第1話

文字数 774文字

その若者は、疲れきっていた。目の下にはクマができている。ここしばらく激務が続いて、あまり寝ていないのだ。



やっと明日は、待ち望んだ休日……のはずが、会社の研修が入っている。なぜかいつも休日返上で、定期的に参加させられる。

どのような研修かというと、こんな感じだ。

まず、どこかのだれかの成功体験を聞かされる。

苦しい状況でも、笑顔を忘れずいつもポジティブに努力しよう。人々を喜ばせることが私の幸せ。

といった、どこにでも落っこちているようなストーリーを、あたかも自分だけのユニークなストーリーであるかのように、登壇者は熱く語る。

そして、ちょうど受講者が感動したところで、「なにがあってもあきらめない!やればできる!」というようなことをみんなで合唱する。



不思議な高揚感。

そうして受講者は、意気揚々といつもの理不尽な労働環境にもどっていく。

若者はうすうす気づいていた。

研修に参加した直後は、よしがんばろうという気になる。しかし、いざ日常にもどると、必死に働いたところで、給料はあがらず、サービス残業だけが増えていく。

一緒に盛りあがり、絆を深めたかに思えた同僚たちも、あっというまにギスギスした人間関係にもどる。

自分の時間やエネルギーをただ搾取されているように感じ、またやる気が底をつく。

そして、

(この過酷な状況に耐え続けた先に、何かいいことがあるのだろうか……)

と、まっとうな疑問が頭をよぎる。

このタイミングで、また研修が投入される。ずっとそれのくり返し。

そうやって若者は、目の下のクマがとれない生活を続けている。

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