Vol.13 START LINE

文字数 4,711文字

 ゲリラライブがあった次の月曜日。首謀者のハルは停学三日間。僕と涼とミブは二日。受験生にこのペナルティはきついが、それを覚悟でやったんだから、仕方ない。うまく逃げた舞くんは、他校の女子生徒だと思われたらしく、お咎め無し。ユーイチくんも僕らと当日接触がなかったとされ、彼もまた、無罪放免になった。親衛隊の皆も、他校生の舞くんに翻弄されただけと判断され、よかったことに厳重注意だけで済んだ。
 停学中でありながら、僕、涼、ハルはうちの事務所に来ていた。ハル曰く、「停学しているからって外出してはいけないわけではない」らしい。そういう訳ではないと思うけど。
 しばらくすると、舞くんとユーイチくんが事務所へやってきた。二人は何だか嬉しそうな、困ったような笑顔で僕らに今日の学校のことを伝えてくれた。
「俺らすごい有名人になってたよ! 会うヤツ全てに先輩達のこと聞かれてさぁ。その上、覆面男が、西園寺先輩と双子でしょ?」
 舞くんが嬉しそうにはしゃいでいた。でも、反面複雑そうだった。
「本当は僕らも停学なんだろうけど……先輩達だけ罰を背負わせて、ごめん」
舞くんはうなだれた。ユーイチくんもそれは同じ意見だったらしく、二人して頭を下げた。
「いいよ、覚悟の上だったしね」
僕は二人に笑顔を見せた。涼もハルも一緒に笑っている。覚悟の上でやったことを今になってどうこう言っても仕方ないことだし、そんなことで悔やむくらいだったら、最初からやっていない。
「でもさ、俺、部活サボりまくってたのバレバレでさ。今日も結構しごかれちゃったよ」
 明日からも、毎日放課後練習だそうだ。舞くんは部活よりバンドの方を優先してくれたのはありがたかったが、サボった代償は彼も大きかったようだ。第一、舞くんはスポーツ推薦枠で入学してきた生徒だ。そこはちゃんと考えてあげてなかった僕らの責任でもある。舞くんにも申し訳ないことをしちゃったな。
「それより、ミブと西園寺はどうしたか分かるか?」
 ハルは舞くんとユーイチくんに聞いた。ミブは昨日から何回も携帯やメールで連絡を取ろうとしても、繋がらない状態だった。昼頃、うちに来た後も何度か連絡をしたのだが、音信不通だ。あんなことがあった後なので僕らは不安に思っていたのだ。
「それが……ちょっと」
 ユーイチくんの話だと、ミブも一日停学になったらしい。だから学校に来ていないのはわかるのだが、問題は西園寺の方だった。どうやら、彼も学校に来ていないようなのだ。
西園寺と仲良くしていた連中も、今回のライブの一件で、どうやら彼から離れようとしていた。
『今まで仲良くしてたけど、代役を立ててやってたんだろ? 最悪じゃん』
『そんなヤツと友達なんて、ゴメンだね』
『家が名家だから、恩売っておけば何か見返りがあるかと思ってたけど、そうでもなさそうだ』
 このような冷たい意見ばかりが噴出していた。
「ハル」
 僕らはハルを見た。拳を震わせて、黙っている。やはり僕らがやったことは間違っていたの
だろうか。いや、間違っていない。そう信じたい。
「仕方ないな」
ハルは大きなため息をついた後、突然立ち上がり、ドアに向った。
「どこか行くの」
 僕らもハルを追うように立ち上がる。
「ミブん家」
 ひとことだけ言うと、事務所のドアを開ける。僕らもそれに続いた。

 ミブの家は、高校の最寄りの駅から各駅停車で二駅先にある。小さい駅ではあるが、ショッピングモールとよくコンサートやライブで使われる大きなアリーナがあるため、結構繁栄している場所だ。駅の近くの広場から二百メートルのところに大きなマンションがある。そこの最上階の二部屋が、ミブの家らしい。
「すっ、げぇ……」
 僕らは皆、息を飲んだ。ミブは確か、小学校五年以降は施設に預けられたはずである。それがどうして、今こんなにすごいマンションの最上階に居を構えているのだろうか。それに関しては、ハルが教えてくれた。
「ミブは中学卒業した後、親父さんのバンドの元メンバーが後見人になったんだよ。それで、今はその人と暮らしているらしい」
 と言っても、そのミブの後見人は、いつも海外を飛び回っているらしく、ほとんどこのマンションには住んでいないらしい。そこで、いない時の留守番係として、ミブが住んでいるのだそうだ。
 最上階は二部屋しかない。その二部屋とも後見人所有のようだ。よっぽど金持ちなのだろう。僕らはどちらの部屋のインターホンを鳴らせばいいか迷ったが、とりあえず左の部屋のインターホンを鳴らすことにした。
ピンポン、とベルが鳴り、しばらくすると中からパタパタとスリッパで歩く音が聞こえた。そして、ドアが開くと、Tシャツにハーフパンツのミブが出てきた。もちろん、今日は覆面をかぶっていない。
「皆、どうしたの?」
 ミブはきょとんとした表情で、僕らを見た。そんな表情のミブに、ハルは一喝した。
「お前、携帯に何度も連絡入れたんだぞ? 何かあったんじゃないかって、心配したじゃないか!」
 ハルはミブの襟首をつかんで凄んだ。
「ごめん、携帯充電してて、ゲームしてたから気づかなかった……」
 その悪意のない答えに呆れたのか、ハルはつかんでいた手を離した。
 ここで立ち話もなんだからと、ミブは部屋に上げてくれた。廊下を通ると、一番奥に広いリビングルームがある。僕らはそこに通されたのだが、意外な人物が待ち構えていた。
「さ、西園寺?」
 僕らは驚いて、声を上げた。ミブと同じような格好でくつろいでいた向こうも、驚いた顔で僕らを見つめていた。
「げっ」
持っていたコントローラーを落とす。西園寺もミブと同じく、Tシャツにハーフパンツだ。同じような格好をしていると、目の下の傷がないと、さすがにどっちがどっちだかわからない。
ミブはお茶を入れにキッチンへ行ってしまった。西園寺と僕らの間には、確執がある。リビングルームに沈黙が流れた。昨日の今日で、西園寺のコンサートを壊した僕らとしては、話しづらい。西園寺も同じ気持ちなのか、もじもじとその場に正座している。
「おい」
沈黙を破ったのは、ハルだった。さすがにこういうときには頼りになるリーダーだ。
「何でお前がミブの家にいるんだ?」
 ドスの聞いた声で、ハルが西園寺に聞く。それに萎縮しながらも、西園寺はぽつりぽつりとしゃべり出した。
「あのライブで、祖父母に勘当された」
 僕らは目を丸くした。西園寺は小声だが、成り行きを話してくれた。
 コンサートは僕らの乱入で急遽中止になった。一応無料でやっていたことなので金銭的な損害はなかったのだが、双子の兄、『東田海生』の存在が明らかになったことで、今まで大きなコンサートなどにミブを代役で出していたことがバレた。このことは、西園寺家に泥を塗る行為だ。校長や来賓にお詫びをしたところで、この汚点は消えない。祖父母より遅く帰宅した西園寺を待っていたのは、厳しい仕置きだった。まず玄関で冷水をかけられ、玄関前で代役を使ったことを土下座して謝らせた。その上で、西園寺の荷物が入ったダンボールを投げつけられ、勘当を言い渡されたのである。
 結局行き場をなくした西園寺は、ずぶ濡れの状態で双子の兄、ミブを訪ねてきたという訳だ。
「今日、もう一度祖父母に連絡したら、一応、高校卒業までの学費は出してくれるって言ってたけど……」
 もう、頼る人間がいなくなってしまった西園寺は、いつもの高飛車な態度はどこ吹く風で、
今は小さくうずくまっている。
「そうか」
 ハルは呟くと、下を向いた。
 最初にライブをしようと思ったのは、西園寺を見返すためでもあったと思う。でも、西園寺
が人を見下した発言をしていたのは、自分に自信がないからではないかと、ふと気づいた。
 ミブも西園寺も、西園寺家の呪縛にかかっていたのだ。片方だけ逃がす訳にはいけない。や
るからには二人とも逃がすしかない。ハルはそう考えたのかもしれない。
「で、ミブとも色々話したんだけど」
 西園寺はハルを見据えた。
「俺、西園寺家と縁を切る」
「えっ?」
 ハル以外の全員が驚きの表情を見せた。いくら勘当されたからといって、しばらく経てば、戻れるかもしれないのに、自ら絶縁宣言するとは。
「俺さ、西園寺っていう家にも、ミブにも甘えすぎてたと思う。だから、これからは自分の力でやっていきたいんだ」
 西園寺が宣言したと同時に、ミブが人数分のコーヒーを運んできた。
「僕もね、那波の意見に賛成なんだ」
 足でドアを閉め、テーブルにコーヒーの入ったマグカップを並べる。
「昨晩徹夜で話し合って決めた」
「だけど、どうするの? 大学受験するのだって、もうあまり時間はないよ?」
 僕は思わず口を挟んだ。祖父母に捨てられた西園寺が、これから何をするのか気になった。
「俺、独学で音大行くよ」
 ミブの持ってきたコーヒーに口をつけて、あっさりと西園寺は言った。
「これが俺のできる最大限のじいさんとばあさんへの罪滅ぼしっていうか、まぁ、復讐でもあるけど」
 複雑そうに西園寺は笑った。
「ありがたいことに、樹さん……あ、僕の後見人なんだけど、その人も面倒見てくれるっていうからさ」
 ミブも笑顔を浮かべた。ハルもその笑顔を見て、安堵の表情を浮かべた。多分、ライブ後、
かなり悩んだんだろう。今日もうちの事務所に朝一番に乗り込んできたし。結構アツいヤツだ
からな。
「あと!」
 西園寺は僕らを見渡して、おどおどした口調で話し始めた。
「皆のこと、バカにしたりして、ごめん。俺、自分が選んだ道なのに、好きなことができないからって、皆に当たったんだと思う」
 今までの西園寺とはまるで別人のようにうなだれて、元気なく謝った。
「俺らはいい。それより、兄貴にはちゃんと謝ったのか?」
 そうだ。僕らはただちょっとバカにされたくらいだ。でも、ミブはそれ以上の仕打ちを受け
たはずだ。ミブは西園寺に騙されたから、施設に入らざるを得なかった。それからは運良く後
見人が現れたからよかったものの、もしかしたら人生が大きく変わっていたかもしれないんだ。
「もちろん。ミブには本当に申し訳ないって、許してもらえるわけないって思ってる」
 西園寺は大粒の涙をにじませた。そこに割って入ったのがミブだった。
「昨日、そのことで散々謝ってもらったし、もう許すことにしたんだよ。それに、僕はある意味自由に好きなことができてたんだ。もちろん後見人の樹さんに出会ってからは、父と同じ音楽もできたし。でも、那波はずっと西園寺家に縛られて、自分の時間なんてなかったと思うんだ。そう考えると、どっちもどっちじゃない?」
 ミブはそこまで話すと、近くのティッシュを那波に渡した。やっぱり、どんなことがあって
も、血が繋がってるんだな、この兄弟は。
 僕はこの光景を見て、やっぱりコンサートをぶち壊してよかったんだと思った。
「よくわからないけど、とりあえずみんないい方向に行ったってこと?」
 舞くんは小首を傾げている。僕らは微笑みながらうん、と頷いた。
「それなら、お祝いでピザ取らないか? 西園寺の独立を祝って」
 僕は提案した。やっぱり、人数集まったらピザでパーティーしかないだろう。皆、特に舞く
んはその提案にはしゃいだ。
「んじゃ、きっしー先輩のおごりね! 俺は照り焼きチキンとイタリアンバジルと……」
「貴志川先輩、おごりなんていうと、後悔しますよ」
 僕の横にいたユーイチくんが、こっそり言った。確かに舞くんに選ばせると、全トッピング
で来たりしそうだ。まぁ。僕だけで払えなかったら、ミブやハルにも出してもらおう。
 僕らは結局この日、ピザをたらふく食べたあと、ミブの家に泊まることになっ
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