第3話

文字数 1,138文字

 伶央は務める会社の一室に呼び出された。机と椅子が規則正しく並んでいる部屋だ。その前には監視カメラに映された住民の姿を映す無数のモニター。その一つに圭人の姿が映っていた。
 夜の路地裏で男と違法に、生の林檎の取引をしている。加工されていないものを都市に持ち込むことは犯罪行為だ。監視されていることも知らずに、複数個の林檎を抱え、そのうちの一つを幸せそうに頬張っている。
「ありえねー。生モノを喰うなんて野蛮人かよ」
モニターを見ていた、同僚が心底気持ち悪そうに吐き捨てた。
「お前の知り合いなんだろう、伶央。彼はなんて言っているんだ」
上司が、圭人に尋ねる。
「言っていることは変わりません。外に出て、天然のイナカを見つけたいと」
「天然のイナカ? そんな不確かなものを探しに、死んだ土地に行きたいってか」
呆れたように同僚は笑う。常識だった。

 日本と呼ばれた土地が、日本の形を保っていたころ、感染病の流行や災害の連発、経済の悪化などで治安が乱れた時代があった。国の政府は、東京都という当時の首都を優先的に助け、金を多く注ぎ込むなどの優遇をし続けたという。これが、地方と首都の対立を生み、やがて争いに発展していく。これがあの有名な日本内乱である。内戦な長期化したが、圧倒的な力を持つ東京を前に、地方は次々と倒れ、やがて、東京都一つを残し、全滅した。東京都は、地方の反乱を恐れ、徹底的に殲滅したのだ。結果的に東京都以外の都道府県のほぼすべてが人が住めないほど荒廃した。まだ東京都も大きな被害があり、ギリギリ人が住める地域にこの都市は造られたという。
 少なくなった資源と生き残った人類を増やすため、残った技術を全て注ぎ込んだAIにより、統治された都市。今日まで生き残れているのも、この都市のおかげである。そう教科書には書いてあった。
 
 もっとも、外にもわずかに生き残りの人間がいる。しかし、それは、外に居続けることを選んだ人間だ。その内戦で東京都が散布した毒薬のせいで、都市の洗浄された空気に長いこと馴染んだ人間は適応出来ないとされる。よって、一般都民は外に出ることは禁じられ、外のものを中に持ち込むこともできなくなった。全てはこの都市の中で完結していく。
 
「とにかく、お前はこいつが外に出ないよう見張っていろ。俺たちは、男の方を探る。保安部隊として、秩序を乱すものは許さない」
上司の指令に返事をする。知り合いというのもあるが、伶央の歳でこの仕事は大きい。上司に信用されているから、このような仕事を任されている。
「こんだけ、期待されてるんだから、成果出してね。伶央さん」
 同僚がにこやかな笑顔で肩を叩いてきた。目が全然笑っていない。
 部屋を出ると、圭人は小さく息を吐いた。あの空間は息苦しい。
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