Vol.6 PLAN&PLAY

文字数 13,580文字

「で? 謝りに来たんでしょ?」
『SIN』のボーカル・シノブは、ソファーに座って開口一番そう言った。他のメンバーも僕らを冷たい目で見ている。
 僕らはライブハウスの楽屋に続く廊下で、『SIN』のメンバーを待っていた。予定時刻を五分過ぎて、メンバーは僕らの前に現れた。どうやら僕らの起こしたアクシデントに見舞われながらも、何度もアンコールがあって遅くなったらしい。
 僕らを見ると、楽屋へ入るよう促された。しばらくすると、姉貴も来た。ケンカにならないようにとの配慮だろう。
「MCをぶち壊したことは謝ります」
 ハルは意外にもしおらしく頭を下げた。普段の彼の勝気な姿からは想像できない。僕らも一緒に頭を下げた。一応ハルがリーダーな訳だし、リーダーが頭を下げているのに、他のメンバーが頭を下げないなんて、さすがにまずいからね。
「それを踏まえて、再度正式に対バンのお願いにやってきました」
 ハルは言った。
「対バン? さっき言ってたことか」
 シノブはミネラルウォーターを一気に飲み干し、タバコを取り出した。ライターで火をつけ、煙をくゆらせる。ライブのパフォーマンスの時と、人格が違いすぎる。
「お前らが勝ったら、うちのりょうちんを差し出して、こっちが勝ったら、そこのかわいこちゃんをもらえるってやつだろ。でも、俺としては大切なメンバーをそんなに安売りしたくない訳よ」
 タバコを吸い、煙を僕らの方に吐き出す。結構嫌なヤツだ。まぁ、そこまで怒らせてしまっ
た僕らにも責任はあるのだろうけど。
「それだけじゃありません。そちらが勝ったら、『TEAR‘S』をノルマ無しで三回お貸しします」
 口から「えっ?」という声を出しそうになったが、我慢してハルを見つめた。さっきの話自
体まだ僕はOKしてないし、しかも『三回』って、誰が言った? ハルは僕を見つめて『任せとけ』といった感じに目で合図した。本当に任せて大丈夫なのだろうか。
 姉貴もこの条件に驚いたようで、ハルたちの話に割り込んできた。
「ちょっと待ってよ。そんな話聞いてないわよ」
「マコトさん、大丈夫です。損失は全部倫が被ってくれるって、さっき約束しました」
「ああ、そうなの? じゃ、平気ね。この子貯金も相当あるはずだから」
おいおい、二人で勝手に決めないでくれよ。僕は『いい』なんてひと言もいってないんだからな! しかも姉貴は、僕の貯金まで奪おうとしている。どこまでガメつい女なんだ。もうこれは絶対勝たなくちゃいけないぞ。
 シノブは一人で考え、タバコの灰が床に落ちる寸前に結論を出した。
「そういうことなら、やってやるよ。対バン」
 『SIN』のメンバーは、シノブのひと言に目を丸くした。でも、誰も異論は唱えない。勝負を受けてくれると考えていいのだろうか。そんなどうともとれない様子だったので、ハルが確認した。
「他のメンバー、リョウさんもいいですか?」
 リョウは僕らと同じ高校だ。だから敬語で話す必要はないんだけど、体裁ってモンがある。ハルはその辺の空気を読むことにはかなり長けていると思う。 
「う、うん」
 リョウは小声で答えた。
 これでやっと対バンまでこぎつけた。ただ、僕らには問題が一つある。僕らのバンドにはベースがいないことだ。ハルはいつものように『任せろ』って言ってたけど、こればっかりはどうにもならない。他にツテがあるなら、最初っからその人をメンバーに入れるだろうし。
「それで一つ提案なんですけど」
 ハルがその場にいる全員を見回して、口を開いた。
「俺らのバンドにはベースがいないんです。だから、リョウさんをお借りしたいんですが」
「何?」
 シノブが表情を曇らせた。
「勝負に勝ってないのに、りょうちんを貸せだと?」
「『りょうちん』だって」
 一人ウケている舞くん。笑っているけど、こっちが負けたら差し出されるのは君なんだよ?
「フェアじゃないでしょ。ベースなしなんて」
 ハルは偉そうに胸を張っているけど、こっちの言っていることはむちゃくちゃだ。
「でも、逆にそちらには有利じゃないですか? こっちの演奏のとき、わざと下手な演奏をすることだってできますからね」
 そういう話だったら、こっちが不利じゃないか。ハルは本当になにを考えているんだ?
 しばらくの沈黙の後、シノブは言った。
「わかった。貸してやるよ、りょうちんを」
 他のメンバーは、それでも無言だ。リーダーの意思に任せるということなのだろうか。僕ら
も向こうのメンバーもしゃべらなくなり、楽屋はシンとした。
 それを壊したのが姉貴だった。
「これで対バン決定ね! これは結構いいイベントになりそうだわ。審査方法とか、細かいことは私の方で考えておくから。日時もこちらでセッティングしていいかしら? あー、もう本当楽しみだわ!」
 イベント大好き経営者のマシンガントーク炸裂。実の姉ながら、この空気の読めなさには涙
が出るよ。ハルを少しでも見習って欲しい。
 ともかく細かいことは姉に任せるということで、その夜はお開きになった。『SIN』はその
まま打ち上げに行ったが、僕らはというと、今日のライブをブチ壊したということで、フロアの後片付けと掃除を姉貴に押し付けられた。

 ライブの次の日、僕らはいつものように屋上へ集合していた。ただ、いつもと違うのは、リョウがいるということだ。
「月丘涼、三年……」
 彼は蚊のなくような声で自己紹介した。バンドの時は上げていた前髪も、普段は下ろしているらしく、全体的に暗い印象を与えていた。
 僕は姉貴から託ってきた対バンイベントについて説明した。
 ライブの日程は、スケジュールの都合上、再来週の水曜になった。ノルマは一バンド三十枚。  でも、今回の対バンはチケットの売れた方が勝ち、という安易なものではない。チケットの売り上げだけみたら、確実に僕らが負けてしまうからだ。今回は純粋にライブだけで争いたいという、僕らの希望を姉貴が通してくれたらしい。どうやって勝敗を決めるかと言うと、最初僕らがステージに上がり、四曲演奏する。そして同じように『SIN』が四曲演奏する。その後、黒と白のボールをフロアのお客に配り、僕らがよかったら白、相手がよかったら黒いボールを箱の中に入れてもらうというやり方にした。但し、間に入っている涼は、チケット販売には関与しない。また、練習時間も平等にということで、僕らは学校の昼休みと放課後午後六時までと土曜日、『SIN』は毎日午後七時から午後十時までと日曜日に、涼が入ることになった。
「日にち的にタイトだな」
 一応姉貴の作った企画書のコピーを全員に配ると、ハルが渋い顔をした。
 ハルの言う通りだ。曲を準備しないといけないし、舞くんのボーカルもどんな状態かわからない。それプラスチケットを売りさばかなくてはならない。それらを全部やるには、時間がなさすぎる。
「仕方ない、今回だけ曲はコピーにしよう」
 ハルは眉間にしわを寄せて、自分なりの決断を僕らに伝えた。僕らも涼もそれに同意した。
 そもそも涼は、どちらのバンドにも顔を出さなくてはならない。それなら新たに曲を作って覚えてもらうより、聴きなれた曲をやった方が負担は少ないはずだ。でも、本当に真面目に演奏してくれるのだろうか。それだけが不安だ。
「ところで、コピーって何を歌うの?」
 舞くんが興味津々といった表情で尋ねてきた。
「そうだな……普段皆どんな曲を聴いているんだ?」
 円陣を組んで座っているのを見回して、ハルが聞いた。
「僕はツェッペリンとか良く聞いてるかな」
 ハルの目の前に座っていた僕が、最初に答えた。
「僕は……Mr.BIG」
 ちょっと意外だった。涼くんがMr.BIGとは。偏見かもしれないけど、V系バンドを組んでるくらいだから、やっぱり普段もそっちの系統を聞いているのかと思っていた。
「ビリーが、好きなんだ」
 驚いてつい、隣に座っている涼くんをまじまじと見てしまった僕に気がついたのか、ぼそっとつぶやいた。
「ユーイチと舞は?」
「僕はヒーリング系とか、ジャズとかですね」
 ユーイチくんは、作詞担当だから、今日のミーティングは来なくてもいいのだが、何となく
場に馴染んでしまったようだ。当初はハルとユーイチくんの仲が険悪で心配はしたけど、今は
ユーイチくんがいる方が、なんだか和んでる気がする。
 しかし、選曲はユーイチくんらしいな。さすがいいところの坊ちゃんだ。
「俺は演歌が好き! カラオケでもよく歌うよ」
 僕は軽く頭を抱えた。好きで聴いてるのはいいし、舞くんだけがコピーするんだったら意
外といいかもしれない。でも、客受けするかどうか極めて微妙だ。
 涼くんも僕と同意見なようで、お互い困ったように顔を見合わせた。ユーイチくんはそんな
先輩達の雰囲気を察したのか、舞くんの脇を肘でつついた。そんな中、ハルだけは舞くんの意見をまともに聞いていた。
「演歌っていうのもアリじゃないか? 確かに客受けは不明だけど、アレンジすれば面白いかもしれない」
 真剣に考えているハルに、僕は意見した。
「でもさ、やっぱり客が盛りあがる曲もあった方がよくない?」
 僕は今の意見で不機嫌になりそうな舞くんとハルの様子をうかがいながら、不自然なくらい
明るく話し始めた。
「皆が『これ知ってる!』みたいなさ。例えばアニソンとか」
「それだ」
 ハルが僕を指差した。意外にも食いついてきたようだ。
「老若男女、全てが知っていて楽しめる曲、ずばりアニソンと演歌だ」
「やっぱ、そうだよね! あと、童謡なんかもいいんじゃない?」
 ハルの横で無邪気に笑う舞くん。僕を含めた他の三人は、ぽかんとした表情で、それを見
ていた。そうしている間にも、ハルと舞くんの話は進んでいく。
「アニソンは、やっぱり定番のハイ・スタンダードの『はじめてのチュウ』とか?」
「それもいいが、アニソンと言っても奥が深いからな」
 ハルがうーんと唸った。アニソン、演歌、童謡か。アニソンは最近流行っている曲もあるか
ら何とかいけると思うけど、演歌と童謡はどうしたものだろう。
 僕とユーイチくんと涼は、また目を合わせた。もう誰も二人を止められないと言いたげな表
情だった。仕方ない、もうこれは楽しまなくちゃ損だ。
「それだったら僕、『宇宙戦艦ヤマト』がいいな」
 僕が言うと、
「『さそり座の女』、好き」
涼が隣で呟いた。意外だと思ったのは、一応敵バンドのベースも兼ねているはずが、彼自身も率先して会話の中に入ってきてくれることだ。
「案が出てきたのはいいですが、皆バラバラじゃ、決まらないですよ」
 結局いつものようにユーイチくんが僕らを窘めた。
「しょうがない、これで決めるか」
 しばらく地面に座り込み、何かを書いていたハルが立ち上がった。手に持っているのは一枚の紙。そこに引かれた何本かの線。要するに、あみだくじだ。
「明らかにダメなやつは俺が却下するから、好きな曲書け」
 最終的にはハルの好き嫌いじゃないか。そんな余計なひと言は腹におさめ、僕も線の先に二曲タイトルを書いた。
「よし、全員書いたな」
 ハルは確認すると、タイトルが書いてある方を折り、横線をでたらめに引いた。その後皆でじゃんけんをして、最後まで勝ち残った舞くんが引くことになった。
 選んだ線に黒丸をつけ、それに沿ってシャーペンを進めていく。それを四回繰り返し、曲が決まった。一気に紙を広げて確認する。
 一つ目は無難に童謡。『線路は続くよどこまでも』だった。これを提案したのはやはりというか、ユーイチくんだった。
 二つ目はアニソンで『キューティーハニー』。これもなかなかライブでやれば面白いかもしれない。女の子っぽい歌だが、舞くんが歌えば問題はないだろう。これはハルの案だった。
 三つ目は演歌、『夜桜お七』。これは言うまでもなく舞くんだ。
「町内会の集まりで歌うと、結構褒められるんだよね。」
 ……まぁ、理由はなんであれ、ボーカルが得意な曲が入っているならやりやすくなるだろう。
そして最後の四曲目だ。
「『S』?」
 線の先には、謎のアルファベットが一文字だけ記されていた。
「誰が書いたんだ?」
 ハルは周りを見回した。当然僕ではないし、聞いているということは、ハルでもない。ユーイチくんがこんなことをする訳もないし、舞くんはあれほど演歌に熱を入れていたから違うだろう。
 ということは、答えは簡単に導かれる。
「僕、です。」
 涼がボソリと呟いて、右手を肩の高さまで上げた。
「『S』なんて曲、聴いたことないが」
 ハルは涼を見つめ問いただした。確かにそんな曲は聞いたことがない。涼は前髪が長いので表情をあまりうかがうことができないが、ハルのきつい眼差しに少々怯えているようだ。
「さ、サザエ……」
「え?」
「『サザエさん』……あの曲聴くと、学校行きたくなくなる……、呪いの曲……。名前を書くだけで、呪われる……」
 いや、呪いの曲とかじゃないから。そもそも君のモチベーション次第でしょ。と、心の中でツッコミをいれる。
「でも、サザエさん症候群といって、この曲を聴くと仕事に行きたくなくなったり、学校に行きたくなくなったりするという話は聞いたことがありますよ」
ユーイチくんが注釈を入れた。涼もそうなのかな。
「『サザエさん』か……。面白そうじゃねぇか」
 なんだかハルはいやに乗り気のようだ。バンドでサザエさんをやるなんて、あまり聞かないから、逆にノリノリなのかな。
「涼」
 ハルが突然涼の肩を叩いた。
「毎日練習すりゃ、サザエさん症候群なんて吹っ飛ぶだろ? 俺らが吹っ飛ばしてやるよ」
 そう言って、またいつものようにニヤリと笑った。

 放課後、僕らは楽器を持って「TEAR‘S」に集まった。今日はタイミングよく、オフの日だったのだ。
 姉貴から預かった鍵でドアを開け、そのままステージに上がる。そして各々楽器のチューニングやらセッティングやらを始めた。舞くんはユーイチくんとマイクの調整をしている。
 一通り準備が済んだら、一度ステージから降りて、フロアに集まった。
 さっきマジックで書いてコピーしたセットリストを全員に渡す。『キューティーハニー』→『線路は続くよどこまでも』→『夜桜お七』→『サザエさんのテーマ』という順番だ。
「一応こんな順にしたが、意見はあるか?」
 特に異存は出なかったので、ハルは話を進めた。
「『夜桜お七』はアレンジしたいところだな。どうするかが問題だ」
「東田先輩に頼んでみたら?」
 舞くんから意外な名前が飛び出した。僕もユーイチくんも、突然のことで驚いた。
「舞、でも東田先輩はバンドに入りたくないって言ってたんだぞ?」
 ユーイチくんが舞くんをたしなめる。それでも舞くんは引かなかった。
「だって、東田先輩のアレンジって、すごいんでしょ?」
 ハルに確認する。ハルは黙って頷いた。
「東田? あの覆面の?」
 相変わらず小声で涼が僕に質問してきたので、僕も黙って頷いた。
「キーボードを入れたほうがいい曲も今回候補に挙がってるし。それに」
 言いかけて、涼の方をちらりと見て
「もしわざと失敗されても、楽器が多いほうがフォローできるでしょ?」
 いつもは明るい舞くんだったが、珍しく毒づいた。さすがに自分の貞操がかかっているとなると、負けられない気持ちが強いのだろう。
「それは、ない」
 舞くんに睨まれた涼が言い返した。
「……僕は真剣に演奏する。どこのバンドに入っても、それは変わらない」
 前髪で目は見えないが、舞くんの方を向いて、きっぱりと言い切った。ちょっと暗い感じがするヤツだったが、実は信念を持ってやってるんだな。僕は少し涼を見直した。ハルも同じ気持ちだったらしく、軽く笑った。舞くんはやや不満そうだったけど。
「東田は、俺が何とか説得する。他の三曲はどうだ?」
 ハルはいつも通り、『任せろ』モードに入っていた。何とか説得できるのかは謎だが、できなくても考えはあるのだろう。
 他の三曲だが、『キューティーハニー』は色々なバンドがコピーしたりしているので、問題はないだろう。『線路は続くよ~』は、リズムを少し変えればバンドっぽくなるんじゃないだろうか。ただ、『サザエさんのテーマ』が、あまりバンドっぽくないのは問題だ。テンポももちろんそうだが、何だか明るすぎる。
 僕と同じ考えだったのか、ハルも『サザエさんのテーマ』について、自分の意見を言った。
「『サザエさん』は、曲調をもっと暗めにして、歌詞もそれに沿って変えたほうがいいな」
「でも、それじゃあ陰鬱な曲になりませんか?」
 ユーイチくんは、フロアのテーブルの上で伏せている舞くんを見ながら言った。
「バーカ、それでいいんだよ」
 ハルはセットリストの書かれた紙をユーイチくんに突きつけて、言った。
「よく考えてみろ。次の日会社だ、学校だっていう人間に、くそ明るい曲を聴かせてみろよ。逆にテンション下がるだろ? 頑張っているのに、更に『頑張れ』って追いうちかけてるようなもんだ。俺だったら苦痛でしかない」
 ハルはかなりひねくれてるな。まぁ、『明るすぎる』って同調している僕も、ひねくれている
のかもしれないけど。
「そこでユーイチ先生の出番だ。おっと、『CyberPunk』だったかな?」
 紙を両手で半分に折ったハルが、ユーイチくんを見た。
「ちょっ、その名前で呼ばないでくださいよ」
 いきなり自分に振られて焦ったのと、ネット上の名前で呼ばれたので赤面したユーイチくん
が、テーブルを叩いた。その反動で、伏せていた舞くんがむっくり起き上がった。事情を知ら
ない涼は、何が起こったのか把握できず、おろおろしていた。
「お前、そういう黒い詞書くの得意だろ? ひとつ書いてくれよ」
 ムスっとしたユーイチくんだったが、
「俺もユーイチの書いた詞で歌ってみたいなぁ」
という舞君の独り言がちょっと嬉しかったのか、渋々引き受けてくれた。
 しばらくすると、誰かの携帯がブルブルなった。バイブ機能にしていても、振動で音が聞こえてしまう。携帯は涼のものだった。
「ごめん、六時だ」
 そうだ。涼は午後六時までしかいられないのだった。結局音あわせも何もできなかった。本当に今回は時間がなさすぎる。その上制約が多い。
 涼は荷物を持つと、「また明日」と『TEAR‘S』を出た。
 残された僕らだが、涼がいなくてもやらなくてはいけないことが盛りだくさんだ。チケットをどうさばくかと、涼以外のメンバーの練習は、ここにいるメンバーだけでできる。あと、東田を説得しなきゃいけないんだよな……。
「とりあえず戦略会議だ」
 ハルは仕切りなおし、という感じで、テーブルに両手をおいた。
「練習ももちろん大切だが、こっちに有利な客を連れてこなくてはいけないからな。その上で、向こうよりうまい演奏をする」
 そうだ。今回の対バンは、チケットが多くはけた方が勝ちではなく、その場にいる客が投票するシステムだ。無論、チケットが全部売れれば、少なくても三十人の票は得られる。それに加え、相手の客をも取り込もうという話だから、大変だ。客を多く集め、演奏もパーフェクトに行わなくてはならない。
「ユーイチ、何かいい考えはないか?」
 ハルがユーイチ訓に振ると、彼はうーんと唸った。
「チケットを売る戦略ですか」
 しばらく考えたあと、ひとつハルに訊ねた。
「舞は当然、女装なんですよね?」
「向こうは女だと思っているからな。例え涼がバラしたとしても、V系に対抗するなら女装でいくしかないだろう」
 舞くんはその話を聞いて、「マジかよ」と言いながら、またテーブルに突っ伏した。ユーイチくんはというと、ハルの解答で自分の戦略に自信を持ったのか、ルーズリーフを一枚カバンから取り出した。そして、何やら書き出し始めた。
「何?」
 僕がそれを横からのぞくと、ユーイチくんが説明してくれた。
「ズバリ、舞ネットアイドル化計画です!」
 舞くんはテーブルに伏せたまま、固まった。
 箇条書きにされているものを簡単に説明すると、女装した舞くんで男性客を増やそうという考えだった。『SIN』のファン層が女性なのに対抗して、男性の熱狂的ファンを多く増やすことは、確かにいいアイディアだ。まず、舞くんがうちの学校の付近でライブ告知のチラシを配る。そこにソーシャルネットワークサイトのURLを載せておき、舞くんのかわいい写真や女の子っぽいブログなどを掲載して、ファンを増やす。もちろんネットでチケットも販売する。以上が、ユーイチくんの戦略だった。
 しかし、いいのか? 舞くんの親御さんに信頼されているユーイチくんが、本人を売るようなマネをして。良心はちょっと痛むけど、確かにこれはかなりいい考えかもしれないと僕は思った。
「男に襲われても、舞なら自己防衛できますし、声は本番まで出させません」
 その戦略に自信があるのか、ユーイチくんは胸を張った。だが、そもそもユーイチくんは舞くんをバンドに入れることを嫌がっていたはずだ。それなのに、最近はどんどん積極的に参加している。どういう心境の変化か聞いてみると、
「僕自身、先輩達に毒されてきたみたいです」
 と、ちょっと苦笑いをして、頭をかいた。
「ユーイチぃ、お前、本当は俺のこと嫌いだろぉ?」
 恨めしそうな顔で起き上がった舞くんは、ユーイチくんを非難した。
「いや、愛ゆえに、だよ」
 微笑天使ユーイチくんは、舞くんの非難にもひるむことはなかった。
「よし、それでいこう。サイト運営はユーイチに任せてもいいか?」
 ユーイチくんの案をハルがのんだものだから、舞くんはハルにも抗議の声を上げた。
「ハル先輩! 俺はそーいうの、嫌だ!」
「チケットが全部さばけるほどのいい案が、他にあるのか?」
「……ない、けど」
 舞くんはふくれっ面のまま、言葉に詰まった。
 結局舞くんの文句は無視され、明日から女装してチラシ配りをすることになった。

 僕らはその日、『TEAR‘S』の事務所に泊まることにした。当然ながら、姉貴には許可を取ってある。
 その姉貴がひょっこり顔を出した。僕が呼んだのだ。
「なになに、対バンの準備? お姉さん、期待しちゃうなぁ」
 そんなことを言いながら、陣中見舞いとしてお菓子とコンビニ弁当を差し入れてくれた。
 姉貴の話によると、どうやら対バンの情報は『SIN』のファンの子達を中心に、大分広まっているらしい。これは負けるような演奏はできないぞ。
それにしても不思議な話だ。バンドメンバーが揃っていないのに、初ライブを行うなんて、無茶苦茶だ。それを姉貴に言うと、随分あっけらかんとした答えが返ってきた。
「ライブなんて演奏しているバンドとお客が楽しめればいいのよ。演奏や歌がうまいこと以前に、盛り上がればライブは成功と言えるんじゃないかしら」
 姉貴は自分の分だけ買ってきた発泡酒をあけた。
「まぁでも、あんまりひどい演奏だったら、私、灰皿投げつけるけど」
 姉貴、それは言いすぎじゃないか?
 発泡酒を一缶空けると、「さ、始めようか」と舞くんの肩を抱いた。姉貴を呼んだのには理由がある。舞くんの写真を撮るためだ。
 姉貴は隣の部屋から衣装を何着か持ってきた。ゴスロリワンピースはもちろん、パンクな感んじの衣装やチャイナ服、セーラー服などマニアックなものまで揃っている。
「俺、これ着るの?」
 不安げな表情で、ユーイチくんにすがりつく舞くん。しかし、ユーイチくんは容赦なかった。
「当然だ。何枚か写真を撮って、サイトにアップするから」
「そんなぁ。本当にお婿にいけなくなるよぉ」
「舞くん、じっとしなさい」
 メイクをしている姉貴が、舞を静止させた。メイクが終わると、すぐにユーイチくんがデジカメで撮影をし出した。コスプレさせてギターを持たせたり、マイクを持たせたり。ともかく様々なポーズと衣装で三十枚くらい撮ったんじゃないかな。
 僕とハルはというと、地道にチラシ作りをしていた。そんなに凝ったものではなく、ライブの日にちと会場への地図、舞くんのサイトのアドレスを載せただけのシンプルなものだ。
 その作業が終わると、プリンターで印刷して完了だ。
 舞くんの撮影も問題なく終わったようだ。……舞くん本人はぐったりしていたけど。
 それらの作業が全て終わったのは午後九時半。せっかく無人のライブハウスに居るんだから、ここは練習するしかない。結構皆ヘトヘトにはなっていたが、僕らには時間がない。
「今からできる範囲で練習するぞ」
 ハルの一声で、皆地下のライブハウスに向った。そしてすぐ僕と舞くんはステージに上がった。ユーイチくんは、フロアで『サザエさん』に新しく詞をつけるため、あーでもない、こーでもないと悩みながら作詞用ノートとにらめっこしていた。
 僕ら三人は、とりあえず『キューティーハニー』のコピーをすることにした。この曲は最初にベースがきて、そこから曲が展開していく。生憎涼が今日は帰ってしまったので、ドラムとギターだけで演奏することになった。
 前奏が終わり、いよいよ舞くんが歌う番だ。息を大きく吸い込んで、歌い始めた。が、なんだかいつも学校を大声で叫びながら走っている舞くんにしては、勢いが足りない気がする。ハルも同じ考えだったらしく、一度演奏を止めた。
「舞、一度マイクを置いて、叫ぶように歌ってみろ」
「え? でもそれじゃ、何を歌ってるかわからなくない?」
「ともかく歌ってみろ」
 威圧的なハルの言い方に、渋々としたがって、大声で叫ぶように歌ってみる舞くん。それでも何かが違うんだよな。腹式呼吸は自分で練習したのか、ちゃんとできているんだけど。
 どうしたものだろうと考えていると、僕の手元に拡声器があるのを見つけた。多分、ライブか何かで使ったものを忘れていったのだろう。だが、僕は「これだ!」と思った。
 舞くんの歌を途中で止め、僕は提案した。
「この拡声器を使ってみたらどうかな?」
 最初はハルも舞くんもこの提案に驚いたらしく、目を見開いていたが、ハルは食いついてきた。
「それ、使ってみる価値はあるな」
 そういうと、僕から拡声器を受け取り、舞くんに渡した。舞くんは拡声器に興味を持ったらしく、色々いじりまわしている。すると、キーンとハウリングした。
「いじってないで、さっさと歌え!」
 ハルの罵声が聞こえた。僕とハルは、また前奏から演奏を始める。するとどうだろう。拡声器は、舞くんのハイトーンボイスと相性がいいらしく、かなり勢いがある歌声になった。
「これ使うといいな。お前の声、引き立つ」
 演奏が終わると、汗びっしょりになったハルが、舞くんの歌を褒めた。
「そうかなぁ? 余計何言ってるのかわからないような気がするけど」
 褒められても不満らしい舞くんは、電源を切って拡声器を置いた。
 ぶつぶつ文句を言う舞くんをなだめつつ、僕らはマイクではなく拡声器を使ってもらうことに決めた。
 僕らは、夜の十二時まで演奏し続けた。僕もさすがに体が痛い。皆もバテたらしく、今日は寝ようということになった。
 事務所に移動すると、適当に布団を敷いて雑魚寝した。

 翌日は朝六時ちょっと過ぎに起床した。学校が駅の反対側と近い場所にあるため、いつもよりゆっくりできるのだが、何だか目が覚めてしまった。布団を見ると、舞くん以外は起きているらしく、もぬけの殻だった。
 僕はとりあえずハコの方に行ってみた。なんとなく、ドラムが叩きたい気分だったからだ。すると、ハルがすでに練習を始めていた。
「おはよう、ハル」
 僕が声をかけると、こっちを向いて「よお」とだけ返事をした。そして、何度も何度も同じフレーズのところを練習していた。
「くそ、ここ苦手なんだよな」
「じゃ、そこだけドラムと合わせてみる?」
 僕はドラムのイスの高さを調整しながら、ハルに提案してみた。
「おお、よろしく頼むわ」
 ハルは素直に返事した。
 去年の冬までは、ハルとバンドを組むことなんて、全く想像していなかった。僕の中でハルは、ケンカっ早くて恐いというイメージだったが、いつの間にか頼れるリーダーという感じに変わってきていた。それに、意外に熱血野郎だ。やっていることはむちゃくちゃでどうしようもないけど、そのむちゃくちゃっぷりが何だかクセになる。無理だと皆が思うことを、平気でしてしまおうとするところが面白い。
 しばらく同じフレーズを一緒に練習していると、挨拶しながらユーイチくんがハコに入ってきた。
「二人とも朝ご飯まだですよね? コンビニで勝手に買ってきたんですけど」
 そういえば、起きてすぐここに来たから、何も食べてない。そもそも事務所には食べ物がない。冷蔵庫やレンジ、コンロはあるけど、材料がないのだ。これは姉貴が全く料理しないことを示している。
「ユーイチ、気がきくな。サンキュ」
 ハルも空腹だったのか、ギターを下ろしてユーイチくんが持ってきたコンビニの袋を物色し始めた。僕もそれに続いて、鮭とツナマヨとおかかのおにぎりをもらった。
 三人で朝飯を食べていると、寝癖だらけの舞くんがやってきた。
「なんだよ、俺抜きで朝飯食ってたの? ひどいよ、皆」
 そう言って、すぐにコンビニの袋に手を入れた。
「起きたら皆いなくって、焦ったんだよ? なんで皆起こしてくれなかったのさ」
 こんぶのおにぎりのパッケージを開けながら、じとっとした目で僕らを見る。
「いや、起きたのは皆バラバラだったんだよ。それに昨日舞くんかなり疲れてたでしょ?」
「うん……まぁ、それならいいんだけど」
 納得したのか、おにぎりを三、四口で食べ、二個目のおにぎりを食べようとする舞くん。しかし、コンビニの袋はすでに空だった。
「きっしー先輩のおにぎり、一個くれたら許す」
 こいつ、小悪魔だ。僕は仕方なくおかかのおにぎりをあげた。

 僕ら四人は、昼休みも練習できるよう、それぞれ楽器を持って学校へ向った。僕のドラムだけは移動させるのが困難なため、軽音部のものをこっそり拝借する予定だ。また、舞くんもカートに女装道具一式と拡声器を入れている。ちなみに、学校で女装するとき、メイクは僕がすることになった。姉貴のやっているのをいつも見てるから、それなりにできると思う。
 僕らが揃って登校すると、何故か皆が注目してきた。不良(と思われている)ハルと、生徒会副会長のユーイチくんが一緒っていうのも何だか変だし、舞くんは元々色んな意味で目立っている。そんな注目される人間のそばにいるのは、結構嫌だ。
 正門を過ぎると、生徒二人がこちらに寄ってきた。
「今井、君だったのか」
 縁無しメガネで、しっかりとアイロンがけしてあるワイシャツを着た生徒が、ユーイチくんに声をかけた。
「他の生徒が何だか騒いでいたから、何事かと思ったぞ」
 メガネの両わきを親指と薬指で抑えながら、ため息を吐いた。そんな彼を見た舞くんは、こっそりとユーイチくんの後ろから、その場を離れようとした。が、それはもう一人の生徒に阻止された。
「ダメだよ、久瀬くん。会長の話、ちゃんと聞いて」
 舞くんと同じくらい小柄な少年が、舞くんの腕をつかんでいた。
 彼らのことはちょっと知っている。メガネの方が生徒会長で三年の秋川修。こいつとは一度同じクラスになったことがある。小柄な方が二年で書記の榊夏紀だ。
「生徒会要注意人物の二年久瀬舞に、三年の基三春。あと、最近何故か基とよく一緒にいる、貴志川倫だな」
 そういい終わると、またメガネを抑えた。癖なのだろうか。
とはいえ、あまり仲良くない人間に自分たちのことを知られているのは、なんだか気持ちが
悪い。その上、舞くんとハルは『要注意人物』などと言われている。
「久瀬、基、今日は随分多い荷物だけど、何かあるのか?」
 笑顔だが、目の奥は笑っていない。きっと二人が何かやらかそうとしていると思っているのだろう。
「別に。お前らには関係ねーよ」
 秋川にそう言うと、ハルは三年の校舎に向かって歩きはじめた。秋川はやれやれ、といいたそうな顔をした。
「ま、何か起こそうとしたら、僕らに連絡をするように。今井、わかってるよな」
 ユーイチくんにそういい残すと、秋川と榊も自分達の校舎へ戻っていった。ユーイチくんは秋川の脅しに似た口調のせいで、少し青ざめていた。
「ユーイチ、大丈夫?」
 舞くんがユーイチくんを庇う。ユーイチくんはまだ青ざめてはいたが、笑顔で頷いた。
「秋川先輩と榊には、チクッたりしないよ。あんまり派手なことやられると、僕もフォローできなくなるけど」
 苦笑いをしながら、ユーイチくんは頭をかいた。

 退屈な授業も終わり、昼休みに入った。僕とハルと涼が廊下で待っていると、舞くんとユー
イチくんが来た。今日は音楽準備室に集まることにした。音楽室は普段、吹奏楽部とか軽音部
が使用しているけど、音楽準備室にはあまり人が来ない。それにここにはドラムがある。狭い
けどしょうがない。練習できないよりはマシだ。
 僕らは『キューティーハニー』の曲を合わせることにした。今日は涼もいるから、初めての全体練習になる。
 舞くんが「せぇの!」と拡声器で叫ぶと、涼のベースが入る。そこからドラムとギターが一緒になり、舞くんの歌が始まる。
 イントロのベースソロも相当練習したのだろう。鳥肌モノだった。それに涼のベースはリズムがしっかりしている。僕のドラムに合わせてくれているのかはわからないが、すごくこっちもやりやすい。
 ハルのギターも、今日はいつもよりキレがある気がするし、舞くんの歌もよく仕上がってきている。昨日の猛練習の賜物かな。
 曲が終わるとすぐ、ハルが言った。
「もう一回やるぞ!」
 僕らは昼休みという短い時間の中、何度も繰り返し練習した。

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