第4話

文字数 1,282文字

 伶央はそのまま圭人の家に向かった。エレベーターで七階に上がり、ドアの前に立つと、ガチャンとひとりでにドアが空いた。
 ちゃんちゃんちゃんっかっかっかという盆踊りの軽快で、気の抜けるリズムが聞こえてきた。飽きもせず、また映像を見ている。
「切れ、うざったらしい」
入ってすぐに苦言を呈した伶央に、圭人は口を尖らせた。
「そんなこと言うなよ。これ食べる?」
止めるつもりはないらしい。差し出されたのは生の林檎だった。本物を見るの初めてだか、思ったより、赤くない。
「……どうやって食べるの?」
「丸かじり」
 圭人は、大きく口を開けて、豪快にかぶりついた。その豪快さに、一瞬呆気に取られつつ、伶央は小さくかぶりついた。力が入ってなかったせいか、歯が滑る。気を取り直して、もう一度大きくかぶりついた。
「……甘いんだな。思ったより」
「だろ! やっぱり生は最高だな」
 伶央の言葉に圭人は満足した様子だった。こんなことを保安部隊に知られたら一発でクビになる。
「林檎を取引するときに会っていた男、あれは誰だ?」
「あぁ、外の住民なんだ。やり取りし始めたのは、一年前くらいだな。面白い奴だよ。大きなことをしようとしているって。」
 伶央は、特に慌てた様子もない。保安部隊ならこれくらい掴んでいるのは当然だと分かっていたのだろう。
「大きなこととはなんだ? 誰があいつをこの都市に入れた? 出入りには政府の許可がいるはずだ。データに一致する人物はいなかった」
「さぁ、わからないよ。それを調べるのは、保安部隊の役割だろう」
 圭人はリンゴを食べ終わり、手をティッシュで拭いた後、グゥーと伸びをした。この話を続ける気はないようだった。二人は何も話さない。流れてくるのは、男の高く伸びのある唄だけだった。黙って睨みつけると、ようやく圭人は音だけ消した。
「盆踊りって人々の結束を繋げるためだけじゃなくて、死者を供養するための儀式なんだよ。あの世からやってきた先祖様があの輪に混じって一緒に踊ってるんだって」
 いきなり話しだした圭人に眉をひそめつつ、それで、と促すと、圭人の口調がやけに早くなった。
「昔の内戦で、この都市は多くのものを犠牲にした。文化も人も捨ててしまった。今も彷徨っている御先祖様のためにも、祭りを開くべきだ」
「ゴミも出るし、うるさくもなる。密集度も増す。お前は馬鹿騒ぎしたいだけだろう」
「余計なものを切り捨てたから、俺たちも都市もみんなつまらなくなったんだよ」
 伶央が、ため息をついたとき、ピコンピコンと、携帯端末が震えた。液晶画面には『明日十時三十七分から十二時二十四分まで雨が降ります。傘を忘れないようにご注意ください』と表示されていた。断定形なのは、一度たりとも外れた事がないからだ。
「雨が降るってさ。珍しいな」
 この雨すらコントロールしていると都庁はいっている。
「つまらないよな、一度ぐらい予想外の大雨になって、雨の中文句でも言いながら、走って帰りたいよな」
 携帯端末を見つめたまま、圭人はつぶやいた。予測できない大雨なんて迷惑以外の何者でもない。だが、特に反論する気にもなれなかった。
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