
「これ女子の絵ですが、あなた女性ですよね、萌えちゃったりするんですか?」
 メルダが、いつの間にか垂れてきていたよだれを拭きながら答えた。
「当たり前だろ、プシーキャット族は男も女も関係なく抱きたくなる相手だからな」
「ん?」
 大介は、自分の描いた絵とメルダを見比べる。
「もしかして、居るのでありますか、猫耳女子!」
 メルダが頷いた。
「いるぜ、あたしらの町にもな」
 これまで務めて冷静にしていた大介の表情が一変した。
「行きましょう町! すぐに行って、今後を話し合いしましょう!」
「な、なんだこいつ、急に顔色変えやがった」
 メルダがびくっと体を引きながら言った。
「ああああ、なんていやらしい」
 まだ顔は覆っているが、人差し指と中指の間はたっぷり開いたカバンチが大介の絵を見ながら、うっとりした口調で言う。
 メルダがその背中を思いきりどついた。
「文句言うなら背中向けて見るなよ生臭神官」
 カバンチは不満そうに答えた。
「いや、これも神様のくれた試練だ。きちんと乗り越えるためにも、見ておかないと」
「嘘つけ!」
 さっきの倍くらいの力でメルダはカバンチの背中をどついた。
 さすがにこれにはカバンチもよろけた。
 そのバランスを崩す神官の背中を見ながら、メルダが言った。
「こんなうまい絵初めて見たな。お前、実は名のある画家だったのか?」
 大介は、頭をかきながら言った。
「いえ、そんな事はないかと。あっちの世界では、萌え絵師のキリンメロンって呼ばれてはいましたけど投稿サイトで」
「まあ、いいや、お前が自分で町まで行くって言ったんだ、護衛はきっちりやってやるよ」
 メルダが剣を叩きながら言った。
「はい、早く猫耳娘のいる町に行きましょう!」
 説明するまでもないが、大介は純粋によこしまな気持ちで言っていた。

 こうして天国で天使たちが仕事の終わる時間を待って話し合いを始める前に、間違い転生者田中大介は、異世界の町を目指し移動を始めたのであった。
 そして、これが彼のこの異世界での旅の始まりとなるのであった。

 次章、冒険編のスタートなのである。
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