逃げてるだけじゃダメでしょう
文字数 4,355文字
新しい魔物が、三人目掛け駆けてきているのは間違いなかった。
カバンチに促され走り出した自宅警備員田中大介は、しかし魔物が見えていなかった。
「何匹来ているのでありますか!」
先を走る神官カバンチの背中に向け大介が聞いた。
「私に見えているのは二匹です。メルダさんなら、二匹でも同時に相手できます。でも、向かってきている方角が別々なので厄介です」
逃げるのに慣れているのか、カバンチは速度を落とさずに状況を見て大介に説明した。
大介は必死に走りながら周囲を見た。
メルダが走って自分たちと違う方に向かっているのが見えた。
その先に先ほどと同じ格好の魔物が一匹、駆け寄ってくるのが見えた。
メルダは、その魔物を倒すために走っているのは間違いない。
では、もう一匹は?
視線をぐるっと巡らせると、なんとメルダが疾走していくのと反対側からもう一匹の、しかもさっきの奴より一回り大きな魔物が飛んでくるのが見えた。
「あ、あれはメルダさんまずいんじゃないででしょうか」
大介は言ったが、カバンチは振り返りもせず言った。
「不利でも、戦うのが護衛の戦士の仕事です。私たちはとにかく逃げるのです」
言葉にたがわず、カバンチは全力で逃げ続ける。
体格的には、どう見ても華奢なのに、大介はだんだん引き離されかけている。
自宅警備員生活2年の付けなのか?
一回死んで転生したんなら、体力とか強化されてもいいのに!
大介はどんどん早くなっていく心臓の鼓動にあえぎながら真剣に思った。
それと同時に、彼が天国に行くことになった本質的な資質が頭を持ち上げ始めていた。
戦士とはいえ女子のメルダを一人残していいのでしょうか?
いいえ、よくありません!
田中大介18歳は、間違いなく正義感を持つ、勘違いは多いがフェミニストであった。
「僕は残ります、カバンチさん逃げてください!」
この叫びには、さすがにカバンチも驚いたようで走るスピードが落ちこみ、こちらを振り返った。
「ガーディアンさん本気ですか? あなた武器持ってないじゃないですか!」
だが大介は言った。
「戦うなんて言ってません。時間を稼ぐだけであります!」
そう言うと、カバンチを残し大介はもう一匹の魔物の方にいきなり方向転換していった。
あっけにとられるカバンチはついに立ち止まり、大介の背中を見つめた。
「救世主じゃなかったけど、いい人でした。ああ、あなたの雄姿はわすれませんから~」
どうやら、カバンチは大介がこのまま死ぬと決めつけた模様であった。
まあ駆けていく方向を変えた大介は、実は何の勝算もなかった。
当たり前である。
戦闘スキルはゼロなのだ。
魔物に飛び掛かられた時点で、天国に逆戻り確定である。
だから、大介は最初から自分でも言ったとおり、戦う気は皆無だった。
魔物の気をそらし、メルダが一匹目をやっつける時間を稼ごうとしたのだ。
それと…
「関節キッスのお礼であります、命がけで頑張るです!」
魔物に向かいながら大介は言った。
思うに、けっこう安いかもしれない彼の命である。
メルダは、大介が方向転換をしたのにすぐ気づいた。
さすが戦闘レベル推定25の戦士である。
これは、大介が適当にさっき見積もった数字であるが。
「あの馬鹿、死にに行く気かよ!」
しかし、目の前の魔物を何とかしないと救助にも行けない。
メルダは奥歯をかみしめ、長剣を上段に構えた。
「まあ、カバンチだけでも生き残れば、町長は文句言わねえか!」
メルダの中でも、大介の死亡は既定事実になった模様であった。
大介はこの時、フル回転で自分の行動をシミュレーションしていた。
自宅警備員の彼のスキルの大半は、ゲームにおける先の展開予測能力に割り振られていた。
足は速くなくても、指先はとても器用なので、アクションゲーム系でも敵キャラの動きを読むと、瞬時に指が反応し攻撃をよけるのが得意だった。
オンラインゲームでも、よく盾役をやっていた。
いわゆる相撲型ではなく、大波が来るのを予想してPTに逃げるの指示して後退して、範囲攻撃を避けるタイプの策士なのだ。
大介は、魔物が自分の存在に気付き進路を変えると予測、そのままメルダがいる位置から進行方向をずらせるのがベストと答えをはじき出していた。
というわけで、大介は魔物に正面から向かっていった訳だ。
再び逃げ出したカバンチはもうすぐ草原を抜け切る位置まで達していた。
この世界では、仲間を見捨てるのは悪ではない模様である。
彼は罪悪感持つことなく、神官であるので大介の犠牲を神に「勇敢でした」と過去形で心の中で祈ったのだが、大介がそんなことを知るはずもないし、カバンチが逃げ切れそうなことも把握はしていなかった。
ただ、この時には、問題の魔物も大介に標的を変える腹を決めていた。
「こっちに向かいだしたですね! さあ、追いかけっこであります!」
大介はまっすぐ向かっていた魔物から、進路を90度横に切り替えた。
横に向け駆けだした大介に、魔物の動きは見事に食いついてきた。
なるほど、この先は大介が逃げるのに追いつかれるかどうかだけの勝負である。
そんな大介の思惑は、メルダにはまだ伝わっていなかった。
まず目の前の魔物をやっつけなければ話にならない。
この魔物も、さっきと同様に若いオスであった。
まだ狩りに慣れていないはずだから、その動きは予想が難しくない。
メルダは俊敏に剣の軌道を変えるかなりのの腕力を持っている。
ここは、またフェイントが有効だ。
そう判断した彼女は、魔物の動きを一定の方向に導くための一撃目を、計算ではなく経験則からの反射行動で繰り出した。
魔物はまたも見事にこれにかかった。
メルダの一撃目をかわした魔物は、俊敏に横跳びした。
「おりゃ!」
もう沈黙している理由はない。
裂ぱくの気合で、メルダは剣を振り戻し、魔物の横腹を追う形で振りぬいた。
手ごたえは、しかし浅かった。
「くそ、思ったより俊敏だったかよ」
舌打ちしつつ、すぐに長剣を構え直す。
致命傷に至らなかったが、一撃を受けた魔物はすぐに跳躍は出来ず、一度着地すると四肢で踏ん張り、メルダを睨み据えた。
だが、そのほんの一瞬の停まった動きの間に、メルダは二撃目の準備を終えていた。
痛みは魔物をより凶暴にする。
しかし、逆にその行動は読みやすくなる。
確実に魔物は相手を仕留めようと逆上する。
そこが狙い目だった。
メルダは、魔物が自分の急所めがけ飛んでくるのを確信し、相手が動き出した瞬間には、中段に構えた剣を突き出していた。
「これで終わりだよ!」
メルダは若い。しかし、幼いころから戦士として育った。経験は深い。
自分の喉に向け飛び掛かる二つの首のちょうどど真ん中に、彼女の剣は突き刺さった。
それは獲物の勢いも相まって、深く深く突き刺さり、一撃でこれを仕留める攻撃となった。
だが、ここに思わぬ誤算があった。
「まずい、深く刺さりすぎやがった…」
メルダは舌打ちする。
深く刺さった剣を引き抜くのは、実はかなり面倒なのだ。
当然時間がかかる。
だが、彼女は落ち着いていた。
「あのガーディアンが食われいる間にもう一匹を叩きに行けばいいか」
しかし、大介はまだ頑張って逃げ続けていた。
「こ、この魔物。結構動きが読みやすいであります」
ハアハア喘ぎながらだが、大介は大きな魔物の動きを的確に予測し、こまめに進路を変え相手を翻弄していたのだ。
ゲームの感覚とそっくりなのだ。
ただ、問題なのは、減っていく自分の体力ゲージが恐ろしく急速にエンプティーに近づいていることである。
早く来てください、メルダさん!
内心で祈りながら走る大介だったが、メルダはまだやっと突き刺さった剣を抜いたばかりで、彼女と大介の距離はたっぷり200メートルは離れてしまっていた。
剣を引き抜いたメルダは、まだ大介が逃げ続けていることにようやく気付いた。
「おいおい。頑張ってるじゃねえか。でも、遠いぞ、こりゃ」
再び舌打ちすると、メルダは走り出した。
だが、あまりにその差は開きすぎていた模様である。
この時、一回り大きな魔物は、大介まで数メートルまで接近していたのだ。
落ちてきた体力が、大介の速度を一気に低下させてしまったのだ。
ああ、やはり無理か。
もう一度、あの天国の門の前で交通整理するであります。
ついに大介は二度目の人生の終わりを覚悟した。
だが、その時だった。
ビュンと激しい風切り音が大介の耳元をよぎった。
「え?」
遅くなった足で逃げる態勢のまま振り返った大介の目に映ったのは、二個ある頭のうちの一個の脳天に深々と矢を突き立てられ、その衝撃で横飛びに転がる魔物の姿だった。
矢?
どこから?
疑問に思うのは当然だが、大介にも生存本能はある。
ここで逃げねばまた襲われる。魔物にはもう一個の首があるのだ。
大介は慌てて、草原の端に見える木立に進路を向け駆けだした。
メルダは最初、何が起きたのかわからなかった。
いきなり、大介を追っていた魔物が転がった。そうにしか見えなかった。
だが、彼女の動体視力は、すぐにそれをとらえた。
二本目の矢が、木立から飛んできて、メルダが目指していた相手の魔物のもう一個の脳天に的確に命中したのだ。
「おい、こんな見事な腕の奴って…」
走っていた速度を緩めながらメルダが呟いた。
口を全開にして、限界まで喘ぎながら大介は木立に転がり込むように逃げ込んだ。
魔物がどうなったのか確認する余裕はなかったが、彼はもう限界だった。
大介はその場で両手を広げ、あおむけに倒れた。
「も、もうだめであります…」
すると、その大介の顔を誰かが覗き込んだ。
「ねえ君、いい逃げっぷりだね。あそこまで粘る人間初めて見たかも」
目の前には、耳のとがった目の大きな少女が、その身体にあまりに不釣り合いな大きな弓を持って立っていた。
脳まで満足にいかない血液のせいで鈍った大介の思考でも、相手の正体は推測できた。
「え、エルフでありますか?」
大介の問いかけに、少女はにこりと笑った。
「そうよ。あたしがここに居て良かったわね。逃げてるだけじゃ、結局死んじゃってたかもね」
屈託ない笑顔でそう言い切る少女は、口元にその見かけとはかなりギャップのある冷たい笑顔を浮かべていた。
カバンチに促され走り出した自宅警備員田中大介は、しかし魔物が見えていなかった。
「何匹来ているのでありますか!」
先を走る神官カバンチの背中に向け大介が聞いた。
「私に見えているのは二匹です。メルダさんなら、二匹でも同時に相手できます。でも、向かってきている方角が別々なので厄介です」
逃げるのに慣れているのか、カバンチは速度を落とさずに状況を見て大介に説明した。
大介は必死に走りながら周囲を見た。
メルダが走って自分たちと違う方に向かっているのが見えた。
その先に先ほどと同じ格好の魔物が一匹、駆け寄ってくるのが見えた。
メルダは、その魔物を倒すために走っているのは間違いない。
では、もう一匹は?
視線をぐるっと巡らせると、なんとメルダが疾走していくのと反対側からもう一匹の、しかもさっきの奴より一回り大きな魔物が飛んでくるのが見えた。
「あ、あれはメルダさんまずいんじゃないででしょうか」
大介は言ったが、カバンチは振り返りもせず言った。
「不利でも、戦うのが護衛の戦士の仕事です。私たちはとにかく逃げるのです」
言葉にたがわず、カバンチは全力で逃げ続ける。
体格的には、どう見ても華奢なのに、大介はだんだん引き離されかけている。
自宅警備員生活2年の付けなのか?
一回死んで転生したんなら、体力とか強化されてもいいのに!
大介はどんどん早くなっていく心臓の鼓動にあえぎながら真剣に思った。
それと同時に、彼が天国に行くことになった本質的な資質が頭を持ち上げ始めていた。
戦士とはいえ女子のメルダを一人残していいのでしょうか?
いいえ、よくありません!
田中大介18歳は、間違いなく正義感を持つ、勘違いは多いがフェミニストであった。
「僕は残ります、カバンチさん逃げてください!」
この叫びには、さすがにカバンチも驚いたようで走るスピードが落ちこみ、こちらを振り返った。
「ガーディアンさん本気ですか? あなた武器持ってないじゃないですか!」
だが大介は言った。
「戦うなんて言ってません。時間を稼ぐだけであります!」
そう言うと、カバンチを残し大介はもう一匹の魔物の方にいきなり方向転換していった。
あっけにとられるカバンチはついに立ち止まり、大介の背中を見つめた。
「救世主じゃなかったけど、いい人でした。ああ、あなたの雄姿はわすれませんから~」
どうやら、カバンチは大介がこのまま死ぬと決めつけた模様であった。
まあ駆けていく方向を変えた大介は、実は何の勝算もなかった。
当たり前である。
戦闘スキルはゼロなのだ。
魔物に飛び掛かられた時点で、天国に逆戻り確定である。
だから、大介は最初から自分でも言ったとおり、戦う気は皆無だった。
魔物の気をそらし、メルダが一匹目をやっつける時間を稼ごうとしたのだ。
それと…
「関節キッスのお礼であります、命がけで頑張るです!」
魔物に向かいながら大介は言った。
思うに、けっこう安いかもしれない彼の命である。
メルダは、大介が方向転換をしたのにすぐ気づいた。
さすが戦闘レベル推定25の戦士である。
これは、大介が適当にさっき見積もった数字であるが。
「あの馬鹿、死にに行く気かよ!」
しかし、目の前の魔物を何とかしないと救助にも行けない。
メルダは奥歯をかみしめ、長剣を上段に構えた。
「まあ、カバンチだけでも生き残れば、町長は文句言わねえか!」
メルダの中でも、大介の死亡は既定事実になった模様であった。
大介はこの時、フル回転で自分の行動をシミュレーションしていた。
自宅警備員の彼のスキルの大半は、ゲームにおける先の展開予測能力に割り振られていた。
足は速くなくても、指先はとても器用なので、アクションゲーム系でも敵キャラの動きを読むと、瞬時に指が反応し攻撃をよけるのが得意だった。
オンラインゲームでも、よく盾役をやっていた。
いわゆる相撲型ではなく、大波が来るのを予想してPTに逃げるの指示して後退して、範囲攻撃を避けるタイプの策士なのだ。
大介は、魔物が自分の存在に気付き進路を変えると予測、そのままメルダがいる位置から進行方向をずらせるのがベストと答えをはじき出していた。
というわけで、大介は魔物に正面から向かっていった訳だ。
再び逃げ出したカバンチはもうすぐ草原を抜け切る位置まで達していた。
この世界では、仲間を見捨てるのは悪ではない模様である。
彼は罪悪感持つことなく、神官であるので大介の犠牲を神に「勇敢でした」と過去形で心の中で祈ったのだが、大介がそんなことを知るはずもないし、カバンチが逃げ切れそうなことも把握はしていなかった。
ただ、この時には、問題の魔物も大介に標的を変える腹を決めていた。
「こっちに向かいだしたですね! さあ、追いかけっこであります!」
大介はまっすぐ向かっていた魔物から、進路を90度横に切り替えた。
横に向け駆けだした大介に、魔物の動きは見事に食いついてきた。
なるほど、この先は大介が逃げるのに追いつかれるかどうかだけの勝負である。
そんな大介の思惑は、メルダにはまだ伝わっていなかった。
まず目の前の魔物をやっつけなければ話にならない。
この魔物も、さっきと同様に若いオスであった。
まだ狩りに慣れていないはずだから、その動きは予想が難しくない。
メルダは俊敏に剣の軌道を変えるかなりのの腕力を持っている。
ここは、またフェイントが有効だ。
そう判断した彼女は、魔物の動きを一定の方向に導くための一撃目を、計算ではなく経験則からの反射行動で繰り出した。
魔物はまたも見事にこれにかかった。
メルダの一撃目をかわした魔物は、俊敏に横跳びした。
「おりゃ!」
もう沈黙している理由はない。
裂ぱくの気合で、メルダは剣を振り戻し、魔物の横腹を追う形で振りぬいた。
手ごたえは、しかし浅かった。
「くそ、思ったより俊敏だったかよ」
舌打ちしつつ、すぐに長剣を構え直す。
致命傷に至らなかったが、一撃を受けた魔物はすぐに跳躍は出来ず、一度着地すると四肢で踏ん張り、メルダを睨み据えた。
だが、そのほんの一瞬の停まった動きの間に、メルダは二撃目の準備を終えていた。
痛みは魔物をより凶暴にする。
しかし、逆にその行動は読みやすくなる。
確実に魔物は相手を仕留めようと逆上する。
そこが狙い目だった。
メルダは、魔物が自分の急所めがけ飛んでくるのを確信し、相手が動き出した瞬間には、中段に構えた剣を突き出していた。
「これで終わりだよ!」
メルダは若い。しかし、幼いころから戦士として育った。経験は深い。
自分の喉に向け飛び掛かる二つの首のちょうどど真ん中に、彼女の剣は突き刺さった。
それは獲物の勢いも相まって、深く深く突き刺さり、一撃でこれを仕留める攻撃となった。
だが、ここに思わぬ誤算があった。
「まずい、深く刺さりすぎやがった…」
メルダは舌打ちする。
深く刺さった剣を引き抜くのは、実はかなり面倒なのだ。
当然時間がかかる。
だが、彼女は落ち着いていた。
「あのガーディアンが食われいる間にもう一匹を叩きに行けばいいか」
しかし、大介はまだ頑張って逃げ続けていた。
「こ、この魔物。結構動きが読みやすいであります」
ハアハア喘ぎながらだが、大介は大きな魔物の動きを的確に予測し、こまめに進路を変え相手を翻弄していたのだ。
ゲームの感覚とそっくりなのだ。
ただ、問題なのは、減っていく自分の体力ゲージが恐ろしく急速にエンプティーに近づいていることである。
早く来てください、メルダさん!
内心で祈りながら走る大介だったが、メルダはまだやっと突き刺さった剣を抜いたばかりで、彼女と大介の距離はたっぷり200メートルは離れてしまっていた。
剣を引き抜いたメルダは、まだ大介が逃げ続けていることにようやく気付いた。
「おいおい。頑張ってるじゃねえか。でも、遠いぞ、こりゃ」
再び舌打ちすると、メルダは走り出した。
だが、あまりにその差は開きすぎていた模様である。
この時、一回り大きな魔物は、大介まで数メートルまで接近していたのだ。
落ちてきた体力が、大介の速度を一気に低下させてしまったのだ。
ああ、やはり無理か。
もう一度、あの天国の門の前で交通整理するであります。
ついに大介は二度目の人生の終わりを覚悟した。
だが、その時だった。
ビュンと激しい風切り音が大介の耳元をよぎった。
「え?」
遅くなった足で逃げる態勢のまま振り返った大介の目に映ったのは、二個ある頭のうちの一個の脳天に深々と矢を突き立てられ、その衝撃で横飛びに転がる魔物の姿だった。
矢?
どこから?
疑問に思うのは当然だが、大介にも生存本能はある。
ここで逃げねばまた襲われる。魔物にはもう一個の首があるのだ。
大介は慌てて、草原の端に見える木立に進路を向け駆けだした。
メルダは最初、何が起きたのかわからなかった。
いきなり、大介を追っていた魔物が転がった。そうにしか見えなかった。
だが、彼女の動体視力は、すぐにそれをとらえた。
二本目の矢が、木立から飛んできて、メルダが目指していた相手の魔物のもう一個の脳天に的確に命中したのだ。
「おい、こんな見事な腕の奴って…」
走っていた速度を緩めながらメルダが呟いた。
口を全開にして、限界まで喘ぎながら大介は木立に転がり込むように逃げ込んだ。
魔物がどうなったのか確認する余裕はなかったが、彼はもう限界だった。
大介はその場で両手を広げ、あおむけに倒れた。
「も、もうだめであります…」
すると、その大介の顔を誰かが覗き込んだ。
「ねえ君、いい逃げっぷりだね。あそこまで粘る人間初めて見たかも」
目の前には、耳のとがった目の大きな少女が、その身体にあまりに不釣り合いな大きな弓を持って立っていた。
脳まで満足にいかない血液のせいで鈍った大介の思考でも、相手の正体は推測できた。
「え、エルフでありますか?」
大介の問いかけに、少女はにこりと笑った。
「そうよ。あたしがここに居て良かったわね。逃げてるだけじゃ、結局死んじゃってたかもね」
屈託ない笑顔でそう言い切る少女は、口元にその見かけとはかなりギャップのある冷たい笑顔を浮かべていた。