第6話

文字数 800文字

しばらくして、若者は我にかえった。どうやら、ずいぶんと寝てしまったようだ。あの神様や薬は、夢だったのかもしれない。ああ、明日もつまらない仕事へ行かなければならないのか。うんざりだな。そう思って起き上がろうとしたとき、若者は気づいた。

(あれ、体が動かない)

足が固定されているようだ。そもそも若者は、横になっていなかった。太陽に向かって立っていた。

(一体、どういうことだ?)

状況を把握しようともがく。しかし、どうにも動くことができない。そして、うっすらと全身の感覚が今までと違うことに気づく。

(足というものがそもそもないんだ。根になっている!)



植物になっていた。

若者は、その事実にうろたえ、恐怖をおぼえた。しかし一方で、人間社会の面倒なことから、完全におさらばできたと思うと、少し喜ばしい気もした。

それにしても、なんだか苦しい。人間だった頃よりも、とても苦しい。なんだろう、この感覚は。

渇き。

そうだ、これは渇きだ。もはや、のどという器官はないのだが、のどがカラカラに渇いているような、そんな気分。

体が乾く。もっと、水をくれ。

若者は自らの根っこで水分を吸収しようとした。しかし、どうにもうまくいかない。最初は、まだこの体に慣れていないから、吸い上げるのが下手なのかと思っていた。しかし、どうやらそうではないらしい。もとより、ここの土の水分がとても少ないようだ。

(なんと大変な場所に生えてしまったのか。我ながら、ついてない。苦しい)

こんなに苦労するのなら、植物にならなきゃよかったと、若者は思った。人間のままでいた方が、よかったかもしれない。とはいえ、今更どうやって人間に戻ればいいのか、まるで検討がつかない。

彼は植物となってなお、自分の置かれた状況にもがき苦しみ、悩みに悩んだ。それでも、生きていかねばならない。もはや、このまま植物としてがんばるという選択肢しか、残されていなかった。

若者は、覚悟を決めた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み