サイキックフォースオメガ

文字数 5,471文字

 俺は今、東京湾上空に浮かびつつ、遥か向こうにいる

と相対していた。
 其れ、とは。つい一時間前まで、此の防衛首都東京で暴虐の限りを尽くしていた、トキタである。奴は、其の強大過ぎるサイキックパワーで、東京近郊を破壊しまくった。高層ビルはガラス細工のように砕け散り、高速道路は玩具のように倒れて行った。其処かしこで爆炎が発生し、自衛隊が命の危険に晒されつつ消防活動を必死で行っているにも関わらず、未だ鎮火の目途は見えない。そして、其れだけの破壊行為を行ったトキタの様子が突然静かになったのである。
 奴のサイキックは留まるコトを知らなかったようだった。詰まり、そのチカラを既にトキタ自身も制御しきれなくなったのである。トキタ次郎は既に五十歳を過ぎた年齢であったが、生物の老化とチカラの相関関係はマッタク比例しないコトが此の男を見て痛感せられた。
 トキタの身体が徐々に巨大化してゆき、土色になっていった。人間の形はそのままに、ただただ巨大になっていったのである。そして、奴は何を考えているのか、東京湾を沖へと只ひたすらに進んだ。そして、しばらく歩いた後、唐突に歩くのを止めてしまったのである。そうして、しゃがみ込み、俯いてしまった。
 俺は政府公認のゴッドサイキッカーたけし14歳である。ゴッドサイキッカーとは、政府から才能を認められたものたちが所属する、ゴッド超能力事務所の専属サイキッカーなのである。詰まり、政府が決めた悪者を退治するのである。俺は持ち前のゴッドサイキックフォースを何発も奴に食らわせて、ついに奴を東京湾に追い出したのだ。何の事はない。東京湾に追い出したのは俺の功績なのであった。
「奴は、今おそらく、エネルギーを充電している最中だろう。狙うなら。この冬眠状態である、今がチャンスだ!!!」
 俺は両手を天に向けて、今日一の集中力を高める。例えるならば、憧れの中学の女先生のスカートが、風に煽られた瞬間を確実に見逃さないほどの集中。今ならば、俺は頭の後ろからすかした教師の投げたチョークさえ造作もなく掴むコトができるだろう。そんな感じの、超イイ感じの集中力が、今正にクライマックスを迎えようとしていた!!!
 俺の両手の中で、時空を歪ませるほどの極大エネルギーがまんまーるく出来上がってゆく。そのとてつもないエネルギーを両手に感じる。あまりにも強力過ぎて、弾け飛ばされそうになるが、俺はかつての恩人たちの顔を一人づつ思い浮かべていた。そうすると、めちゃめちゃシャカリキパワーがでてきたのだ。
「………いっっっけえええええええええええええええええ!!サイキックフォース!!!オメガッッツ!!!!」
 俺は一気に両手を振り下ろすと、極大のサイキックボールが物凄い速さで大怪獣トキタの下へと飛んで行った。
「いっけえええええええええええええ!!!」
 真っ黒な時空玉が、周囲の草木をも飲み込みつつ、磁場を発生させながら飛んで行く。そして、ついに其の時空玉の極大投球術、サイキックフォースオメガが、大怪獣トキタの身体に着弾した、刹那。
「…………ッッツ」
 東京湾で、とてつもない大爆発が起こった。其の爆発で、大量の海水が巻き上げられ、魚と漁船までもが宙を舞った。まるで地殻変動が起こったかのように波は荒れ狂い、暫くの間、俺は其の光景を直視することができなかった。天候は突然、暗雲となり、稲妻が遠くで轟いていた。
「…… …… …… …」
 俺は時間差で降り注ぐ雨のような海水を浴びながら、すべてが終わったコトを悟った。初恋の女の子、クワバラ絵里も大怪獣トキタのサイキックに無残にも殺されたのだ。正しくは消し炭になったのだ。
「…… … ……終わったか…… …… …… ……… …」
 すべての人々の協力と、俺の類まれなる力。そのおかげで、なんとかこの最強最悪の敵に勝つことができた。本当に安堵して、俺はほっと胸を撫でおろし… …
「…… …おい。」
「…………… …… …ほっ……… …。……やっと、終わったのか…… ………」
「おい。」
「……… ……… …ん?…… ………… …今、なんか聞こえたような…… …」
「おい!…… …おい、て、読んでるやろ、此のアホ」
「…………は、はい?… ……って、えええええええええ」
 眼の前には、確かに消し炭と化したハズの(実際はそうなったかはちゃんと見てない)大怪獣トキタが、その巨大な姿を其の儘に、此方に顔を向けて腕組みして立っていた。
「大怪獣トキタ!!貴様、まだ…… …… …」
「… …待て待て待て待て!ちょっと黙っとれッ!お前はッツ!」
「は、はい!?」
「ほれ、ここや」
 トキタが突然、頭頂部をこちらに向けてくる。
「……… ……… …… …」
「…… …みえるか?」
「……… …… …は?」
「……見えてるか?ちゅうとんねや」
「…… ……… …… …… …… …」
「見えてるんか!?て、聞いてるやろ、このトンマ!」
「…… …み、み、……え?… …え?…… …み、見えてるって… …あの、な、何が?」
「……けっ。… …己もすこぶる鈍いやっちゃのお。… ……よう見てみいや、ワイの頭。頭頂部の横のトコ。… …ちょっと赤なってるやろ!」
「……… …… ………。…… ……… …あー…… …あー、マァ、確かに」
「なんでや」
「… …は?」
「なんで、こないになってんのや」
「………… …… …… …… …。………… …え!… ………え?… … …」
「な・ん・で!… …こないな風に、なってま・す・のんや!って、ワシが聞いてますねんけど!?… ……お兄さん、わたいのゆうてるコト、耳聞こえてまっか!?」
「………… …… …… ……なんで、て …… …… …」
「………… …チェッ。ほんまに、埒が明かんのう。」
「………… …… …」
「アンタが今しがた、投げた、あー、そのー、なんや、ホレ」
「……… …… …… …」
「それやん。今、なんか、ゆうてたやん。あんた。」
「……… …… …」
「ほら、ちょいと。なんともゆわんと、ホレ。なんでしたかいな」
「……… ………サイキック…… …… …」
「そう!!そうそう。その、ファナティック……… …」
「…… …フォース… ……」
「ホース…… …」
「… ……オメガ」
「おまんじゅう」
「…… …ぜんっっっぜん!違う!!」
「なんでぇ。フランシスコ、ランデブー、おまんじゅうでっしゃろ」
「ウザさが進化してる」
「マァ、なんでもかまへんねや。その、な。お前さんが、投げたそのー、でっかい玉がよ。わいのこの、頭のてっぺんに当たったワケ。アンダスタン?」
「おっさんの唐突な英語腹立つなぁ…… …」
「な、これよ。もう、おっちゃん、めちゃめちゃ痛かったワケ。な?分かる?おっちゃん、涙ちょちょぎれて来たってワケよ。涙ちょちょぎれの介。ね?」
「それはお前が東京を破壊したからだろ!!!!」
 大怪獣トキタは、左右の掌をチョップのように立て、その両方のチョップを右から左へ箱を移動させるかのような動きをさせた。
「マァ、その辺の話は置いといて… ……」
「都合の悪い話は()(ちゃ)っるスタイル!」
「ほんまにおっちゃん痛くて泣いてもてんから。ほんまやで?びっくりするほど痛かってんもん。… ……。……ア。あんた、嘘や思てるやろ。私が嘘ゆうてるとおもてるやろ」
「… …いや、別に、そんなん思てないですけど」
「いや、おもてる。絶対おもてるわ、自分。そんな痛ないのに、わざと痛い痛いゆうて人困らせてると思ってる。ややこしい奴やと思ってるやろ」
「……いや、別に思ってませんて」
「おかあさーん!」
「は!?」
「おかあさーん!!ワイ、泣いてたやんなぁ!!」
「…… … … …おかあさん!?… …ま、まさかッ… …新手のサイキッカーかッ!?」
「…… … … …… …… ……ふむふむ………」
「………… ……… …」
「…… …ホラ!おかあさんも、頭に当たったとこ見たってゆうてる!!」
「架空の存在でしたか… ……」
 俺がそういうと、その言葉で大怪獣トキタは瞬間的にツブラな瞳で真顔になり、淡々と俺に向かって言葉を紡いだ。
「なんで?おかあさん、いるよ。ワイの隣に今も立ってるやん。」
「……… … ……」
「……… …… ………… …」
「…… … ……。……… … …あ、どーも。始めましてー。僕、今、トキタさんと戦わせてもらっております、ゴッドサイキッカーのたけしと申します。金剛羅漢中学校2年生、花の14歳です。はい、どうも。はい… ………」
 世の中には触れて良いコトと、触れてはならないコトがあるのである。多分これは触れてはならない方だ。俺はとりあえず、おかあさんの件についてはいい感じにトキタに話を合わせた。
「… ……ほんでよ。」
「…… …… …まだ何かあるんですか」
「何ゆうてンねん。まだ、話終わってないやろがい」
「だから、何なのですか」
「お前さんの、傷害の話や」
「…… …は!?……傷害??」
「ああ。これは、立派な犯罪行為やでぇ。何もしてない人間に対して、頭をボーンと、玉をぶつけてきたワケやからな」
「いやいやいやいやいや。… …さっきも申し上げましたけど、そうなったのは、あなたが東京を破壊したからでしょ!?あんたが、そんなコトしなかったら、俺もおっさんの頭に玉なんか、ぶつけなかったワケですよ」
 トキタは先ほどと同様に、簡素な手つきで左右の掌をチョップのように立てはじめ、その両方のチョップを、流れるような速やかな動きで右から左へ箱を移動させるかのように動かした。
「マァ、その辺の話は置いといて… ……」
「なぜ!!!」
「…… お兄ちゃん。ところで傷害罪って、罪どれくらいか、知ってる?」
「…… …は?…… …は?…… …な、なんで俺が、犯罪になるねん!!!」
「15年や… … ……」
「…… …!… …」
「15年ゆうたら、めちゃくちゃ長いなぁ。マァ、そこまでにはならんでも、過去の判例から見ても、10年は下らんやろうなぁ。さっき、お兄ちゃん、14歳、ゆうてたやんな。14歳からの10年って、かなり大事なんと違うかなぁ。高校時代の甘い初恋、修学旅行、20歳のトキの熱情溢れる愛の無い獣のような一夜。そんなイベントの全てが、無くなってしまうんやからなぁ。」
「…… …は?…… …なんで、そんな、そんなコト、捕まるワケあらへんやん、たったこんなコトで… ………」
「… ……こんなコト!?お兄ちゃん。今、こんなコト、って云わはりました!?こんなコト?人様に怪我させといて、それを、こんなコト、やて?」
「…… …あ、あ、いや…… ……」
「これは、このような、感受性は、わたしは由々しき事態やと感じますケドねぇ。こんなに若い男の子が、人を傷づけてもかまへんやなんて。そんな、恐ろしい心をもっている子供が、これから大人になったら、どんな恐ろしい人間になってしまうんやろ」
「……… …お、…お、お、俺は!そんな悪い人間になんか、絶対になるワケないやろ!!!」
「そうか?… …あんたは、ほんまに絶対に悪い人間にならんって、自分に誓えますか?ほんなら聞きますが、あんたは、電車で眼の前に年寄りのおばあさんが立ったトキ、席を譲らないといけないコトは分かっていたのに、寝た真似でやり過ごしたコトはないですか?」
「…… …… …!… ……」
「… …或いは、テストのトキにだーれも見てない所を見計らって、となりの秀才のテストをのぞき見したコトはないですか?友達の消しゴムが机から落ちていたのに気づいてたのに、面倒だからそれを知らんぷりしてしまって、その消しゴムが箒で掃かれてゴミ箱に捨てられたコトはないですか?」
「……… …… …そ、それは…… …… …… ……」
「少しは思い当たる所、あるんと違いますか?」
「…… …… …… …… …。…… …… …… …………」
「…… …… …マァ、そういうワケですから。公正の余地もなさそうですので、ワイは今から、速やかに弁護士さんに相談して、しかるべき措置をとらせてもらいますから」
「……!…… …や、やめてください!!!」
「…… …いや、もうあきまへん」
「す、すみません!!!僕が間違って居ました!!すみません、玉をおっちゃんの頭にぶつけたの、すんませんでした。」
「…… …… …ほんまに反省してるんやな?」
「… …はい。… ……めちゃめちゃ、してます… ……」
「…… ……。…… …… …信じてええんか?」
「…… …… …はい。…本当に、本当に申し訳ありませんでした…… …… …」
「……… … ……そっか。…… …… …… …ほな、許すわ」
「… ……え?」
「……… …うん。ええよ。…… …… …なんか、お兄ちゃんのほんまの気持ちが見えた気がしたわ。」
「じゃ、じゃあ…… ……」
「訴えるのは、やめる。……… …もう、この話はこれで終わりや!… …もう何もかんも忘れよう!これからは、一対一の人間として、しっかりと生きて行こう。」
「… ……ああ。良かった…… …… … …」
「おう。しっかり、生きていこな、兄ちゃん!」
「…… …… …はい!!」
 トキタはそういうと、親指をぐっとしてイイ感じの笑顔を見せた後、海上をアメリカ方面へと歩いて行き、やがてその姿は消えた。俺は、どこか晴ればれとした気持ちで、いつまでもその姿を見送っていた。
 それから、ゴッド超能力事務所へ帰社後、その一部始終を上長に報告すると、烈火の如くぶち切れられ、蹴られた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み