ワキコ

文字数 4,075文字

ドスーン。
 職人さんが汗水垂らして作ってくれた無数の鉄骨がバキバキに折れて千切れながら、ゆっくりとその形を変えていく。此処に居るとその倒壊していく風景は、ゲームやテレビで見るものとなんら違いは無いのだが、其れでもあれほどの砂煙の量を放っているので、おそらく近隣住民には大打撃な影響だろうなぁ。なんて思いながら、ワキコは頬杖を突きながら眺めている。
 そういう憂いの中、不図、目線を落としてみよう。しゃがんでいる足元には地面の上に整然と石っころが並んでいる。
「にじゅう、ろっこメ。」
 そう云いながら、ワキコは辺りを見渡し、是まで並べたサイズと同じくらいの石っころを、自分オーディションを開催して選別、良い感じのコを見つけたところで、丁寧に等間隔に二十五個メのコの隣に置いた。
「うん、イイね。」
 ワキコのお気に入りは真っ白くて小ぶりなコだった。
 市街を見渡せるこの高台の公園には、ワキコの好みの石っころが絶賛転がっていたのだった。市街から少し離れた自宅の二階の自室。誰にも内緒にしてある脇机の下から二番目の扉は、厳重に施錠されていたが、中にはワキコの超優良石っころコレクションが埋蔵されているのだ。
 そういう訳で、このビル倒壊の個数を数える為に配置した二十六個の石っころ達も、いずれは持って帰ってコレクションに加えてやろうと一人密かに画策していたのであった。是は全くもって誰にも迷惑を掛けない一人だけの野望だったのである。
 今現在、市街を悠然と歩いている大怪獣は、おそらくまだ散歩といった心持ちなのだろう。そういうくらいの歩幅で淡々と辺りを見渡し、つい一時間ほど前に突如誕生してからというもの、この地球という大地を物見遊山(ものみゆさん)ってくらいの心持で興味深く闊歩しているのだった。辺りをゆっくりと見渡しながら、大地を踏みしめる自分の足を感じながら、跳ね返る土とアスファルトの冷たさを感じながら、大怪獣は今まさに全ての世界の新鮮さを噛みしめている。
 翻って此の高台にしゃがんでいると、何処か分からない様々な場所からの、子供の泣き声や車のクラクション、大人たちの怒号が遠くに聞こえ、其処彼処から煙突のような煙が上がっている。遥か向こうに小さく見える信号機は、故障してしまったのか、気が狂ったように青の点滅を繰り返していた。
 ワキコは見下ろした先に見える、様々な阿鼻叫喚の光景を俯瞰しながら、ぼうっと鼻歌を歌っていた。
「ふーん、ふーん。ふーん、ふー。」
 大怪獣の大きさは六十メートル程だった。
 先ほどから大怪獣の上を自衛隊の飛行機が飛んでいる。やっと現着したようだったが、にも関わらず、飛行機は顔の周りをせわしなく飛び回る蚊と同じように、以前として何もアクションを起こさない。おそらく指揮系統が混乱しているのだろう。
「早くやっつけないと、大変な事になりますよー、だ。」
 デニムショートから伸びた白い足に赤と白の色違いのハイソックス、真っ桃色に染めたツインテールは初夏の日差しと青空に驚く程映えた。
 ワキコがしゃがんでいる後ろに、綺麗に整えられたスーツを着た二十代くらいの男が現れた。ワキコと並ぶと、幾ら派手に着飾ってもワキコの十四歳という年齢は際立った。
「また、こんなところに来て。」
 スーツ男は足元に転がっていた小さな石っころを一粒摘まんで、整然と並んだ石っころの所に並べる。
「あ。」
「今、あの背の高いビルに突っ込んでる。」
 スーツ男が右手の人差し指でちょちょいと市街の方を指す。その指先の動きを伝って、ワキコが大怪獣の方を追いかけると、確かに今まさに大怪獣がビルを破壊しようとしていた。
 破壊されているビルは、市街でランドマークとされているターミナルタワーだった。特徴的な最上階のフォルムだが、その部分はもはや跡形も無いほど崩れ始めている。
「なんで来たの。」
 ワキコは顔を後ろに捻って、スーツ男を見上げる。ワキコのツインテールが軽やかに揺れた。
「ん。一応、俺、お前の保護者だから。」
「… …保護者じゃない。」
「うーん、まぁ。保護者、みたいなもの。」
「… ………。」
 スーツの男は市街の方に眼を向けたまま、ワキコを見ないで云った。
 ワキコの方も其処まで云ったところで、やっぱりどうでも良いという風に、視線を市街に戻す。
 何時の間にか、大怪獣の動きが先ほどよりも激しくなっている。一瞬眼を離しただけなのに、その間に大怪獣はもう幾つもの建物を破壊していた。また、頭が青く何度も発光したかと思うと、眼から鋭いビームを真下から遠方に向けて発射した。其のルート上にある小さな一軒家や雑居ビルが、衝撃で遥か上空まで跳ね上げられながら、粉々に砕けていく。
「で、今から、お前はどうしたいんだ?」
 内ポケットから煙草の箱を取り出して、スーツ男は一本口に運んだ。ライターの火をゆっくりと見ながら、煙草に火をつける。まるで休憩中のようなリラックス具合の男である。
「… …。…旅行、かな。」
「… …何処?」
「台湾。」
「あー、台湾かぁ。俺も行きてぇーわ。いや、二年前に初めて行ったんだけどさ。あ、まぁ仕事でだけど。本場のルーロウハン。あれ、うんめぇね。もっかい食べたいんだなぁ。」
 スーツ男は空を見上げながら、かつて降り立った台湾の地での出来事に思いを馳せながら、魂を遊ばせている。
「うん、うん。」
「台湾行ったら、何したい?」
「台南を散歩したい。」
「台南かよ。台北じゃないんだ。」
 スーツ男が少し口角を上げて笑う。ワキコも其れにつられて、少し泣き出しそうな笑顔で笑った。
「うん。古い町並みを散歩したいの。」
「ふうん、良いんじゃない。」
「… ……」
「お前が決めた事なら、俺は止めないよ。」
「…なんで?」
「だって、俺、お前の保護者だから。」
「…… …」
「まぁ、保護者、みたいなものなんだけれど。」
 ワキコは、数の分からなくなった並んでいる石っころを、ぐしゃぐしゃと足で崩した。それから、手を払ってから立ち上がる。
「… …私が、やっつけないと、皆死ぬじゃん。」
 スーツ男を見上げながら、ワキコが真剣な顔を向ける。スーツ男は相変わらず、煙草を吹かしたまんま、我関せずといった風ほど、無責任だ。
「あたしの云ってる事、聞いてる?」
「… ……うん。聞いてるよ。」
「だって!あいつ、マジでヤバいんだよ。今までの奴とは違うし。多分、パワーもケタ違い。ノリコも、田中も、皆一瞬で、死んだ。生まれたばっかのあいつにやられて。それが、つい三十分前の事なんだよ!」
「うん。」
「うんって。」
 スーツの男は、深呼吸をするかのように煙草を呑んで、大きく吐き出した。あまりの煙の量にワキコの顔が歪む。
「分かってるよ。ノリコも田中も、一瞬で死んだ。あんなにも傑出した奴らだったのに、こんなにもあっけなく。だけどさ、だからって、俺はお前に、地球を救ってくれなんて、そんな重い言葉、安易には吐けないよ。」
「… ……。」
「お前達を生み出した機関、其れはきっと、俺たちの善意から生まれた希望だったかもしれない。だけれど、だからと云って、中学生のお前達にそれを背負わせて良い謂れは無い。お前達が普通のコと同じ感受性を持って、同じように笑って、同じような痛みを感じている事は知ってる。多分、普通のコより痛い事も辛い事も多いって事だって知ってる。」
「………」
「だから、良いんだ。お前はお前のやりたいようにやれば良い。全てほっぽり出して、旅行に行ったって良いんだ。俺たちの事なんて気にするな。大丈夫、俺ら大人が、お前達を守ってやるから。」
 スーツ男はそう云うと、ワキコの頭をぞんざいに撫でた。あまりにも力任せにするものだから、髪の毛が少しくしゃくしゃになったし、頭がこれでもかというくらい揺れて大変だった。
「…………… …………。……… …あのさ、」
 ワキコが俯きながら、声を出した。
 大怪獣の周りを飛ぶ自衛隊の飛行機達は、指揮系統の命令でマシンガンやミサイルで怒涛の攻撃を図っていたが、いずれも大怪獣に全くダメージを与える事が出来なかった。きっと足止めにもならなかった。だが、それらの攻撃と、市街の破壊しつくされた街並みは、大怪獣の野生の本能を徐々に解放させていくのだった。其れは大怪獣にとって、とても気持ちの良いことだった。もっともっと、大暴れして、自身の身体の使い方を全て把握したい。自分の力がどこまで出せるのか試してみたい、と大怪獣は思っていた。
「今までの怪獣たちも、こいつも。このコ達、全然悪いコじゃないんだ。」
「… ………。」
 スーツ男は煙草をくゆらせながら、黙ってワキコの言葉を聞いている。静かに、慈しみの眼差しを向けながら。
「このコたち、突然変異のように宇宙から襲来したり、恐竜時代から目覚めたりしてるけど、其れは久しぶりに目が覚めて、気持ちが良いから暴れ回ってるだけなんだ。私たちが、体育の授業で走り回るのと、おんなじ事してるだけなんだよ。」
「…… ……」
「私たちを殺そうって思ってやってる訳じゃ無いの。だけど、やっつけないと、みんな殺されちゃうから。だから……」
「…… …ああ。」
「… …… ……。… …だから、…… …ときどき… ……たまに、堪らなくなっちゃうんだよね。」
「……。 ……… …… ………すまない。」
「…… …… …… …うん。」
 そこまで云うと、ワキコはもう一度、市街の方を向いた。それから、大きく深呼吸をして、両手でツインテールをゆっくりと撫でた。
「… …… ……聞いてくれて、ありがと。」
「……ん。… ………」
 ワキコの身体が白く薄い光を放ちながら、宙に浮かんでいく。しばらくスーツの男を見ながら浮かびあがった後、地上から十メートル程あがったところで、燃え上がっている市街の方を見据えた。
「……… …… …んじゃ、行ってくるよ。」
 ワキコの身体が一瞬で消えた。後から突風が吹き、風切る音が聞こえた。
 スーツ男は、大怪獣が暴れ回り、自衛隊の飛行機が叩き落され、ビルが倒壊するところを、只ゆっくりと眺めていた。
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