第1話

文字数 761文字

 横笛の懐かしい音色、三味線の軽やかな響き。カランコロンとなる下駄の音。都会らしいハイカラさは一切ない、あまりに垢抜けない低い建物の並んだ景色と、古びた提灯の目を引く赤。踊りやぐらを中心に同じ動きを繰り返す群衆たち。やがて訪れるぼんやりとした思考。高揚感。


「いつまで、そんなものを見ている」
 ブツんと音を立てて、真っ黒になった。
「酷い。せっかく、人が見ていたのに」
 椅子に座り、テレビで盆踊りの映像を見ていた高橋圭人は顔を画面に向けたまま抗議の声を上げる。
「そんなもの見て、何が面白いんだ? 今はもうないのに」
「だからこそだろ」
 リモコンでスイッチを切った横尾伶央の質問に、圭人は当然のように答えた。テレビ横のボタンを押し、起動させるとディスクをセットした。
「まだそんな古いもの持っていたのか、それは廃棄するように言われただろう」
「でも、くれたのは伶央だぜ」
 その言葉に伶央はぐっと言葉に詰まった。たが、あまりに渋い顔をしていたので、圭人は映像を見るこのをやめた。手に持っているパッケージには、昔の観光名所の写真が載っている。
「この祭の映像もさ、盆踊りっていうの。まるで、そこにいるみたいだし。そう思わない」
 伶央は何も答えない。映像が消えたこともあり、しばし沈黙が流れた。
「ほら、この祭りもこの場所も、お爺ちゃんが生きてた頃の映像だから、俺らのルーツだよ」
 返事がないのは、予測済みだったからなのか、圭人は特に気にした様子はない。
「……でも、今はないだろ」
「そうなんだけどさ」
 伶央は無駄だといわんばかりに腕組みをし、圭人を睨んでいるが、圭人に気にしている様子はなかった。
「でも、絶対あると思う。天然ものの『イナカ』。俺はそれを見てみたいと思う」
 圭人の夢は幼い頃から、変わらなかった。そして、それは伶央の夢でもあった。
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