第5話

文字数 1,009文字

 事件が起きたのは、それから一週間も経たない。都庁が乗っ取られ、都知事が人質に取られたのだ。完璧に管理されたはずの都市ではありえないはずのことだった。
 当然、保安部隊はほぼすべて現場に駆り出された。都知事はなんとしても守らなくてはならない。事件を防げなかった汚名を晴らすため、犯人確保に全力を尽くすだろう。そして、これだけのことをやらかしたのだから、保安部隊は犯人を生かしはしないだろう。
 しかし、そんなことはどうでもいい。問題はテロリストのトップが、圭人と取引をした相手だということだ。いずれ圭人にも捜査の手が伸びる。伶央は隙をついて逃げ出していた。
 この都市が、完璧でないはずがない。それは伶央がよく知っていた。テロリストの男が入り込んだのも、今回の事件もすべて許されたから起きただけだ。やつらが把握していないわけがない。全ては余興だ。

 伶央は、圭人の家ではなく、この都市の出入口へと向かった。都庁公認の正式な出入り口ではない。都市の隅にひっそりと立っている、裏門だ。普段から警備が多いわけではないが、今回の騒動でさらに手薄になっている。そこはカモフラージュとして、今は使われていない古い小さな病院になっている。中には何もなく、綺麗に片づけられてた。一番奥の部屋が少しだけ開いている。鍵穴にこじ開けた跡がある。そっと覗くと、薄暗い部屋にパソコンの青い光がぼんやりと浮かんでいた。そこでなにやら作業をしている圭人がいた。
 伶央が部屋に入ると、圭人に少し驚いたように目を見開いたか、すぐにフワッと笑った。
「開きそうなんだ。もうすぐ」
 パソコンをカタカタと操作しながら、伶央が浮かれた声で行った。部屋の奥、少しだけ新しい黒いドアがある。それは外へと繋がっている扉。
「こんなところに居ないでさ、一緒に行かないか」
「行かない。お前こそ、残る気はもうないのか」
圭人は寂しそうに首を振った。わかっていたのかそれ以上は誘わなかった。
「外の世界だって、想像しているより、ずっとつまらない」
「行ってみないと分からないだろう。止めに来たのか?」
「別れの挨拶だよ。行きたければ行けばいい。今は拳銃も持っていないしな」
 伶央は持っていないことをアピールするかのように、手をぶらぶらと振った。
「じゃあ、しばしの別れってやつか」
「ああ、さよなら圭人」
 圭人は楽しそうにニーっと歯を見せた。玲央は圭人に背を向ける。
 最後にドアが開く音を聞いた。
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